第93話 羊の皮の下は狼か?

◇羊の皮の下は狼か?◇


「…以上が、幽都テレムナートへの遠征の概要になります。各自、準備の程をお願いいたします」


 流浪の剣軍の会議室にて、リンキーさんが説明を終えた。現在、この会議室には参加予定のパーティーのリーダーが集結している。大規模な遠征でも足並みを揃えるために打ち合わせをしているのだ。


 幾つかのパーティーから質問が上がるが、つつがなく会議は進行した。アウレリアは優秀な狩場が近くにあるため、ギルド主催の牙猪狩りなど大規模な仕事も多い。狩人ギルドも狩人も複数パーティー合同での仕事は慣れたものだ。


 会議の終了と共に各パーティーリーダーが席を外していく。目前に迫った出発日までに最後の準備に取り掛かるのだろう。


 俺も流れに乗って席から立ち上がるが、それと同時に背後から肩を叩かれる。周囲を風で軽く警戒していたため、誰が俺の肩を叩いたかは解かっているが、不思議そうな顔を装って背後を振り返る。


「アンちゃんが、投擲戦斧フランキスカと謡われる妖精の首飾りのリーダーかい?」


「…そうですが、あなたは…?」


 答えなくても解かる。会議に参加するに当たってこの男には注意を払っていた。頭の両サイドに生える黒い巻き角アモンかく獅子の牙ダンデライオンのリーダーである羊人族のハマルという男だ。


「俺はハマル。…アンちゃんとのこパーティーにタルテを入れたってのは本当か?」


「ええ…。彼女は妖精の首飾りに加入しましたよ…。何か問題でも?」


 彼女が羊人族だと思って惚れているのであれば、それはコイツの勘違いだ。…といっても、彼女の種族をばらすのは得策では無いだろう。それはそれで、面倒な事態になる可能性もある。


「あの子は俺らが先に目を付けていたんだがなぁ…。まさか他の奴に持っていかれるとは思わなかったぜ…」


「そうですか…?彼女の能力を考えれば、どこのパーティーからでも引く手数多でしょう?」


「いや…、そうゆうことじゃなくてだなぁ…」


 妙に歯切れが悪い。…まさか、人が誘っているのに俺らが加入させるのはマナーがなってないとでも言うつもりなのだろうか。本人にも確認を取ったが、タルテは加入をはっきりと明言して断っているそうだ。それこそ本来ならそれ以上誘うことがマナー違反だ。


「まぁいい。同じ斧使いのよしみだ、はっきり言っておこう。俺らのパーティーは彼女を諦めるつもりは無い。…せいぜいそれまでは大切にするんだな」


 そう言ってハマルは会議室を出て行った。残念ながら素直に諦めるという回答は得られなかったな…。というか、俺が斧使いと勘違いしている…。投擲戦斧フランキスカの二つ名は使用武器を示すものじゃないんだがな。


「どうやらー、タルテは人気者のようだねー」


 ハマルが出て行くのを見送ってから、会議室の奥に陣取っていたエイヴェリーさんが話しかけてくる。


「…エイヴェリーさん。手を貸すつもりはあるんですか?」


「それは向こうの出方しだいかなー。今は単に勧誘してるだけだしねー」


「そう言ってしまえばそうなのですが…。ただでさえ何が起こるかわからない依頼だって言うのに、気が重いですよ…」


「まぁー、変なことを仕掛けてくるつもりなら僕らも黙ってないよー。遠征中の旗振りは僕らの役目だしねー」


 そう言ってエイヴェリーさんは俺の肩を叩いた。…意外と面倒見の良いこの人のことだから、もしかしたら監視の人員なんかを付けてくれるかもしれない。もちろん、俺たちには内緒なのだろう。


「それじゃ、俺も失礼します。…タルテもそろそろ常宿に戻って来るころですので」


「うんうん。タルテのことを宜しくねー」


 俺はエイヴェリーさんに見送られながら、クランハウスを後にした。



「タルテはまだ修道院のお見舞いか?」


「うん。いつも通りお見舞いに。もうだいぶ良くなってきているって聞いてるよ」


 俺は常宿に戻って、ナナとメルルに会議のあらましを報告する。と言っても遠征の内容はタルテが帰ってきてからだ。ここで報告するのは会議後のタンポポ野郎との一幕だ。


「そこまで変な野郎だったとは思わないが…。まぁ、仲良く慣れそうな挨拶ではなかったな」


「タルテちゃんや私達に何かするつもりなのかな…?諦めないって言ってたんでしょう?」


「そうだなぁ…。気をつけるに越したことは無いのだろうが…、そこまでするとも思えないんだよなぁ」


 奴はは彼女を諦めないと言っていた。となると、ハマルがタルテに惚れて執着している訳でも無いのかもしれない。彼女を狩人として必要としているのならば、強引に暗がりに連れ込んでチョメチョメする危険性は無いだろう。…それとも、パーティーに引き入れてから清く正しく仲を深めて行きたい純愛派なのだろうか…。


 かといって、俺らに何か仕掛けると言っても彼らにプラスに働くことは無いはずだ。よしんば、タルテ以外の妖精の首飾りのメンバーを遠征中の事故に見せかけて手に掛けたとしても、タルテがパーティーに加入してくれるわけではない。


 ハマルは粗雑な物言いだが、理性的ではあった。再び彼女をフリーにするために妖精の首飾りを手に掛けることは、リスクがリターンに見合ってないことが解かる程度には正気だと思われる。


「それに付け加える情報ではありますが、それとなく探ってみた結果、タルテが加入パーティーに困っていた原因がわかりましたわ」


 メルルはテーブルの上に淹れたての紅茶を並べながらそう口火を切った。


「話は至って簡単なものですけど、どうやら獅子の牙ダンデライオンが他のパーティーに脅しを掛けていたそうです」


 タルテは銅級の狩人だ。そのタルテを勧誘するのは同じかその前後の等級だろう。獅子の牙ダンデライオンはメンバー全員がタルテの一つ上の銀級と聞いている。彼らが脅しを掛ければ、トラブルを嫌って大抵のパーティーは勧誘を辞めるだろう。


「気に食わないね…。タルテちゃんが可愛そうじゃないか…!」


 ナナは相当ご立腹のようで、そう言いながら当り散らすかのようにメルルの入れてくれた紅茶を一息に飲み込んだ。


 ソーサーにカップが置かれる音とと重なるようにして、部屋の扉が開かれる。


「遅くなりました…!葡萄の果実水を貰ってきましたから、皆で飲みましょう…!」


 そう言いながら部屋に入ってきたタルテは、テーブルの上に山羊皮水筒サハトを置いた。注ぎ口は閉じられてはいるものの、僅かな隙間から漏れ出した葡萄の香りが、俺らの鼻腔をくすぐった。


 先ほどの話に庇護欲がそそられたのか、ナナとメルルがタルテを撫で始める。タルテは果実水のお土産が喜ばれたのかと思ったのだろう。嬉しそうにしながら、されるがままになっている。


 …まずは、幽都テレムナートへの遠征に万全に備えるか。それこそ、気が疎かになれば足元が掬われかねない。


「さて、全員揃ったことだし、会議の内容を伝えようか」


 そう言って俺は紅茶を飲み干し、果実水様のグラスをテーブルの上に並べた。


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