第90話 週末のハーレム

◇週末のハーレム◇


「ほーん。そんじゃ、教会の騒ぎはその妖精の仕業だったわけねぇ」


 ブラッドさんが工房の一角で検品をしながらそう呟いた。今回はナナの修理した鎧を受け取るために、四人で工房にお邪魔している。…今思い起こせば、本当に大層な事件であった。最初はナナの鎧の修理が終わるまでの、繋ぎの依頼と考えていたのだが…。


 俺がブラッドさんとおしゃべりをしている内に、修理箇所の確認が終わったのだろう。奥の部屋からミシェルさんと、鎧を着たナナが姿を現した。


「皆、お待たせ。どうかな?随分綺麗に直ったと思うんだけど」


「おぉ、凄いな。新品みたいじゃないか…?」


 鎧の脇腹の部分が大きく裂けていたはずだが、破損箇所の修復は勿論、全体的に綺麗に磨かれていた。


「当たり前じゃないか。ウチの工房を何だと思ってるんだい?」


 ミシェルさんがカウンターの下に整備油などを片付けながら、こちらを見遣る。


「ミシェルさん…!妖精の首飾りを紹介してくれて、ありがとうございました…!」


「そんな気にしなくても良いんだよ。タルテちゃん。…もしかしてわざわざお礼を言いに来たのかい?」


「えへへ。…それも有るんですけど…私も妖精の首飾りに入れてもらいまして…」


 タルテは嬉しそうにミシェルさんにそう打ち明ける。…幽都テレムナートへ遠征をすることが決まると同時に、タルテの方から妖精の首飾りのメンバーに入れて欲しいと頼み込まれたのだ。聞けば、治療院と狩人の二束のわらじを履いていた関係で、固定のパーティーを組んでいないらしい。


 もともと、光魔法の修練を目的として一年を目処に治療院に在籍していたのだが、いざ狩人に絞ろうとしたところで、なかなか加入パーティーが見つからず困っていたらしい…。


 それを聞いた時、俺の中でボッチの頃の記憶がリフレインしていた。多少異なるものの、まさしく俺がボッチとなってしまった状況と同じであるからだ。


「へぇ…!良かったじゃないか…!」


「ふふ。こちらとしても、タルテちゃんが入ってくれて嬉しいよ」


「光魔法の使い手など、むしろこちらから加入をお願いするべきですからね」


 ナナとメルルもタルテを妖精の首飾りに入れることにかなり好意的だった。それこそ、二人ともタルテを妹のように可愛がっている。…少しはナナが嫌がるかなと思ったが杞憂であったな。


 …戦闘職である狩人にとって光魔法使いは喉から手が出る人材だ。タルテがパーティーが見つからないと言ったのも、信頼できるパーティーが見つからないと言うだけで、加入を認めるパーティーは沢山あったはずだろう。


 因みにタルテが加入するにあたって呼び方を修正させられた。一歳とはいえ年上なのだから呼び捨てにして欲しいと頼まれたのだ。


「ハルト君…やるじゃない。男一人に女の子三人って。このスケコマシ…!」


「茶化さないでくださいよ…。他の男共から殺意の篭った視線にしょっちゅう晒されるんですよ?」


 俺は呆れるような表情をミシェルさんに向ける。ナナと二人きり程度であれば羨望の眼差しで済んだが、女性三人ともなれば針の寧ろだろう。


「そこはほら、男気を見せるところでしょ?ちゃんと他の男共からタルテちゃんを守ってあげてね」


 ミシェルさんにとっては大切な妹分なのだろう。茶化すような口ぶりだが、その言葉には多少の本音が混じっている。


「ハルトさんは愛を語る人ギャン・カナッハ相手でも守ってくれたんですよ…!体を張って庇ってくれて…。えへへ、かっこよかったです」


 タルテさんはそう言って俺の背中にその巻き角を擦り付ける。…彼女のこの謎の習性は、俺だけじゃなくナナやメルルもやられている。一応、親愛の証か何かだろうと三人の間で共通の見解が成されているものの、何を意味するかは謎のままである。…角研ぎに丁度良いオブジェクト扱いされているわけじゃないよな?


 マッサージ棒の如くコリを解す丁度良い塩梅だが、体が頑丈な俺ならともかく、ナナやメルルにとっては少々痛いそうだ。かといって無碍にできず、こっそりと生命極限活性化オーバーリジェネーションや血魔法による強化を使っているらしい。


「ナナちゃん。…ライバルが増えているみたいだけど大丈夫?私はタルテちゃんに良いパーティが見つかって嬉しいけど…」


「ふふ、大丈夫だよ。むしろ最近は…」


 ミシェルさんとナナが小声で話し合う。見ればナナが照れながらも意味ありげにこちらを見つめており、俺との視線が重なる。…最近はナナに愛想を尽かされないように俺の方からそれとなく好意を示している。そしてそこにメルルが乱入してくるのがお決まりのパターンだ。


「…ところで、ブラッドさん。妖精やアンデッドに有効な呪剣とか置いてあります?」


 ナナと見詰め合っていることが恥ずかしくなってブラッドさんに話を振る。と言ってもその話題もちゃんとここに来た目的の一つだ。


「ああ?呪剣だと?そんなもんがこんな工房にあるわけねぇだろ」


「さっきも言ったけど、ハルト君はウチの工房を何だと思ってるんだい?」


 ブラッドさんとミシェルさんが口を揃えて呆れたように否定する。恐らくは無いだろうと思って聞いたが案の定であった。呪剣の類は特定の生産者がいるわけではないので、流通しないのだ。一番多いパターンが俺の魔剣の卵マチェットのような剣が呪剣に至るパターンだろう。


「なに?この前話してたみたいにアンデッド対策に銀装備を用意しようって話?」


「ええ。愛を語る人ギャン・カナッハに俺が切れる手札が無くて苦戦しまして」


 俺は悩むような素振りをしながら言葉を放つ。愛を語る人ギャン・カナッハを相手にしたとき、俺は有効な手段が無かった。エイヴェリーさんが持っていたスクラントンの受戒剣のようなものがあればもっと楽に戦えただろう。


「しかし…アンデッドは解かるが、妖精に銀装備は微妙だぞ?」


 ブラッドさんが額を指で叩きながら呟く。魔力を纏いやすい銀装備は唯の武器よりはマシだろうが、それこそ俺のマチェットもそれは変わらない。だからこそ呪剣を所望したのだ。


「…装備を整えるのも良いんだがな、お前らのパーティーは魔法使いが揃ってるんだから、もう少しパーティーでの動きを考えてみたらどうだ?」


 確かに妖精の首飾りは魔法使いが四人という破格のパーティーだ。ネルカトル領は魔法種族が多い土地であるものの、それでも四人全員というのは珍しい。


 それこそ、男一人に女三人のパーティーより珍しいだろう。女性は女性のいるパーティーに加入する傾向にあるため、ハーレムパーティーはそこそこ存在する。


「ハルト様。でしたらこの後、修練場で少し試してみましょう。私に考えがあります」


 そう言ってメルルが俺の袖を掴む。今日は新規加入したタルテの戦闘スタイルを確認するため、修練場に行く予定だ。多数のパーティーが磔の儀式槍スケアクロウの影響の調査に借り出されているため、現在は修練場が空いており、そこそこの魔法を行使しても許されるだろう。


「そうだな…。少しパーティーでの動きを今一度確認してみようか。…それじゃぁブラッドさん、ミシェルさん。ここらで失礼します」


「おう。…呪剣なんぞに頼るのは最終手段だぞ?そいつが嫉妬するからな」


 そう言ってブラッドさんは俺の腰に携えられたマチェットを指差した。からかうような素振りだが、あながち冗談ではないのだろう。彼の娘ミシェルさんが作り出した剣は、ブラッドさんにとっては孫のようなものだ。


 俺は腰に携えたマチェットを撫でながら、工房の扉を開き狩人ギルドへと脚を進めた。


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