第102話 妖精と尻尾と物語

◇妖精と尻尾と物語◇


「悪いねーまたまた呼びだしちゃってー」


 食料調達の狩猟の後、俺はエイヴェリーさんに呼び出されていた。昨晩、ハマルの尋問を行っていた天幕の中へと、副リーダーのおっさんに引き連れられるようにして俺は入り込んだ。


「いえ、調査の件ですよね。こっちが聞きたいぐらいです。…なにか解かりました?」


 俺は椅子に腰掛けながらエイヴェリーさんに向き合う。机の上には今日一日かけて集めてきた情報の報告書が並んでいる。…おっさんばかりのクランだが中々の情報収集能力を持っている。流浪の剣軍が、アウレリアの街を占めている組織というのもあながち嘘ではないのだろう。


「うーん。あんまりいい情報は集まらなかったかなー。まー確定しているのは今回のことは仕組まれたってことかなー」


 そう言ってエイヴェリーさんは報告書の一つを俺に渡してきた。それにはコルレオ商会の従業員の証言が書かれている。昨日見た盗賊に参加した下っ端の証言を纏めた報告書ではない。コルレオ商会の幹部らしき男の証言を纏めたものだ。


 …どうやら、本日再びショッピングに行ってきたらしい。大人気だな、あの商店。


「ハルト君がー、コルレオ商会の兵隊を殆ど打ちのめしてくれたおかげでー、随分楽だったって聞いたよー?」


「そうだな。軽く撫でただけで歌い小鳥シンギングバードのように歌い始めたと言っていたよ」


 副リーダーのおっさんは喉を鳴らすように笑いながらそう言った。…というか、俺らがやったというのはばれていたんだな。状況証拠的に簡単に推測がつくとは思うが、わざわざ顔を隠した意味が無くて少し悲しくなってしまうな。


「ええと…、これ本当ですか?」


 報告書の記述が確かであるのならば、補給物資を奪ったのは他所の組織から話を持ちかけられたかららしい。


 …残念ながらその他所の組織というのは具体的には不明ではあるが、結構な額の依頼金に加え、狩人ギルドから補給物資の手配を任された商会の情報をコルレオ商会に流すなど、その能力から木っ端な組織ではないと窺える。


「そだねー。わざわざ手回しして僕らの足止めがしたかったみたいだねー」


「あぁ…、なるほど。奪った補給物資を高値で売りつけに来たのはコルレオ商会の独断ですか…。大方、色気が出たのでしょうかね」


 コルレオ商会が依頼通り補給物資を奪うだけに治めていたならば、俺らはこの街で足止めされて物資調達に手を割かれることになっただろう。


「昨晩、野営地で防衛した奴らにも話を聞いたが、妙に敵の足並みが揃っていなかったらしい。それこそ、獅子の牙ダンデライオンが騒いだせいで、なし崩し的に攻めてきたって感じだったそうだ」


 副リーダーのおっさんが、指でテーブルを軽く叩きながらそう呟いた。…恐らく、本来なら足止めをしたうえで、こちらの様子を窺ってから仕掛ける予定だったのであろうが、俺らが早々に補給物資を手にしてしまったがために焦って攻めてきたのだろう。


「それでー奴らの目的なんだけどさー。…ハルト君はー、流浪の剣軍ぼくらがこっそり運んでるもの気付いているよねー?」


 エイヴェリーさんは、多少声のトーンを落として俺に質問をした。…エイヴェリーさんがこっそり運んでいる物の心当たりはある。何かを守るかのような布陣もそうだが、時折、馬車の荷物の中から聞こえてくるカタカタと骨の鳴る音に聞き覚えがあるからだ。


「ええ、一応把握はしていますよ。何故持ってきているかは知りませんけどね。…寂しい夜の話し相手にでもするつもりですか?」


「そいつは名案だ。お人形さんにしちゃ随分物騒だが、晩酌にも嫌な顔せず付き合ってくれそうだ」


 副リーダーのおっさんは苦笑いをしながらも冗談に乗ってくれる。…嫌な顔も何も、磔の儀礼槍スケアクロウの骸骨フェイスに表情は無いだろうに…。


磔の儀礼槍スケアクロウは幽都にアンデッドを留める楔みたいなものだったからねー。なるべく早く元に戻して欲しいってのが国の方針なわけー」


「本来は第一調査を終えてから判断したいところだったが…、もし幽都にアンデッドが残っていた場合、直ぐにでも戻さないと手遅れになる可能性が高いからな。無理して持ってきたんだ…」


 エイヴェリーさんは楽しげに言うが、副リーダーのおっさんはため息と共に言葉を紡いでいる。


 幽都に集っていたアンデッドが各地に散らばるとなると、確かに無視できない問題だ。だからこそ、磔の儀礼槍スケアクロウの破壊ではなく、再び幽都に据え置くほうに舵を切ったのだろう。…そもそも、もしかしたら安全に破壊する方法などは無いのかもしれない。


「それでねー、昨晩の襲撃はねータルテちゃんだけじゃなくー磔の儀礼槍スケアクロウも襲われたんだー」


「…てことは、敵の目的はタルテと磔の儀礼槍スケアクロウってことですか?」


 昨晩の謎の集団は、焦って攻め込んだ上に二兎を追ったことで両方逃してしまったということか…。


「…順当に推理するなら、当初磔の儀礼槍スケアクロウを運んでいた奴らが、取り返すために攻めてきたってとこだろう。そしてタルテ嬢は磔の儀礼槍スケアクロウのコントロールのためだろうな。自由に封印とその解除ができれば、磔の儀礼槍スケアクロウは凶悪な武器となる」


 恐らくはテロ目的…。犯罪組織か、あるいは貴族か…。敵対する者の住まう地で磔の儀礼槍スケアクロウを開放すればひとたまりも無いだろう。


「もちろんねー、それで確定って訳じゃないよー。…たとえば幽都には墓荒らし程度しか近づかないと言われているけどー、奥地にはお宝が眠っているって話もあるのさー」


「…磔の儀礼槍スケアクロウを幽都から遠ざけることで、あえてアンデッドを散らして幽都の探索を容易にするってことですか」


 その場合であれば、タルテは幽都テレムナートの探索要員ってことだろうか…。強力な光魔法使いがいれば、完全にアンデッドが居なくなるのを待たずに探索をすることができる。


 …流石に今ある情報だけでは敵の目的を推測するので精一杯といったところか。


「まぁー、少なくとも足止めが奴らの目的ってことが判明したからねー。明日にはもう向かうとするよー」


「結局、今回の出来事は調査の目的であった対象が、僅かに尻尾を見せたと言うことですか…。幽都テレムナートで何が起きたのか…。あるいは起きているのか…」


 そういう意味では一応進展があったと言うことだ。尻尾が見えたということは、相手は完全なる御伽噺フェファリーテイルでは無いはずだ。


 俺は天幕の隙間から見える空へと視線を向ける。その空の下、ここからそう遠くない位置に幽都テレムナートは存在するのだ。


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