第94話 必殺の斧蹴り

◇必殺の斧蹴り◇


「オラァアッシャァア!!アックスキィイック!!」


 羊人族の男であるハマルの豪快な蹴りが、街道脇から馬車隊に襲い掛かってきた赤頭の子鬼レッドキャップに前蹴りを叩き込む。その蹴りの一撃で確実に仕留めた自信があるのだろうが、残心もせずにポージングをするのは頂けない。


 そのポージングと共に向けられた笑顔は俺たち…、厳密にはタルテに向けられている。渾身のドヤ顔である。…少し高く上がった顎には俺を挑発するような意志も感じ取れる。…お?やんのか?吐いた唾飲むんじゃねぇぞ…!?


「ハルト…。あの男は…、もしかして馬鹿正直なだけなんじゃ…?」


 挑発に乗って飛び出していかないように、ナナが俺の腕を押さえながらそう言った。


 ハマルのこういったアピールは遠征の随所にて行われてきた。今の赤頭の子鬼レッドキャップも本来であれば他のパーティーの守備範囲であったのだが、わざわざ出張って来て屠って見せたのだ。


 割り当てを無視した行いに女性陣の冷めた視線が向けられているが、それに気付きもせずにハマルは俺らのほうに向かって悠々と歩を進めて来ている。


「だうだった?俺の可憐な斧捌きはよぉ…。…それよりもなんだ。てめぇは働かねぇのかよ?」


 肩に戦斧を担いだハマルが、俺を侮るように言い放った。…俺が挑発に乗らないように、ナナが軽く俺を肘で小突いた。


「…働くも何も、俺のここでの役割は斥候です。防衛には参加しませんよ」


 今は休んでいるが、最も重要な進行方向の広域索敵を担っているのは俺だぞ?度々隊列を離れては先行して、強力な魔物などが居ないか確認しているのだ。


「かぁ~、情けねぇ。女に戦わせて男のてめぇは斥候のぞきかよ」


「そりゃ、強敵が出れば俺も参加しますが、雑魚相手には俺が出る必要もありません…」


 街道に出てくるような奴は、人の恐ろしさを知らない若い個体か、満足に餌を取れていない逸れ個体だ。もちろん、そのような個体であることは事前に把握している。


 …羊人族は男が前に出て戦う気風か。魔法の存在ゆえに男尊女卑の少ない世界であるが、その塩梅は種族ごとに異なっていたりもする。中には女尊男卑の種族なんてのも存在する。


 前世と比べて種族差が大きいためか、逆に異なる価値観には寛容だったりもする。皆、偏見が存在するのが当たり前だと開き直っているのだ。


「男は女が守れてナンボだ。そんなんじゃパーティー解散しちまうぞ?」


「同意しなくも無いですが、彼女達だって狩人なんです。…あまり見くびってやるなよ?」


 俺とハマルは互いに睨みあう様に視線を交わしたが、現在は移動とはいえ作戦行動中だ。ハマルは鼻で笑った後、元の待機位置に戻って行った。


「…タルテ。大丈夫か?奴はもう行ったぞ」


「はいぃ…。ありがとうございます。ハマルさんは悪い人ではないと思いますが…ちょっと苦手でして」


 意外にもタルテは平気そうだ。磔の儀式槍スケアクロウを前にしたときのように脅えてはいない。


「あの…本当に苦手なのは…パーティーメンバーの方でして…」


 タルテは申し訳無さそうにそう呟いた。その視線の先にはあの男が戻っていった場所を見据えている。


「…平地人の二人がタルフにピピリマ。獅子族の男がラサラスです。暢気なリーダーとは違い、他の方は鋭そうな方ですわね」


 俺の後ろに寄り添うようにして、メルルが耳元で囁くように説明をしてくれた。彼女が説明をしてくれたのはハマルのパーティーメンバーだ。ハマルは良く言えば親方気質のような印象があったが、他の三人は擦れた狩人の如く厳しい目付きをしている。


 …どうやらアットホームな職場ではないらしい。あいつ、あのキャラじゃパーティーメンバーの中で駄々滑りしていないだろうか。


「そら、どうやら獅子の牙ダンデライオンの他の奴らの腕前を見れそうだぞ」


 そう言って俺は獅子の牙ダンデライオンの持ち場の先を指差した。先ほどの赤頭の子鬼レッドキャップを追ってきたのか、はたまた僅かな血の匂いを感じて来たのか、繁みの奥から貪食なる濁蛇グラサーペラが姿を見せた。


 貪食なる濁蛇グラサーペラは隊を止める程の魔物ではないが、そこそこ強力な存在だ。厄介な毒などは無いが、その巨体のもつパワーは馬車を軽々と破壊してしまうだろう。近づかれる前に迅速に倒す必要があるだろう。…右手方向の斥候が見逃したな。


「ピピリマ…!」


「あいあい」


 短いやり取りの後、ピピリマと呼ばれた青年が即座に貪食なる濁蛇グラサーペラに向けて弓を射る。幾つかはその鱗によって弾かれるが、流されぬよう垂直に打ち込まれた矢が鱗を貫いて突き刺さる。


 仕留められる程の傷ではないが、その痛みに怯んで貪食なる濁蛇グラサーペラは接近を取りやめる。そして、その隙にハマル、タルフ、ラサラスの三人が距離を詰めている。


「タルフ…!止められるかぁ…!?」


 タルフと呼ばれた男は返事代わりにその大盾タワーシールドを地面に突き立て、暴れる貪食なる濁蛇グラサーペラの体当たりをその盾で受けた。受け流すのではなく、正面切手の衝突であったが、タルフは物の見事に攻撃を受けきり、一時的にでは有るが貪食なる濁蛇グラサーペラの身体を押さえつけ動きを封じて見せた。


「ラサラスさん!頼んまぁ…!」


「…いいぞ。そのままだ…」


 ハマルの戦斧が貪食なる濁蛇グラサーペラの顔を捉え、怯んだ隙にラサラスが大剣を首元に叩き込む。ボクシングのワンツーパンチのようなコンビネーションだ。牽制、足止め、二連続の攻撃で綺麗に仕留めて見せた。


 全員が銀級の狩人であるのも納得できる。華は無いが堅実な立ち回りだ。ある意味、機能美にも似た美しさがそこにはある。


「ハルト…彼ら、中々の立ち回りだね」


 ナナも感心しながらそう呟いた。狩人のような気風を纏っていた三人はともかく、羊人族の男も見事にリーダーを勤めていた。…どうやら口だけの男ではないらしい。


「まぁ…敵対している訳でもないですし、様子を見るしかないでしょう…。幸い、今はアピールが過剰なだけですし…」


「それもそうだな…。すまんがタルテは耐えてくれ…」


「はい…!がんばります…!」


 タルテは手を胸元辺りに掲げて意気込んで見せた。…そこはまぁ、気合を入れて頑張ってもらう程のことでは無いのだが…。


 …獅子の牙ダンデライオンの妙なアピールを除けば道中の道のりは順調に進んでいった。


 だが、忘れてはいけない。獅子の牙ダンデライオン以外にも、この調査団には俺らに厄介事を持ち込む、要注意人物が存在することを…。


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