第91話 カーブは投げるな。速球で攻めろ

◇カーブは投げるな。速球で攻めろ◇


「おお、ハルトの言っていた通りガラガラだね。これなら多少暴れても大丈夫かな」


 狩人ギルドの隣に併設された修練場だが、本日の使用者は少なく閑散としている。狩人ギルドが広域調査のために、半ば強制的に依頼を振り分けているからだろう。


 …狩人や傭兵は自由に時間を使える気ままな職業と思われがちだが、ギルドに所属しているとその限りではない。他の職業と比べ自由では有るものの、ギルドから依頼の解決を強制されることも多い。狩人ギルドや傭兵ギルドは単なる依頼斡旋組織ではなく、政府と協調して武力をコントロールする権力の大きな組織なのだ。


「それじゃ、まずは…タルテの魔法を見せてもらおうか。準備は良いかな?」


 俺は魔法の標的となる土嚢の前にタルテを促がす。


「はい…!見ててください…!」


 タルテさんは始めて会った時と変わらない修道服に身を包んでいる。しかし、他の修道女とは異なるのは腰に携えられたガントレット。鈍い山吹色の篭手ガントレット。分厚い樹皮のような金属が鱗状に重なった無骨なそれは、宛ら龍の腕の様だ。…どこぞの聖闘士の聖衣クロスと似たような色合いだが、光沢が無い分だいぶ目に優しい。


 彼女はそのガントレットに手を通し、眼前の土嚢に向かって拳を構える。彼女の拳よりも一回りも二回りも大きい篭手ガントレットが軋むように脈動する。稼動部ならともかく、全体が生きているように動くそれは尋常の物とは言いがたい。


「…タルテのそれは…、あのときも見ましたけれど、普通のガントレットでは無いようですね」


 メルルも俺と同じことを思っていたらしく、タルテに向かって呟いた。


「これはですね…、私の一部で作られた鎧と言いますか…。完成されぬ人形ゴーレムの一種なのですが…、生きた鎧リビングメイルと言ったほうが近いかもしれません…」


 そう言ってタルテは構えを解いて恥ずかしそうに篭手ガントレットを後ろ手に隠す。…今の話のどこに恥ずかしがる要素があるのかは解からないが、余り見詰められたくないのかもしれない…。もしかしたら自分の一部と言うのが恥ずかしいのだろうか…。


「そっ…それじゃ…!魔法いきますね!まずは基本の岩石弾ストーンボールです!」


 篭手ガントレットへの注目を逸らすように、タルテは魔法を行使する。彼女の足元の土が圧縮され、彼女の傍らに浮かび上がる。


 何気なく行っているが、土の圧縮から成型までが驚くほどスムーズだ。それだけで彼女の土魔法の力量が窺える。岩石弾ストーンボールは圧縮した土や岩石を打ち出すだけの単純な魔法であるが、それゆえに彼女の錬度が窺える。


 そして、彼女は前方の土嚢を見詰め…浮遊する土塊を手で握りこんだ。


 左足の膝を胸元近くにまで上げ、踏み出すと共に撓らせた腕を一気に振りぬく。その手元から放たれた土塊は、螺旋回転を伴うジャイロボールながらその球速ゆえにストレートのような軌道を描いてミット代わりの土嚢へと飛んでいく。


 高硬度の土塊が土嚢に着弾し、僅かに地面を揺らすほどの鈍い轟音が響く。もし、あの剛速球が生物に向けられていたら、ランディ・ジョンソンの剛速球を受けた鳩のように、容易く命を刈り取られただろう。


「…なるほど。これが土魔法なんだね。想像と少し違ったよ…」


 傍らでナナが勘違いしている。投球を魔法とは言わない。ストレートであるため魔球とも言わない。


「あー、タルテ。なぜ投げたんだ?」


「えと…もちろん普通に飛ばすこともできますよ…!ただ、私の場合…投げた方が早く飛びますので…」


 確かにあの球速はかなりのものだ。それこそエイヴェリーさんの剣の射出よりも早いかもしれない。回転も理想的なジャイロ回転だ。質量のある土塊は野球ボールのようにマグナス効果を期待できないため、無回転か螺旋回転が有用だ。


 因みに、ドリルのイメージが有るからだろうか、螺旋回転によって貫通力が上がると思われがちだが、螺旋回転と貫通力は全てと言うわけではないが殆ど関係が無い。銃弾が螺旋回転しているのはジャイロ効果によって弾道を安定させるためだ。


「そういえば…豊穣の一族と言うことは、龍種の如き膂力があるんだったな…」


 俺はそう呟きながら、パーティーメンバーを見渡す。…ナナは俺のように直系ではないものの、巨人族の血が強く出ていて平地人としては力が強く、生命極限活性化オーバーリジェネーションを用いればその膂力は俺を上回り、限りなく巨人族に近いものとなる。


 メルルは吸血鬼であるため、自身の体を流れる血を操り、擬似的に肉体強化を行えるため俺と競るほどの膂力がある。…そして龍の膂力を秘めるタルテとハーフジャイアントのこの俺。


 …前世のイメージに引っ張られて、俺には魔法使いにはインテリジェンスが高いイメージがある。実際にはどちらかというと感覚センスに左右される…あえて例えるなら音楽家に近い存在なのだが…、それでも腕力自慢が四人も揃うとコレジャナイ感が醸し出されてしまう。


(もしかして…俺の筋力低すぎ…!?)


 魔法込みで考えれば俺が一番腕力が低い可能性がある。豪腕ロジャー直伝の筋トレを今こそ解禁すべきだろうか…。


「タルテちゃんはいつもはどんな感じで戦っているの?」


 筋力について思い悩んでいる俺に代わってナナがタルテに質問をする。


「パーティーに入ったときは、光魔法使いとして参加することが多いですから、後方待機が多いですけど…戦うときはで戦うことが多いです」


 タルテはガントレットを胸元で握り閉めながらそう答えた。そして、トテトテと小走りで土嚢の前にまで走り寄った。


「それじゃ…!行きますね…!」


 虚空を掴み取るかのごとくガントレットを握りこみ、眼前にて腕で十字を作る。それをほどくと、右手を腰だめにして土嚢に向けて構える。


「あ…あの構えはっ…」


「ハルト様…?知っているのですか?…どんな必殺技でしょう…?」


「ただの…中段突きなんじゃ…?あの構えではそれしか出せないでしょ…」


 引き絞った強弓の如き構えが解き放たれ、その拳が強かに土嚢を打ち据える。先ほどの岩石弾ストーンボール以上に地を揺らし、地震が来たのではと錯覚するほどだ。


 確かにナナの言う通り単なる中段突きなのだろうが、その一言で済ますには少々言葉が足りない。体重の少なさという同じ悩みをもつ俺だからこそ、その魔法の行使に気付けたのかもしれない。土嚢を殴る瞬間、彼女は足元に陸上競技のスターティングブロックの様な突起を作り出していた。


 その工夫により、彼女は体重以上の衝撃を産み出していた。地味ながら、完全に身体の動きに連動させた魔法の行使は感嘆に値する代物だ。


 事実、その拳が産み出した衝撃に、ナナとメルルは言葉を失っている。


「凄いな…。タルテは前線で戦うタイプってことかな」


「えへへ。…多少の怪我なら光魔法で治せるので、前に立つことが多いですね…!」


 …可愛げな雰囲気とは裏腹に、彼女も光魔法使いにありがちなゾンビ戦法信者ノーガードストライカーということか。


 単なる岩石弾ストーンボールや中段突きでこの衝撃だ。多少の魔法を見せてもらうつもりではいたが、彼女の錬度を考慮すれば、これ以上の魔法の行使は控えるべきなのかもしれない。


 俺のそんな考えが当たったのか、狩人ギルドの建物から一人の女性が姿を現した。相変わらず憔悴しているギルド員のリンキーさんだ。


「妖精の首飾りの皆様…衝撃がギルドの会館まで届いておりますよ…」


 彼女は俺らのような年少組みには比較的対応が柔らかいが、今は疲れのせいかヤンチャをしたせいか冷淡な眼差しをこちらに向けている。


「す、すいません。ちょっとはしゃぎすぎました」


 俺は即座にリンキーさんに謝る。…単に土嚢を殴っただけと言っても信じてくれるだろうか…。


「…少々、よろしいでしょうか。別に小言を言いに来たわけではありませんので…。…大方、先ほどの衝撃は彼女が土嚢を殴りつけたのでしょう」


 そう言いながら、リンキーさんは俺らに歩み寄る。どうやら、先ほどの発言は本命と言うわけではないようだ。…というか言うまでも無くタルテが土嚢を殴ったと理解しているのか。


「あぁ…。皆様はご存知ないでしょうが…。タルテさんは、二つ名と言うほどではありませんが…一部では双拳ダブルインパクトなどと評されておりますので…」


 俺の内心の疑問に、リンキーさんが答えてくれた。…俺らと同じ銅級と聞いていたが、タルテはそこまで評価が高かったのか。…そうなるとむしろ、パーティーメンバーが見つからなかったのが疑問でもある。エイヴェリーさんが俺らのパーティーに入れるように裏で絵でも描いたのだろうか…。


「それで、なにか例の件スケアクロウかんれんで問題も有りましたか…?」


「いえ…、無関係と言うわけではないのですが…。彼女の加入に関してです」


 リンキーさんはそう言って目線をタルテに向けた。その視線には哀れみ…というより心配するような心情が見て取れる。


「例の幽都テレムナートに向けた遠征ですが…、そのメンバーにタルテさんに付き纏っていたパーティーが入りそうなのです」


 …妖精による痴情の縺れを解決したら、今度は別の痴情の縺れということか…。リンキーさんの言葉を聞いて、タルテは脅えるように肩を竦めている。ナナとメルルはタルテを守るように両脇から寄り添い、安心させるようにその頭を撫で始めた。


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