第104話 幽玄なる都テレムナート 01

◇幽玄なる都テレムナート 01◇


「前方敵影無し…。…罠の類も見当たりませんね」


 天然の岩壁を掘削して作られた門を潜り、俺ら調査団は幽都テレムナートに足を踏み入れた。白い石にて作られた廃墟群が陽光を受けて、朝靄のスクリーンの中に不気味に浮かび上がっている。


 古い作りの建造物では有るものの、建物は風化も少なく当時の趣を残した姿を維持している。廃墟が持つ特性なのか、気味の悪さだけではなくどこか郷愁に似た思いが俺の中に湧き上がってくる。


「ねぇ、ハルト。この靄を風で飛ばせたりしないの?」


 俺の後ろに控えるように着いて来ていたナナが俺に尋ねてくる。


「残念ながら、付近一帯に靄が掛かっているからな。ちょっと風を吹かせても他から流入してきちまう。…上空から靄を含まない風を持ってくることもできるが、ちょっと規模が大きいからな…」


 あまりに大規模な魔法はアンデッドを刺激する可能性も高いし、俺の消費も大きい。これが先の見えないほどの濃霧ならまだしも、比較的視程を確保できる靄ならば控えるべきであろう。


「エイヴェリーさん…!ありましたよ…!」


 先頭を歩いたおっさんからの報告が俺の耳にも届く。視てみれば、前方の石畳や建物の壁に剣で付けられたような傷が残っている。それはまだ新しく、最近付けられたものだと言うことを示している。


「あー、間違いなく剣戟の痕だねー。最近この当たりで戦いがあったわけだー」


「エイヴェリーさん。こっちに有るのは骨片です。…恐らく討伐したアンデッドのものでしょう」


 流浪の剣軍のおっさんの一人が地面に落ちていた骨の欠片を拾い上げながらそう呟いた。…骨の欠片は恐らく彷徨う遺骸スケルトンのものだろう。時を経たゾンビが至るもので、明らかに行動不能な姿であるのに動く様は、一節では騒霊ポルターガイストが宿っているとも言われている。


 彷徨う遺骸スケルトンはゾンビ以上に光魔法や闇魔法が弱点となるが、しぶとさはゾンビ以上だ。例え首を刎ねても彷徨う遺骸スケルトンは活動を止めることはない。物理攻撃で倒すのならば、骨をバラバラにするぐらいで丁度良い。


「ハルト様。狩人ギルドにあった過去の調査報告書ではこの辺りもアンデッドで溢れていたそうです。未だに敵が出ないとなるとやはりアンデッドの数は減っているのでしょうか…」


「ああ…。ただ、新しい戦闘痕があったってことは活動範囲はそう変わってないんだろうな…。寧ろ磔の儀式槍スケアクロウという楔が無くなったせいで広がっている可能性がある」


 時の経過と何者かの戦闘によりアンデッドは減っているであろうが、街の入り口でも変わらずにアンデッドは出没するのだろう。現に、昨日は夕刻近くとはいえ街の入り口近くで活動するアンデッドが報告されている。


「たしか、彷徨う遺骸スケルトンは昼間は暗がりで、寝ているらしいよ?ハルトの風で把握できる?」


「寝てるというか…、まぁ白骨死体の如く転がっているらしいな。確かに、じっとされていると少し解かりづらい」


 ナナが寝てると表現するが、寝息の無いあいつらは死体と表現したほうが良いだろう。寝息をしていれば、息を潜めている相手よりも気付きやすいが、置物と変わらない死体は集中していても気付きにくい。


 ナナに言われたこともあり俺はより集中して索敵に挑もうとしたが、その集中を中断させるように、袖が引っ張られる。


「あの…ハルトさん…あそこ、何か光ってませんか?」


 俺の袖を引いたのはタルテであった。不安そう…というか不思議そうな顔をして、街の奥を指差す。俺はその指に示されたほうに目を向けて、タルテが指差すものを探した。


「…光?…まて、確かに光っているな…」


 街の中心地近くの建物の上、そこでは陽光が鏡や金属に反射しているように時折瞬いている。かなりの遠方であるため流石に直ぐには風を伸ばすことができず、俺は目を細めてそれが何かを確認しようとする。


 俺は前世で見た映画が脳裏によぎる。遠方から主人公を狙うスナイパーが出てくる映画だ。そして、俺は見たことはないが既にはこの世界に存在している。


 前方の光に注意を払いながらも俺は急いでウィヴェリーさんの下に駆け寄った。


「…エイヴェリーさん。あれ、遠眼鏡じゃないですか?」


「あー…あれねー。ちょっとこっちからも見てみようかー」


 遠眼鏡は高価且つ衝撃に弱いため狩人には不人気では有るが、軍人や傭兵などには人気が有り、ある程度は流通している代物だ。


 エイヴェリーさんは片手を軽く挙げることで、近場のおっさんに何かの指示をする。それを受けた流浪の剣軍のおっさんは、背嚢の中から木箱に入った遠眼鏡をとりだした。


「あぁ。こっちにも遠眼鏡が有ったんですね」


「森なんかだと余り役にはたたないけどー、街道なんかだと盗賊を見つけるのに結構便利だよー」


 向こうに視ていることを悟られないようにするためだろうか、おっさんは別のおっさんの影に隠れるようにして遠眼鏡を覗き込んでいる。


「…間違いありませんな。布かなんかを被って隠れてますが、何者かがこちらを覗いてます」


「あちゃー。補足されちゃったかー。まーこの人数だったら完璧な隠密は無理だよねー」


「どうします?この距離なら向こうからの攻撃も届かないでしょうけど…。何人かを回り込ませて向かわせますか?」


 エイヴェリーさんが顎に手を当てて悩ましげに考えている。お互いがお互いを補足した状態ではあるが、向こうは余り情報をこちらに開示していない。


「んー。ハルト君。こういう計画を練って来ている奴を相手にするときはねー。如何に想定外を引き起こせるかが鍵なんだー。それこそーこっちが不利になるような行動でもー、相手からすれば鹿と計画を崩すことにも繋がったりするんだよー」


 そう言うとエイヴェリーさんは、ゆっくりと直剣の鞘を持って眼前に翳した。


 俺はエイヴェリーさんの言うことに、一理あると思い軽く頷いた。先日、カルムロウの襲撃で相手を撃退することができたのは、俺らが足止めされること無く早々に補給物資を得たことで、想定外の出来事に焦って攻めてきたことが原因とも捉えることができる。


「こんな距離からじゃ届かないと思っているみたいだけどー。…届いちゃうんだなー。…答えよ回答剣アンサラー。罪咎の呼掛けに報復と言う名の返答を」


 独りでに鞘から抜けた剣は、踊るようにエイヴェリーさんの前で回転した後、遠くに潜む敵影に向かって高速で飛び立っていった。そして空を切り裂くようにして突き進む直剣は、回避する暇も許さず目標に深く突き立った。


「…ァァアァァアァアアァ…!!」


 男の声らしき悲鳴が遠方からこだまとなって俺らの元に届く。


「おー。あれだけ叫べば彼がアンデッドを集めてくれるねー。この隙に進んじゃおうかー」


 そう言ってエイヴェリーさんは、無邪気な子供のように笑いながら、握った鞘を前方に向けた。


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