第100話 蜂巣形のお菓子と蜂刺形の顔

◇蜂巣形のお菓子と蜂刺形の顔◇


「つまりタルテちゃんが怪我をしたと勘違いして、慌ててやってきたと…」


 ナナが呆れた顔をしながら俺を見詰めてくる。反論したいところだが、背後に点々と残る暴風の被害に会った天幕の事を考えれば強くは言うことができない。


「まぁ、仕方ないのではないでしょうか。実際、タルテが襲われたのは事実ですし…」


「えへへ…ご心配おかけしました…」


 タルテの治療作業も終わり、俺と共に女性陣三人は俺のお土産の蜂巣形焼きワフェルを摘みながら、簡易的なテーブルを囲んでいる。


「襲われて救護所にいると聞けば、誰だって勘違いするだろ…」


 俺は頭を掻きながらそう言った。


「それで、詳しく教えてもらって良いか?一体何があったんだ?」


 俺も蜂巣形焼きワフェルの一つを手に取りながら、彼女達に尋ねる。…砂糖や蜂蜜がふんだんに使われており、暴力的な甘味が口の中に広がる。お高そうなものを選んだかいがあった。唾液腺が弾けそうだ。


「そうだね…。私達も全てを把握している訳じゃないんだけど…、まず、最初に獅子の牙ダンデライオンの奴らが騒ぎ始めたんだ」


「例のハマルという男とその他のパーティーメンバーが争い始めまして…。始めは単なる内輪揉めかと思われていたのですけど、なにやら不穏なことを叫びながら剣を抜いての戦いとなりました」


 何かあるとは思ってはいたが、獅子の牙ダンデライオンが此処に来て動き出したのか…。


「その不穏なことってのは?」


「聞いていた限りでは、あの獅子族の男…、たしかラサラスだったっけ?その男がタルテちゃんを攫おうとしていたのを、ハマルが引き止めている感じだったね」


 ナナがタルテに気を使うようにしながら、そう説明してくれた。


「そこからの展開は怒涛でしたわね。奴らが手引きしたらしき謎の集団が現れ、引きとめていたハマルを打ち倒すと、ラサラスと共に私達へと向かってきました」


「…まぁ、今の状態を見るに問題は無かったんだよな?」


 三人の身体を舐め回すように観察するが、怪我を負っている様子は無さそうだ。…俺の視線に気付き、ナナが冷たい半眼で見てきたので、俺は誤魔化すように視線を逸らす。


「もちろん。急だったから、ちょっと油断しちゃったけど、油断していたのは向こうも一緒だったみたいでね。…タルテちゃん見事だったよ」


「えへへへ…」


 襲われたというのに、タルテは嬉しそうに照れている。怖がりな一面もあるが、意外と図太いのかもしれない。


「大方、小柄な羊人族と思ったのでしょう。タルテに掴みかかった所まではいいですが、そのまま腕を取って投石器スリングの如く振り回して放り投げました」


「掴まれた瞬間に、片手の当身で簡単に足を払い、そこから相手の突進を利用しての投げ。あれは見惚れちゃったね」


 …投石器スリングは石を遠くへ投げるための紐状の道具だ。カウボーイの紐のようにくるくると振り回して投石するのだが、まさか人間に対してそんなことができるとは…。タルテの腕力と、魔法がそれを可能にするのだろう。


「攫おうとしたってことは、奴らの目的はタルテをパーティーメンバーに入れることじゃなかったのか?」


「まぁ、言い争いを聞いてた限りでは、ハマルって人はパーティー加入を目的としてたみたい。それで、ラサラスって人が攫おうとしたもんだから内輪もめって感じかな」


「恐らくですけど、書類上のリーダーはハマルという男ですが、実質的にパーティーを支配しているのはあの獅子の獣人のラサラスだと思われます。…パーティー名の獅子の牙ダンデライオンもそれを示しているのでしょう」


 そういえば、道中でもハマルはラサラスに下手に出ていたな。ハマルはリーダーをやらされている手下で、黒幕がラサラスということか…。…いや、謎の集団が出てきたのならば、更に黒幕がいる可能性もある…。


「…それで、ラサラスと謎の集団の目的はまだ解かってない感じか…」


「そうだね。謎の集団は追い返すことができたけど、その後は警備でゴタゴタしてたから…」


「ハルト様達も帰還されたことですから、その辺は流浪の剣軍が行っているでしょう」


 そう言えば、飛び出すようにしてこちらに来たままだったな。…流石に顔を出しに戻る必要があるだろう。


「邪魔になるかもしれないが、エイヴェリーさんの所に言ってみるか。報告されているだろうけどエイヴェリーさんも姪っ子タルテを心配しているはずだ」


 コネと言うわけではないが、タルテが関る案件でもあるため調査の内容も話してくれるだろう。


 空になった蜂巣形焼きワフェルの空き瓶をかたし、俺らは席を立ってエイヴェリーさんの元に向かった。



 エイヴェリーさんの控える、調査本部となっている天幕に入る。野営地の中でも、特に警備の厳しい所であるが、一応顔パスで中に入れてもらうことができた。


「あーハルト君おかえりー。みんなも無事で何よりだよー」


 天幕中には円卓が設置されており、中にはエイヴェリーさんと副リーダーのおっさんが詰めていた。そして天幕の奥には顔を腫らしたハマルが椅子に縛り付けられていた。


 副リーダーのおっさんは、無意識にかハマルの姿を俺らから隠すように立つが、エイヴェリーさんに手で制され、逆に俺らを促がすように天幕の脇に退いた。


「案内されたんで入っちゃいましたが、尋問中でしたか?」


 俺は二人に邪魔してしまったことを謝る。


「んー大丈夫ー。彼は何も知らないみたいー。どーりで、彼だけ回収されずに残っていたわけだよー」


 彼だけってことは、他の謎の集団は全て取り逃したのだろう。…不意を突いて襲ってきたとしても、向こうも無傷とはいかなかった筈だ。それでも、怪我人を回収して退いたとなると、仲間意識かそれとも情報を与えないためか…。


「ハマルさん…その、私を襲ったのは…?」


 タルテは脅えながらも、縛り付けられたハマルに近づきその顔を癒していく。治療されるとは思っていなかったのか、ハマルは腫れた顔でも解かるほど驚いている。


「…オレも…、何がなんだか解からないんだ…。いきなり、タルテを攫うってラサラスさんに言われて…」


「お前は、何か知っていてタルテをパーティーに誘ってたんじゃないのか…?」


 俺は意気消沈しているハマルに尋ねる。


「…タルテをパーティーに誘うように言ったのは、ラサラスさんだ…。いや、違う…たしか、最初は上等な光魔法使いを探すように言われて…、それでオレがタルテに目をつけて…オレが紹介してラサラスさんもタルテに目をつけたんだ…。…すまない」


 ハマルは懺悔するかのように淡々とそう語った。


「…でも、信じてくれ…!オレはてっきりパーティーを強化するためだと思ったんだ…!だからオレも乗り気で勧誘したんだ…!まさか…こんなことになるなんて…ラサラスさんが何考えてたかなんて俺が聞きたいぐらいだ…!」


 タルテに迷惑をかけたことに反省しながらも、ハマルは自身の潔白を訴えた。


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