第99話 もしかしなくても陽動
◇もしかしなくても陽動◇
「おう。随分ヤンチャしたようだな」
俺が、店先に着地するとそこには一人の覆面男が丁度やって来ていた。声からして流浪の剣軍のおっさんの一人だろう。…さすがに覆面をしているため、どのおっさんかは解からない。これで誰だか解かるのならおっさん鑑定士の資格がもらえるはずだ。
…産まれたばかりのおっさんの雌雄を判別するおっさん鑑定士。取得すれば食うには困らないと言われている…。
「まったく、接客のなってない店でしたよ。…こっちにいるってことは、潮時ですか?」
どうやら陽動は十分なようだ。…まだ足りないようなら、もう一度入店するつもりだったんだがな。リピーターを如何に増やすかが繁盛の秘訣とも言うし、むこうも喜んでくれるだろう。
「ああ、向こうも撤収に移ったとこだ。こっちも引き上げるぞ」
おっさんは店先に転がった酒瓶の一つを手に取り、それを口にしながら手を振って撤退を促がす。俺も店内から何か失敬しようかな。嵐に見舞われたような店内は丸ごとワゴンセール状態だ。
「ほれ、急ぐぞ。坊主の喧しい戦闘音のおかげで次期に街兵が来るはずだ」
「はいはい。今行きますよ」
俺はお高そうな砂糖菓子を懐に入れて、おっさんの後に続く。…おっさんは直ぐにでも街兵が駆けつけて来るといっていたが、背後の商館を除いて街は静けさに包まれている。それこそ余計な飛び火が降りかからないように身を潜めているのだろう。
俺は夜風を操り、自身に浴びせかける。闇夜を孕んだ風が、俺の火照った体を冷やしていく。
「この風は坊主のお陰か?気持ち良いもんだな」
「良いでしょう…どうです?風魔法のファンになりましたか?」
「残念ながら、うちのクランは土魔法のファンでな。…そら、運搬部隊に追いついたぞ」
そう言っておっさんは前方を指差す。そこには荷馬車に乗せられた補給物資とそれを運ぶ覆面のおっさんが
「あらー、おかえりー。首尾よく言ったねー」
おっさんに紛れていたエイヴェリーさんがこちらに声を掛ける。エイヴェリーさんは得意げに補給物資を叩いて目標の完遂をアピールしている。
「さー、後は撤収だけだねー。追跡者はいるかなー?」
「今のところは居ませんね。…いたって平穏な夜の街です」
俺は風を用いた索敵の結果をエイヴェリーさんに伝える。俺らがやったと感づかれている可能性はあるが、追跡による発覚はないといってよいだろう。今俺らを見ているのはお月様だけだ。
「それじゃー、野営地に急ごうかー。回れ車輪よ、
エイヴェリーさんの魔法により車輪が独りでに回転し始める。おっさん達は荷馬車の舵を取りながら、足早にその場を後にした。
◇
異変に気が付いたのは、野営地が目前に迫ってきたあたりだ。…討ち入りに向かう前よりも増えた篝火の元で、狩人達がせわしなく動き回っている。風で探るまでも無く、何かトラブルが起きたのは明確だ。
「エイヴェリーさん…!そちらは大丈夫でしたか…!?」
野営地からおっさんの一人が駆けつけてきて、エイヴェリーさんに報告を入れる。
「何があったのー?随分慌しいようだけどー…?」
「それが…獅子の牙が謎の集団を引き込みました…。奴らは例のものと…」
報告をしに来たおっさんはチラリと俺の方を見て、口ごもる。その理由はすぐさま、おっさんの口から明かされることとなった。
「…タルテ嬢を狙っていました。現在は追い返して警戒に当たっております」
おっさんの言葉を聞いて、俺の背中に氷柱が差し込まれたように寒気が駆け巡る。その直後、今度は心臓の脈動が何時にもなく激しくなり、背中とは打って変わって顔に熱が篭る。
「おい、おっさん…!?タルテは…!?タルテは無事なのか!?」
俺はおっさんの胸倉に掴みかかり揺するようにして問いただす。
「あ、あぁ…タルテ嬢は、いま救護所にいる…が…」
おっさんの言葉を聞いて、俺はすぐさま救護所に向かって走り出す。
「おい!まて坊主…!おい…!」
背後から俺を呼び止める声が聞こえるが、足を止めるわけには行かない。風を吹かせて極限まで速度を上げる。複数の天幕が風に捲くれあがるが俺は気にも留めずに野営地の中を走りぬけた。
野営地の中央。救護所はそこに設置されている。昼間には小さな天幕一つだけだったが、今は拡張されて複数の人間で溢れている。
死屍累々と言う程ではないが、複数の人間が傷つき血の匂いも漂っている。
俺はその中央の天幕に向かって、滑り込むように入り込んだ。
「タルテ!無事か!?」
「はえ…?あ…!ハルトさん!お帰りなさい!」
…タルテは救護所の中央で、ナナとメルルに守られるようにして座り込んでいた。そして、その手の先には光の魔法が宿っている。
絶賛、治療中だ。おっさん達の。
「あぁ、ハルト。すいぶん慌ててるね…。襲撃の件を聞いたの?」
「心配なさらずとも、私達は怪我一つありませんわ」
襲撃の後と言うことで、多少気を張ってはいるようだが、三人は余裕そうな素振りを見せて俺を迎え入れてくれた。
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