第105話 幽玄なる都テレムナート 02

◇幽玄なる都テレムナート 02◇


「…旦那ぁ。やるなら先に言ってくださいよ。隊が乱れるじゃないですか。ほら、坊主は持ち場に戻ってくれ」


 流浪の剣軍のおっさんが溜息と共にエイヴェリーさんに忠言する。確かに暢気に会議する暇は無かったが、一言部隊に連絡を入れる余裕はあっただろう。


 俺は苦笑いしながら頭を掻くエイヴェリーさんを尻目に俺はその場を離れて小走りで持ち場に戻った。


「お待たせ。…タルテ、お手柄だったぞ。例の光は遠眼鏡だったようだ」


「た、たまたま目に入っただけですよ」


 俺はタルテの頭を撫でながら褒める。…一歳年下なだけでは有るのだが、ナナとメルルがタルテを妹扱いするので、俺もついその流れに乗ってしまうのだ。


「こちらからも見えていたけど…、この距離で当てるなんて凄いね」


 軌道のコントロールに自信がないナナが、エイヴェリーさんの魔法の感想を述べる。個体という魔法の制御をしなくても形状の維持ができる土魔法は射程に優れた属性ではあるが、軌道のコントロールという点では他の属性と変わらない難易度だ。


 街の中心部に向けてゆっくりと調査部隊は歩を進める。ギルドにより調査隊以外の立ち入り禁止が言い渡されているこの幽都に、こちらを監視する謎の人物が存在したのだ。十中八九、例の襲撃者の一味がこの町に潜んでいるのだろう。そのため他の者も一層気を引き締めているのが解かる。


「戦闘態勢…!こっから先は俺らの方にもアンデッドが向かってくるぞ…!」


 前方のおっさんが俺らに指示を飛ばす。見れば、物陰から彷徨う遺骸スケルトンが立ち上がりこちらに向かって来ている。俺らが近づいたことで、生者の気配により目を覚ましたのだろう。


「いいかぁ…!無理に攻めるなよ…!俺らの目的はアンデッドの殲滅では無い…!」


 続けておっさんの声が飛んでくる。この遠征の目的は調査だ。磔の儀式槍スケアクロウをなるべく街の中心近くに、今度は移動できないような状態で据え置くことも目的ではあるが、それは流浪の剣軍以外には秘匿されている。


 最も、その磔の儀式槍スケアクロウの設置は調査後に流浪の剣軍のみで行うらしいのだが…。


 俺は街の中心部の方を見詰める。あの監視をしていた男を回収できれば、この幽都テレムナートで何が起きたのか、何を目的で行動しているかを聞きだすことが出来るかもしれないが、流石に間に合わないだろう。


「左の路地から人型の敵二つ。恐らく彷徨う遺骸スケルトン。タルテ、お願いできるか?」


「はい…!任せてください…!」


 軽やかな身のこなしの彷徨う遺骸スケルトンが俺らに向かって飛び出してくるが、すぐさまタルテが前に出て手前の一体の手を取り、引き倒すと同時に下がった頭蓋に向かって拳を振り抜く。


「えいっ…!」


 そして、その彷徨う遺骸スケルトンが持っていた片手剣を奪い取り、光魔法を込めながらもう一体に向かって投擲する。その片手剣は二体目の頭蓋に突き刺さり、勢いそのまま背後の壁に昆虫標本のように縫いとめた。


 タルテはものの数瞬で彷徨う遺骸スケルトンを沈めて見せた。いくら光魔法が弱点といっても、その流れるような早業に周りの狩人から感嘆の声が上がる。


「タルテちゃん流石だね。フォローが全く必要なかったよ」


「はい…!ありがとうございます…!」


 ナナに賞賛されたタルテが照れながら頭を掻く。


 調査団は街の中でアンデッドを屠りながら、地図に情報を書き込んでいく。既に何者かが戦闘をした形跡を確認している今、メインの目的地は街の中央近くの旧領主館だ。本来であれば磔の儀式槍スケアクロウはそこに安置されていたはずだ。


 しかし、敵の罠を警戒するのならば、安易に進むのも気が引けると言う状況だ。隊の先頭を進むエイヴェリーさんは、直線的に進むのではなく、より安全性の高そうな道を吟味しながら進んでいる。


「エイヴェリーさん…!案の定、罠がありましたね。…狩人ギルドの情報も漏れています。恐らくは獅子の牙ダンデライオンから漏れたのでしょう」


 先行して斥候をしていたおっさんが戻ってきてエイヴェリーさんに報告を入れる。確か、あのおっさんはこの先の大型建造物…当時、カーデイルに存在していた冒険者ギルドというギルドの会館の調査に行っていたはずだ。


 …冒険者ギルド会館は、テレムナートが滅びた直後の大規模調査にて、拠点のひとつとして使用された建造物の一つだ。俺らもその建物を拠点にするつもりであったのだが、それを見越して罠が仕掛けられていたらしい。


「あー、解除はできそうかなー?守りに適したところだからねー、抑えときたいんだー」


「…罠は広範囲に音を響かせる魔道具です。どうやら、奴さん達は俺らにアンデッドを押し付けたいみたいですな。…解除するよりも、発動させちまったほうが確実でしょう。妖精の首飾りをお借りできますかい?」


 報告を盗み聞きしていたら、俺らにお呼びが掛かっていた。目線をそちらに向ければエイヴェリーさんが俺らに手招きをしている。


「三人とも。ちょっとしたお使いがあるらしい。エイヴェリーさんの所に行こう」


 俺は女性陣に盗み聞きした内容を説明しながら、調査団の先頭へと向かう。


「聞こえてたー?ハルト君たちにちょっとお願いしたいことがあってねー」


「ええ。聞こえてましたよ。風壁で音を遮ればいいんですよね?」


 軽く風を吹かせながら、問題ないことをアピールする。単に音を出すだけの魔道具であれば、封殺できるはずだ。構造物の振動を抑えられるタルテもいれば、なお確実だ。


「んじゃ、妖精の首飾りは俺の後を付いて来てくれ。目的地まで案内する」


 流浪の剣軍のおっさんが振り返るようにして俺らに声を掛ける。


「よろしくお願いします。…敵影はありましたか?」


「骨が数体居ただけだ。魔物を呼び込むタイプの罠だからな、警戒するに越したことはねぇが、奴らも近場にはいないだろうよ」


 足早に移動しながら、おっさんから情報を貰う。どうやら、道中はそこそこ安全な道のりではあるようだ。俺も念のために風を広げるが、こちらに向かってくるような敵は引っかからない。


 建物の中や路地裏の暗がりで蠢く存在もいるが、まだこちらには気付いていないため無視しても問題は無いだろう。


「ハルト様。もう直ぐそこが例の冒険者ギルドという建物だそうです」


 メルルが走りながらも地図を眺めてそう呟いた。狩人ギルドの会館と似ているため予想はしていたが、どうやら前方の建物が冒険者ギルドらしい。


「お前ら気をつけろよ。罠があるせいでギルドの中は満足に調べてない。もしかしたら、中から飛び出してくる奴がいるかもしれん」


 冒険者ギルドを前にしておっさんがそう注意を飛ばす。


「それなら、さっさと罠を解除しちゃいましょう。のんびりしてたら、俺らに気がついたアンデッドが魔道具を発動させるかもしれません。…ナナとメルルは俺らの身を守ってくれるかな。タルテは俺と一緒に振動を遮ってくれ」


 そう言って俺は風壁の魔法を建物全体に施す。


「うん、背中は私に任せてくれていいよ。メルルは建物の中を警戒してもらっていいかな?」


「解かりましたわ。あらかじめ血を展開させておきましょう」


「ハルトさん…!地面は押さえつけていますので、もう鳴っても大丈夫です…!」


 俺の指示に女性陣は意気揚々と頷き、それぞれの魔法を発動させた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る