第103話 墓標の丘
◇墓標の丘◇
「…見えてきたね。…あれが幽都テレムナート」
ナナの呟くような小さな声を、風が俺の耳元へと運んできた。
通る者の居なくなった街道を踏み越え、なだらかな坂道を登り、一際大きな丘の上に進むと、俺ら調査団は号令も無しにゆっくりと足を止めた。眼下には広大な丘陵が広がっており、その丘陵の草原には点在するようにして白い岩が幾つも転がっている。
そして、その白い岩を辿っていけば遠方にその白い岩が集ったような場所が嫌でも目に入る。遠方故に白い岩の塊に見えてしまうが、あれこそが幽都テレムナートの廃墟郡だ。
清涼とした青草の香るカルスト台地ならではの風景では有るが、中央に
「…気をつけろよ。今は晴れているが、この辺は直ぐに霧が掛かるらしい」
俺は狩人ギルドで目を通しておいた資料の情報を皆に伝える。
現に、遠方に聳える幽都テレムナートには薄っすらと靄が掛かっている。何本も屹立する岩峰がベールの如く霧を纏い、不気味ではあるが神秘的にも思える光景だ。
「斥候部隊…!前方に集合してくれ…!」
調査団が、また進み始めてしばらくした頃、副リーダーのおっさんから呼び出しの号令が掛かかり、調査団の足が再び停止する。
「すまん、呼び出しだ。ちょっと行ってくるよ。…もしかしたらそのまま捜査に乗り出すかもしれない」
このタイミングで呼び出されるとなれば、十中八九、安全確保のため幽都テレムナート周辺に斥候兵を走らせるつもりだろう。
「…ハルト。気をつけてね。こっちのことは任せてよ」
ナナが気を引き締めながら俺を送り出してくれる。
「一応、調査団の方に気を配っていましたが、今のとこ不穏な気配はありませんわ」
「ハルトさん…!頑張って来てください…!」
メルルとタルテにも送り出されるようにして、俺は前方の副リーダーのおっさんに向けて駆け出した。既に何人かの斥候が集まって井戸端会議の様相を呈している。
「すみません。遅くなりました」
「おう、
副リーダーのおっさんが羊皮紙に書かれた幽都テレムナート周辺の地形図を指差す。こと細かく書かれた地図では有るが、これは遥か昔の調査の際に作製された地図の写しだ。今となっては当てにならない箇所もあるため、再度の確認が必要だ。
「お前ら。敵影の捜査もそうだが、何者かが活動した痕跡の捜査も頼むぞ。少なくとも誰かが
副リーダーのおっさんの声を聞きながら、斥候部隊が静かに散開する。…斥候を生業とする人間には寡黙な者が多い。中には陽気な人間も存在はするが、仕事のときばかりは無言を貫いている。言葉を発することは勿論、咳やくしゃみもご法度であるのだ。
幾つもの影が草原を滑るように移動する。見晴らしの良い草原ではあるが、カルスト地形であるこの大地には地下に鍾乳洞が存在しており、そこにつながる落とし穴のような縦穴が草原の中に隠れている。
まだ幽都テレムナートと距離があるが、日の光を嫌ったアンデットがそこに隠れている可能性もあるため、斥候部隊は地図の写しを片手に既存の縦穴や新規の入り口が出現していないか、こと細かく確認していく。
俺が担当した南方は、洞窟への入り口が多く点在する箇所だ。俺の風を使えば、奥に侵入するまでも無く洞窟の奥まで確認することができるため、そこの確認を頼まれたのだ。
そして、俺は地図に書かれた一番の注意地点に差し掛かった。そこは草原に開いた一際大きな窪地。覗いてみれば、穴の中には地底川が顔を出している。以前の調査の際にも拠点として使用された水場だ。
俺は注意深く付近を見渡す。…ここは、幽都テレムナートの近くに拠点を構えるときに最も適した場所だ。
(見つけた…。草が千切れている。何者かに踏みしめられた際に千切れたのだろう…)
踏み倒された草は時間が経てば復活してしまうが、千切れた草は早々に復活はしない。その傷ついた草を辿っていけば、直ぐ近くの丘へと辿り着いた。周囲を見渡せれる良い立地だ。そこには焚き火のあとも確認できた。
俺は地図の写しに情報を書き込みながら、副リーダーのおっさんに向けて風を伸ばす。結構な距離があるが時間を掛ければ何とか声を送れる距離だ。
『妖精の首飾りのハルトです。見つけましたよ。例の水場近くに何者かが野営をした痕跡があります。…一応、現在は人影の方はありませんね』
『解かった。まずは調査団もそちらに進行させる。坊主は再度、付近の安全確認と残りの範囲の捜査を行ってくれ』
『わかりました。引き続き捜査を続行します』
声送りの魔法を解き、再び辺りを探索する。何者かがここで野営をしていたとなると、他にも痕跡が残っているかもしれない。
俺は周囲の風に感覚を乗せ、飛ぶように草原を駆け抜けた。
◇
「あー。確かに痕跡があるねー。古さ的にはー丁度
「確定はできませんが、恐らくはそうでしょうね。…規模から考えれば二十名ほどでしょうか…」
俺らが野営地を構築する傍らで、エイヴェリーさん達が痕跡の見聞を行っている。…結局、所属を表すような痕跡は見つけられなかったが、多少なりとも情報を得ることができた。
「…事前に幽都テレムナートに挑んだ輩が相手となると…、地の利は向こうに取られる可能性があるな」
俺は横で作業していたメルルに、ぼやくようにそう呟いた。
「ハルト様…。幽都の周りには敵影は無かったのですのよね?」
「ああ、少なくとも野営地の付近は俺が捜査した。見える範囲には敵は潜んでない」
野営地からは付近が見渡せるため、もし接近する敵影があれば直ぐに気がつくだろう。
「…これまでの道中で仕掛けることも無く、野営地に適した地点に仕掛けも無し。…となると、あの中に潜んでいる可能性が高そうですわね。地の利どころか、あの幽都の中で安全地帯を構築しているのでしょう」
俺のぼやきに答えるようにメルルが推測を述べてくれる。…あの岩壁の向こう、幽都の中のアンデッドが一掃されているのならばそれも容易だろうが、恐らくアンデッドはまだ大量に生き残っている。斥候の一人が位置口近くからアンデッドの気配を確認したのだ。
…となると、俺らは姿を見せぬ敵とアンデッド、両方を同時に相手にする可能性もあるというわけだ。
「それでは、ハルト様。少々失礼いたしますね。結界の構築のために呼び出しが掛かっているのです。タルテ。行きますわよ」
「はい…!メルルさん!…それでは行ってきます!」
そう言ってメルルとタルテは、野営地の外周へと二人並んで向かっていく。
激戦の予感が胸の内を占めるなか、それを落ち着けるかのように光魔法使いと闇魔法使いの結界が、優しげな光と共に野営地をゆっくりと包み込んだ。
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