第98話 腹マイトは難しいので足元マイト

◇腹マイトは難しいので足元マイト◇


「ほら、行くぜ。キックオフだ」


 商品として並んでいた行李柳こりやなぎの籠付き球形ガラス瓶を、サッカーボールのように蹴り飛ばす。


 強度の高いガラスは薪ではなく、石炭などの高火力が必要となるが、魔法のあるこの世界では魔法や魔術を組み込んだ高火力の炉により、強度の高いガラス製品も普及している。蹴ったぐらいじゃ割れはしない。


 俺の蹴り飛ばしたガラス瓶が、男達の方へと飛んでいく。喧嘩慣れしているためか、即座に避けるように反応するが、僅かに注意が逸れた瞬間に俺は地面を滑るようにして男達へと距離を詰めている。


「まず一人ぃ!鉄山靠てつざんこう!」


「オゴァア!?」


 脚を引っ掛けながら背面タックルをする事で、わざと大きな音を立てるように男を投げ飛ばす。ダイナミックな入店をした時点で、商館内にも入店音が響き渡っているだろうが、念を入れることには越したことは無い。


「オンドリャァア!」


「ほいほい。二人目。ついでに三人目ぇ!」


 斬りかかってきた男の刃を、回り込むようにして回避し、後ろ回し蹴りで強かに頭部を打ち据える。そしてその剣を奪い取り、こちらに向かって来ていたドアマンに投擲する。


 剣はそのままドアマンの大腿に突き刺さり、男は転がるようにしてその場に崩れ落ちる。


 二階から慌しい足音が響き、奥の階段から追加の男共が姿を現すが、俺はその男達に向けて小麦の入った麻袋を投げつける。結構な重量があるため、そのまま男達はドミノ倒しとなって床に倒れこむ。


 残念ながら中身は小麦粉ではなく小麦なので、小麦粉で目くらましや粉塵爆発などはできない。小麦粉の運搬には樽や木桶が使われている。小麦粉袋フラワーサックに使えるような目の細かい布は、まだまだ高価な代物だ。


 …俺が飛び矛やミシンを開発すれば良い金稼ぎになるだろうか…。でも、ガルム帝国には似たようなものがあるっぽいんだよな…。聞いた話ではガルム帝国は安価な量産品で、うちの国は魔法種族の作り出す高品質品ということで住み分けが成されているらしい。


 倒れこんだ男達を念入りに踏みつけながら、俺は二階へと侵入する。


 二階には酒瓶がそこかしこに転がり、甘ったるい香も炊かれている。俺がこんなにも早く二階までにやって来ると思っていなかったのか、幾人かの男達が慌てて立ち上がる。酌をしていたきわどい格好の女性達も、軽く悲鳴をあげながら俺と距離をとる様に逃げ始める。


「おめぇ!どこの回しモンじゃぁい!」


「どっからどう見ても一般客だろ?このドレスコードは失敗だったか?」


 この街には身元を隠したがるシャイな人が多いらしいので、そのトレンドを取り入れた最先端の討ち入りファッションだ。


「おどりゃ、ふざけんとんのかぁ!」


 酒瓶が俺に向かって投げ込まれるが、俺は頭を傾けてそれを避ける。後ろの壁に当たった瓶が割れ、漏れ出した中身のせいで、酒の匂いが一層濃くなる。


 俺は脇に逸れるように足を進め、あえて背後の扉と距離をとる。そして、女性達を見詰めながら、手を払う素振りをして逃げるように促がす。


 女性達は最初は戸惑ったものの、こういう鉄火場にも慣れているのか、すぐさま開いた扉から逃げ出した。


「…舐め腐ってんのか、コイツ…!?」


「なんだよ。女性には優しくするように習わなかったのか?」


 紳士的な対応は、ヤクザ共には不評だったようだ。余裕がある感じが気に食わないのだろう。…ちなみに女性に優しくすることは前世で習った。今世の母親には女性でも油断するなと教えられた。


「おいやれ…!」


 偉そうな男が手で合図を出すと、傍らの男が俺に向かってクロスボウを構える。金属鎧を抜くような高張力のクロスボウではなく、携行性と連射性を意識した小型のクロスボウだ。弓よりも威力は弱いが、室内で使うには十分な性能だ。


「死ねやボケがぁ!」


 男の怒声と共にクロスボウからボルトが放たれるが、俺は風を操り軌道を捻じ曲げる。弾速が遅い分、簡単に逸らすことができるが、ボルトが背後の壁に突き立った瞬間に思いもしなかった現象が起こる。


 炸裂したのだ。ボルトが。


 背後の壁と距離があったため、踏鞴たたらを踏む程度で済んだが、背後の壁は大きくえぐれている。直撃していたら俺でも無傷ではいられないだろう。


「何外しとんじゃ!一発幾らするか解かってんのか!!」


「ガァッ!?…すいやせん!真っ直ぐ狙ったんですが…」


 偉そうな男は酒瓶でクロスボウを持った男の頭を殴り、そのクロスボウを奪い取った。


「…魔道具か。クロスボウではなく…ボルトに秘密がありそうだな」


「へっ…!良く解かったなぁ。ガルム帝国からの横流し品よ…!」


 偉そうな男は得意げな顔をしてクロスボウをこちらに構える。そのクロスボウは単なる普通のクロスボウのようだが、ボルトは通常のものと異なり、先端には赤い宝石のような結晶が埋め込まれている。


 …魔法使いでなくても手軽に魔法のようなものを使えるようになるのは厄介ではあるが、正直言って俺とは相性が良い。特にこの距離では打てる手も多い。


「へぇ…試しに撃ってみろよ。お前に当てられるかな?」


「言われなくてもミンチにしてやるよ!」


 偉そうな男が引き金を引くのに合わせて、クロスボウの目の前に風の壁を作り出す。先ほど、ボルトは壁に当たってから炸裂した。恐らく先端に衝撃が加わると爆ぜるのだろう。もし時限式であったとしても、風の壁に当たったボルトは奴の足元に落ちるはずだ。


「がぁ!?」


 案の定、打ち出された瞬間にボルトが炸裂しクロスボウを粉砕させる。手元でその炸裂を受けた偉そうな男は勿論、その傍らに立っていた男もただではすまない。吹き飛ばされたことに加え、体中に細かい破片が突き刺さっている。


「どうやら不良品をつかまされたらしいな。可愛そうに…」


「イデェ…!イデェよぉ…!」


 偉そうな男は完全に気絶しているが、他の男達は吹っ飛んだだけだ。俺は手早く、その男達を行動不能にしていく。体中に追った傷が痛むのか、男共は情けなく大声を上げている。


 相変わらず妨害が多いが、風を伸ばせばエイヴェリーさん達の作業音が聞こえてくる。…向こうも戦闘が発生しているようだが、大部分の従業員は先ほどの炸裂音を聞いてこっちに向かって来ている。


「兄貴ぃ!無事ですかぁ!?」


「おい!こっちおったで!回せ回せ!」


「おめぇ!良い度胸じゃねぇか!」


 扉を蹴破って、次々と男達がなだれ込んでくる。…ならばここらで一網打尽になってもらおうか。見れば部屋の脇の木箱には、専用の木枠にボルトが一発ずつ丁寧に納められている。恐らくは先端に衝撃が加わらないようにしているのだろう。


「ほれ。不良品みたいだからな。返品だ」


 俺はその木箱を蹴り倒し、男達の足元にボルトをぶちまける。そして、解かりやすいように塵を巻き上げるようにして風を手元に圧縮させる。男達もこのボルトについて知っているのだろう。一気に顔が青ざめた。


「それじゃ冷やかし失礼。退店のお見送りは十分だ」


 俺は圧縮した空気を投げ込みながら、窓から飛び降りる。


「アーッ!アァーッ!ヤメッェ!?アァーッ!?」


 炸裂の音が爆竹のように鳴り響く中、俺は再び店の入り口へと降り立った。


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