第95話 カルムロウの街は薄暗い

◇カルムロウの街は薄暗い◇


「はぁ?補給物資が無いってどういうことです?」


 幽都テレムナートに近い街の一つ、カルムロウ。その近郊に作られた野営地にて、俺はエイヴェリーさんに相談と言う名目で呼び出されて、厄介そうなことを告げられる。


 エイヴェリーさんに呼び出された時点で、厄介事を告白されることは予想していた。それこそ伝説の木の下に呼び出された時点で愛の告白と解かるようなものだ。


「…物資を乗せた馬車は複数の人に見張られているようなものですから、盗まれたって訳じゃないですよね?…食いすぎましたか?」


 そうなると少し責任を感じてしまう。妖精の首飾りは食いしん坊が多いからな。ニューフェイスのタルテも中々の健啖家だ。よくメルルが餌付けするようにご飯を上げている。


 といっても、食料が無いから、今から俺に狩りに行けというわけでは無いだろう。食料が無いのなら、直ぐ目の前にあるカルムロウの街に買いに行けばよいのだから。エイヴェリーさんに限って軍資金を使い切ったとも考えずらい。


「いやいやー、無くなったのは馬車からじゃなくて街からなんだよー」


「申し訳ございません。…どこからか話が漏れたようでして…」


 エイヴェリーさんの後ろに控えていた、気の弱そうな文官気質の男が申し訳無さそうに頭を下げる。服装からして狩人ギルドの人間だろう。


「もともとねー。カルムロウで補給の予定でねー、それでこっちの狩人ギルドに手配をお願いしていたんだけどー」


「契約をしていた商会が、唐突に契約破棄を言い渡してきまして…」


 ギルド員の男性…ブロケイドさんが懺悔するかのように説明をして行く。曰く、物資の準備をお願いしていた商会に昨夜、強盗が押し入ったそうだ。そして、その商会に代わるようにして別の商会が補給物資の販売を申し出て来たそうだ。…相場の数倍の高値で。


「なんです?それ…?タイミングが不自然すぎるでしょう…。どう考えてもその商会が強盗犯では?」


 猿でもわかる簡単な推理だ。少なくとも強盗犯と繋がっている可能性が高い。


 街兵はちゃんと捜査しているのだろうか?というか、その商会は狩人ギルド…更に言えば俺らと言う近場に展開した武力集団を敵に回したと理解しているのか?


「それが…、その商会は…コルレオ商会と言うのですが、その…そっちの筋の集団でして…。街兵も捜査にかなり消極的なのです」


 …裏社会の人達かよ。


 昔はそういった荒くれ者の受け皿が狩人ギルドや傭兵ギルドだったらしいが、ギルドの健全化が進むにつれ、受け皿として機能しなくなっていった。


 かといって、そんな人達が更正して居なくなった訳ではない。姿を変え形を変え、今では様々な業種に潜むようにして存在しているらしい。商会というのも一つの形だろう。


「…そういえば、アウレリアにはそんな人達は見ませんでしたね。領都には近しい商会がありましたが…」


 いつぞやの酩酊草を扱った商会は、裏社会に半分浸かったような存在だった。


「何言ってんのー。目の前に居るじゃない。アウレリアの半数を牛耳る武力集団がー」


 勿論、あくどい事はしてないけどねーと続けながらエイヴェリーさんが笑って言い放つ。…街兵の及ばない範囲での治安維持団体として、流浪の剣軍はその機能を発揮しているということか…。…みかじめ料とか取ってないよね?


「…それで、補給物資ですけど他の商会から購入できないのですか?」


 俺らは大所帯ではあるが、何も万を越える軍勢という訳ではない。百数名の補給物資なら、街の規模から考えても入手できそうなものなのだが…。それこそ、この街を補給地点としたのも、市場への影響を考えてのことだろう。


「だめだねー。ウチのクランメンバーで軽く探ってみたけれどー、この話は最近の街のトレンドでねー、足元を見て同じように暴利を吹っかけてくるかー、コルレオ商会を恐れて取引してくれないんだよー」


「ちなみに…、契約破棄による違約金を鑑みても、コルレオ商会の売値は素直に買うには躊躇う金額です…」


 逆に言えば、ちょっと躊躇う程度の金額に治めているのか…。これは契約内容も漏れているのだろう。狩人ギルドに鼠が居るのか、契約破棄をした商会に紛れ込んでいるのか…。


「それで、どうするつもりです?他の街から特急で仕入れます?」


「んー、それだとー一週間セプティマーナをゆうに越えちゃうからねー。それまで此処で待機って言うのもねー」


 残念ながらハンググライダーは持ち込んでいない。それに補給物資を運ぶためには帰りは陸路になってしまうだろう。その期間、足止めされるのもエイヴェリーさんの言うとおり、問題だ。維持するだけでも費用は発生するのだ。


 ならばどうするのか。…エイヴェリーさんが俺に話を持って着た時点で半ば判明したようなものではあるが…。


「ふふーん。ハルト君。…街兵が消極的だなんてーちょうど良いじゃないかー。狩人もねー舐められたら終わりなんだよー」


 狩人としては模範的な人ではあるが、珍しくイリーガルなことをするつもりなのだろう。彼の手はとあるサインを描いている。狩人の間で通じる突撃を意味するハンドサインだ。


 …ギルド員のブロケイドさんは都合よく見ていない振りをし始め、木々の梢に留まっている小鳥さんに夢中になっている。


「いいんですか?ここはネルカトル領じゃないんですよ?…ことが露見したら事では?」


 エイヴェリーさんはこっちの領にもコネがあるのだろうか…?


「そのためのハルト君なんじゃないかー。姿を隠して挑むなら少数精鋭でしょー?それなら君は適任さー」


 所属不明の謎の人間が、コルレオ商会に殴りこみに行くということか…。古き良き押し込み強盗ハックアンドシュラッシュとしゃれ込むつもりだな。


「…わかりました。どの道決行は夜なんでしょう?それまで少し調べてきますよ」


「嫌そうな顔してるけどー、ハルト君も案外乗り気でしょー?ナナちゃんが案外ムキになりやすいって言ってたよー?」


 …ナナめ。そんなことを言っていたとは…。お前だって魔法の乱射魔トリガーハッピーのきらいがあるじゃねぇか。


「まぁ、それなりには。といっても俺はエイヴェリーさんと違って、直接小便を引っ掛けられた訳じゃないですからね。臭いで顔をしかめる程度ですよ」


 エイヴェリーさんの言う通り押し込み強盗するにしろ、こっそり忍び込むにしろ調査を始めなければ具体的な作戦も立てられない。


「野営準備の業務分担、ちゃんと減らしてくださいよ?」


 俺はそう言ってその場を後にした。


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