第97話 カチコミカチコミ申し上げる
◇カチコミカチコミ申し上げる◇
「どうだったー?情報は探れたかなー?」
野営地に帰り、報告のために天幕の下を潜った俺に、中に居たエイヴェリーさんが話しかけてきた。この会議室がわりの天幕の中には、副リーダーのおっさんも忙しそうに作業をしていたが、俺の報告を聞くためか、報告書から目を離して俺の方に耳を傾けている。
「ええ、補給物資の場所と簡単な間取りは確かめてきましたよ」
俺は懐から、手書きの間取り図を取り出し二人の目の前に置いた。探りきれなかった箇所も幾つかあるが、補給物資を取りに行くには十分なものだろう。
「…流石だな。こうも簡単に内部を探れるとは」
「よしてください。…それに、コルレオ商会が物資を奪ったという証拠は掴めませんでした。それが解かれば心置きなく奪いにいけたのですが…」
副リーダーのおっさんは褒めてくれるが、全てを調べきれたわけではない。建物の屋根や壁に引っ付いたり、それこそ、ちょっと窓からお邪魔したりして調べたものの、監視の目も多く、書類などは調べることはできなかったのだ。
「あぁ…、それなら問題は無いぞ。…こっちの報告書を見てみろ」
そう言って副リーダーが、一枚の報告書を俺の前に置いた。…それはある男達の供述書であった。そこにはコルレオ商会に所属する自分自身が、例の強盗に参加していたと書かれている。
…だが、何よりも俺の目を引き付けたのは供述書の冒頭。そこには妖精の首飾りの女性陣の名前が書かれていたのだ。
「へぇ…ナナとメルル、タルテに絡んできたと…」
無意識に報告書を握る手に力が入り、周囲の空気が鋭さを増す。
「ハルト君が調査に赴いている間、彼女達は街を散策していたんだが、その男が悪質なナンパに勤しんだ様でな」
「ふふー。向こう見ずな輩もいたようだねー。服装を見れば戦闘職だとわかるのにー」
エイヴェリーさんはケラケラと笑うが、俺はあまり愉快には思えない。
「…心配しなくても彼女達は無事だぞ?たまたま近場に居たウチのクランメンバーが割って入ろうとしたのだが、その前にナナ嬢の拳が彼らにお返事をしたそうでな」
「それでー、殴られた男達がーコルレオ商会の名前だして脅したもんだからー、今度はうちのクランメンバーがちょっと過激なナンパをしたって訳さー」
その男達は今もこの野営地の一角で拘留されているらしい。…あとで俺も見に行って見るか。
「じゃあ…あとは今夜、カチコミをするだけって訳ですか」
「そだねー。面子は僕とハルト君にー、運搬役にもクランメンバーを半分ほど引き連れていくよー」
そう言ってエイヴェリーさんは指令書らしきものにサインをすると、それを副リーダーのおっさんに渡した。
◇
日も落ち野営地にも夜の帳が下りるが、辺りには煌々と篝火が焚かれ、戦士たちが装備を確認する金属音が喧騒に紛れてそこかしこで鳴っている。
街に着いたということで多少は緩んでいた空気が、難所を通過する際のように引き締まっている。
「ハルト…。気をつけてね。…余り無茶しちゃだめだよ?」
ナナが俺に声を掛けるが、台詞ほどは心配していないようだ。…俺が、この程度の仕事でどうにかなるとは思っていないのだろう。寂しくはあるがその信頼も嬉しいものではある。
「ナナ…。連れて行けなくてゴメンな。特にナナとメルルは今回の件に携える訳にはな…」
今から行う所業は、多少イリーガルなものだ。貴族の子女である二人を関らせると、もし発覚した際には面倒な事態に陥ってしまう。
「理解はしているよ。…留守番はつまらないけど、流石にそこまで我がままを言うつもりは無いよ」
「まぁ、野営地の警護も立派な任務なのですから頑張りましょう。…ハルト様、なんなら敵を引き連れて戻ってきても構いませんわよ?」
メルルが俺の口元に布を巻きながら冗談交じりにそう言った。俺だけではなく、参加者の全員が同じように顔に布を巻いて素性を隠している。
「ハルトさん…!手を出してください!加護を掛けますので…!」
正直、魔法の抵抗が強い俺にとっては、気休め程度の魔法ではあるが、それが生死を別つこともある。なによりタルテの気持ちを無碍にはできない。俺は手を伸ばし、彼女に光魔法の加護を施してもらう。
「ハルトくーん。準備はできたかなー?」
エイヴェリーさんが俺の元へと歩いてくる。俺と同様に布で顔を隠しているが、喋り方のせいで知っている人間には隠すことができていない。
それに、後ろ腰には交差させるように左右二本ずつ、計四本もの剣を携えている。こんな装備はエイヴェリーさんだけであろう。タルテはエイヴェリーさんの下に駆け寄り、俺だけではなくエイヴェリーさんにも光魔法の加護を施しはじめた。
「ええ。万端です。ちゃちゃっと討ち入りに向かいましょう」
今宵の俺は赤穂浪士だ。討ち入りがしたくてうずうずしている。
「あらー?昼間と違って随分やる気だねー」
「パーティーの女性陣にちょっかいを掛けられましたしね。そこまでされちゃ黙っていられませんよ」
あの後、拘留されている男共を見に行った際に軽くお話してみたところ、どうやら彼らの兄貴分とやらが妖精の首飾りの女性陣をご所望だったらしい。
街で見かけて一目で気に入って、それを手下に頼んで連れてこさせようとするとは…、シャイなのか図々しいのか良く解からない野郎だ。解かるのは不届き者だということだけだ。
…まぁそれだけ解かれば十分か。その兄貴とやらには、誰の仲間に手を出したのか解からせてやろうじゃないか…。
「それじゃー始めようかー。みんなよろしくねー」
全員がエイヴェリーさんの言葉に頷くことで返事をし、静かに行動に移る。
エイヴェリーさん達の後ろに続いてなぜか開いている街門をくぐり、コルレオ商会に向かって足を進める。
顔を布で隠した集団が、音を立てずに街中をすばやく移動していく。此処からはスピード勝負だ。こんな集団が街中にいれば流石に街兵に通報されるだろう。
「…それじゃー、ハルト君。正面はお願いねー」
コルレオ商会の近くに着くと、エイヴェリーさん達は道を逸れて別の方向へと進んで行く。エイヴェリーさん達は商会の裏手から直接倉庫に突入し補給物資を奪うのだ。その間、俺は行儀良く正面から商会にお邪魔する手筈となっている。…いわゆる陽動だ。
俺はゆっくりと歩を進め、コルレオ商会の前に立つ。そこには昼間に見た厳つい男が門番の如く立っている。
「…あん。なんだおめぇ?」
男は脅すように俺に話しかける。…異様な装いの俺を見て随分温い反応である。
「何って?買いに来たんだよ。あんたらが売ってきたんだろ?」
「おいてめぇ…ッ!?」
圧縮した空気を男の懐で炸裂させる。爆音と共に軽々と男は吹き飛び、戸口を打ち破って店内へと転がり込んだ。
「おいおい。この店の
散らばった戸口の破片を踏みしめながら、俺は店内へと入り込む
「クッソ…!てめぇ…!死にてぇのかよ!」
「なんじゃぁ!?われぇ!?」
「ここがどこだか解かってんのかぁ!オイ!」
店内に居た脛に一傷も二傷もありそうな男達が一斉に臨戦態勢になる。俺もそれに合わせて腰元のマチェットを抜き放つ。
「何でも売るとは聞いていたが、まさか喧嘩を売ってくれるとはなぁ?支払いは暴力で構わないよな?」
店内に暴れる風が解き放たれた。
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