第92話 もつ鍋こそ至高

◇もつ鍋こそ至高◇


「えぇぇ…。その、そういうの別々にしてもらったりできないんですか…」


「残念ながら、付き纏っていたというのも法や規約に抵触するものではないので…。それに今は人手不足という状況も重なっておりますし…」


 リンキーさんはそう申し訳無さそうに呟いて、タルテを撫でる会に参加し始めた。タルテさんはナナとメルル、リンキーさんに三方向から撫で繰り回されている。俺も参加して優しさの四面楚歌にするべきだろうか。


 リンキーさんが態々俺らに伝えに来たのも彼女がタルテを心配してくれているからだ。狩人ギルドは狩人の能力を加味して仕事を割り振るが、流石に個人の人間関係までは考えてくれない。特に、今回のような大規模な作戦行動ならばなおさらだ。


「リンキーさん。タルテに付き纏っている人の情報をもらえないかしら…?」


 メルルがそう言って後ろからタルテの耳を手で塞ぎながらリンキーさんに尋ねた。唐突に耳を塞がれたタルテは不思議な顔をして女性陣を見上げている。


「タルテさんに付き纏っていたのは、四人組の獅子の牙ダンデライオンというパーティー…、特にリーダーのハマルという羊人族の男性が何度もタルテさんを勧誘しており、私も注意をしたことがあります」


 ダンデライオン…。今世では別にタンポポを指す言葉ではないのだが…、前世ではタンポポを指す名前だ。…雑草のくせして獅子の牙を示す名前とかかっこよすぎるだろ。


 ハマルという男はタルテに惚れているのだろうか…。多種族が存在するこの世界でも、基本的に人々は同種の異性に引かれる傾向がある。


 だからこそ、人魚姫伝説のように異種族で愛を紡ぐ御伽噺は今世でも存在する。種族を超えた愛は珍しいからこそ尊いのだ。…我が両親の凸凹コンビも、一部では詠われているらしい。ジャイアントとハーフリングの夫婦なんて、恋に夢見る淑女達には垂涎の的なのだ。


「…わかりました。そのパーティーには注意することにします」


「ええ。…彼らも、タルテさんにしつこく勧誘しているというだけで、素行の悪いパーティーと言うわけではありません。…ですが、注意するにこしたことはありませんので…」


 そう言って軽くお辞儀をすると、リンキーさんは狩人ギルドの会館の中へ戻っていった。


 …そのパーティーがタルテの力量を求めているのか、異性として引き込もうとしているのかは解からない。しかし、愛に狂った妖精や、愛の為にになり掛けた女性オカンの話を知っているからこそ、恋だの愛だのが引き起こす事件の恐ろしさは知っているつもりだ。


 …彼女のためにも、そのパーティーの動向には注意しておこう。


 俺はそう決意すると同時に、リンキーさんが退いた位置に立ち、ナナとメルルと一緒にタルテを撫で始めた。



「ふぇ…!保存食も自分たちで作っているんですか…!?」


「干し野菜くらいだけどね。流石にマスの燻製キッパー加工肉シャルキュトリーなんかは専門店で買ってるよ。まぁ、加工肉シャルキュトリーは手作りしたこともあるけど」


 修練場を出た俺たちは、気晴らしを兼ねて遠征のためのショッピングと洒落込んでいた。リンキーさんも仄めかしていたが、遠征のメンバーは現在調整中だ。喫緊にて対処しなければいけない問題は磔の儀式槍スケアクロウの影響の調査だ。幽都テレムナートへの原因調査は、言ってしまえば二の次なのだ。


 それこそ計画を聞く限りでは、幽都テレムナートへの遠征は磔の儀式槍スケアクロウの通過した道のりをたどる事で、その間の異変を調査する目的もあるようだ。


 そのため、意外と豊富な準備期間が用意されている。その時間を利用して他の依頼を受けるのも手だが、俺らは保存食の準備に回すことにしたのだ。


 …丁度、ストックしていた非常食が減ってきたこともあるし、毎日修道院にお見舞いをしに行っているタルテのためにも野営が必要な依頼は受けにくいのだ。


「だけど、光魔法の使えるタルテちゃんと闇魔法の使えるメルルがいるのだから、その辺の保存食も作れるんじゃないかな」


 ナナが頬に指を当てながら俺にそう提案した。干し野菜はナナの熱と俺の減圧と送風による急速乾燥で作製する代物だ。そこに、闇魔法による滅菌に光魔法による醗酵があれば、保存食のレパートリーも増やせるだろう。


「そうだな。試しに作ってみるのも良いかもな…。確か、道中の食料はギルド持ちだよな」


「ええ。その予定と聞いておりますわ。ですから、保存食もそこまで多量に用意する必要はありませんわね」


 大半が流浪の剣軍のメンバーとはいえ、大規模な人数での作戦行動では狩人ギルドが物資を用意することが多い。そのため今回俺らが用意する保存食も、道中の食料ではなく個別行動中やトラブルがあった際の非常食が目的だ。


「…だけど、ハルト。恐らくだけど料理の手配は、狩人ギルドから流浪の剣軍に依頼されるはずだよ…。利鞘で儲けるような人達じゃないけど…、その…。」


 狩人ギルドが食料を手配すると言っても、実際にはその手配自体が遠征部隊の大半である流浪の剣軍に話が行くはずだ。


 …ナナが心配しているのは流浪の剣軍の料理のことだろう。かのクランが得意としているのは旅人鍋ラタトゥイユだ。これ自体はメジャーな料理であり、旅人が道中にて保存食をごった煮にして食していたことが発端だ。様々な味付けのバリエーションがあり、街中でも独自の旅人鍋ラタトゥイユを出す店も存在する。


 唯一の定義としては保存食を使っていることぐらいだろうか…。いくら優れた狩人でも、道中の獲物など当てにしないし、時には火が起せない状況も存在するため、生食可能な保存食を必ず持ち歩く。そんな保存食を美味しく食べる知恵が旅人鍋ラタトゥイユだ。調理時間もまともに取れない野営ではただ煮るだけの料理でも立派なご馳走だ。


「私…、エイヴェリー叔父さんのとこの旅人鍋ラタトゥイユ好きなんですけど…。えへへ…たまにそれ目当てでご一緒したりします」


「タルテ…。そうだな。意外と美味しいんだよ。おっさんが作り出したとは思えない味だ。だけどな…」


 流浪の剣軍の旅人鍋ラタトゥイユは不味いわけではない。問題はそれしか出さないのだ。一日三食旅人鍋ラタトゥイユ。次の日も翌々日も旅人鍋ラタトゥイユ


 せめて朝食や昼食は変えて欲しい。お相撲さんでも夕飯にはちゃんこ鍋以外を食べることがあるんだぞ…!


「私は…三食旅人鍋ラタトゥイユはちょっと…ね?」


「そうですか…?あの味なら毎日いけますよ…!」


「ハルト様。…ジャムやビスコートなども買っておきましょう…。甘味があれば堪えられますわ」


 鍋三昧の日々に備え、俺らはちょっと贅沢な保存食を買いに行くのであった。


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