第89話 幽霊ハントに出かけよう

◇幽霊ハントに出かけよう◇


「…なんか動いているんですけど」


 磔の儀礼槍スケアクロウは俺らの眼前でカタカタと笑うように顎を動かしている。その動きに反応するように、封印らしき光の帯が明滅を繰り返している。


「封印しただけで、完全に機能を止められたわけじゃないからねー」


「エイヴェリー殿。これが、幽都テレムナートにあったと言うのは本当ですか…?」


「興味深いですね…。封印されているのに只ならぬ気配を感じますわ」


 ナナが、顔色を悪くしながらも気丈に振舞いながら、エイヴェリーさんに質問をする。対照的にメルルは澄ました顔で磔の儀礼槍スケアクロウを観察している。…タルテさんは先ほどから俺の後ろに引っ付いて隠れている。…あの戦いで庇うようにして守ってから妙に懐かれてしまった。


「これは、そんな数の多い呪物じゃないからねー。マザーサンドラに確認を取ったけど間違いないみたいだよー」


 エイヴェリーさん曰く、磔の儀礼槍スケアクロウの製造方法は各国で禁忌とされており、知っている人間も少ないとのことだ。更に言えば、魔道具と違い特級の呪物は作ろうと思って作れるのもではない。時と場所、そして人の身では留め置けぬほどの虚妄の執念が必要とされる。


 …その条件がそろったのが、ガナム帝国によるテレムナートへの進攻だ。他種族を排他する帝国兵にとっては、多種族国家カーデイルの都市であるテレムナートを攻めるに当たって、捕虜や非戦闘民と言った概念は無い。


 数多の死体が築かれ、地面を血潮で濡らし、怨嗟の声を轟かす。それこそ、帝国兵は防衛陣に傷を負わせた赤子を投げ込んだり、手に穴を開け、数珠繋ぎにした住民を肉壁にしたりと慈悲無き所業を繰り返したらしい。


「僕も聞いた話だけどねー、帝国兵を滅ぼすためにー当時の街長が作り出した…というか、になったらしいよー」


 そう言ってエイヴェリーさんは磔の儀礼槍スケアクロウを目で示す。


 …この呪物が、住民と帝国兵の積みあがった死体をアンデッドに変え、地獄を更なる地獄へと変貌させたのか…。狂気の沙汰にも思えるが、この呪物が帝国の進攻を抑えたのも事実だろう。


 現に幽都テレムナートはガナム帝国の進攻を防ぎ、現在では俺たちの住む国に組み込まれている。…といってもアンデッドだらけの街を統治などはできず、現在では誰の手も入っていない秘境となっているらしいが…。


「一応、幽都テレムナートには調査団が派遣されたことがあってねー、その一員がマザーサンドラだよー」


「てことは、その時に磔の儀礼槍スケアクロウが確認されたってことですか?」


 今となっては昔話の一つだが、当時は、一夜にして都市がアンデッドで溢れたとなると調査しない訳にはいかなかったのだろう。…その調査が何年前かは知らないが、最近ではないはずだ。それに参加したマザーサンドラの年齢は一体…。


「そーそー。それで運び出すのも危険だからってことでー放置されていたらしいよー。アンデッドに囲まれていたおかげで安定していたしねー」


 大半のアンデッドは長くは持たない。…あまり疑問には思っていなかったが、幽都テレムナートが何時までも幽都であるのは、この呪物のせいだったのだろう。


「それで、これからどう動くつもりですか?…呪物は一応封印できているみたいですが…」


 俺は磔の儀礼槍スケアクロウから目を離し、エイヴェリーさんに向き直る。物が物だけに、これからの話は狩人ギルドや領府を巻き込んだものになるだろう。


「んじゃー、詳しく説明するために場所を移そうかー。長く見ていて楽しいものじゃないしねー」


 エイヴェリーさんはそう言って部屋を後にする。俺らもそれに続き、部屋は再び厳重に施錠されることとなった。


 磔の儀礼槍スケアクロウはさようならとでも言うように、再び顎を打ち鳴らしていた。



 俺らは何度か踏み入れたことのある会議室の扉を開く。中には既に先客がおり、机の上に書類を広げている。狩人ギルドの職員であるリンキーさんだ。…いつも澄ました顔のリンキーさんであるが、氷の視線を放つ瞳の下には隈ができている。そつなく仕事をこなしている彼女が憔悴しているのも珍しい。


「…リンキーさん。お疲れ様です。…本当に。…何かすいません」


 彼女が憔悴しているのは、恐らく磔の儀礼槍スケアクロウとアンデッド騒動のせいだろう。俺らが悪いわけでは無いのだが、なんとなく申し訳ない気持ちになってしまう。


「…いえ。これが私の仕事ですから。…わざわざこの件をアウレリアに持ち込んだエイヴェリー様には思う所は有りますが…」


 リンキーさんは視線だけをこちらに向けて呟いた。その視線はいつも以上に冷え込んでいる。


「えー?だってあれの封印ができるのはー、この領ではマザーサンドラくらいでしょー?それにーあんな代物を領都に持ち込んだら僕が打ち首になっちゃうよー」


 エイヴェリーさんはそう言いながら、椅子に腰掛ける。俺らもそれに続くようにして椅子に座った。


「…というかリンキー殿は何故此処で作業を?」


「狩人ギルドは妖精の首飾りの持ち込んだアンデッド騒動…。まぁ、今となっては磔の儀礼槍スケアクロウの余波と判明しておりますが、そのための大規模調査の手配で手一杯ですからね」


 調査の件でごった返しているから、磔の儀礼槍スケアクロウについては、流浪の剣軍のクランハウスを調査本部としてるわけか…。


 リンキーさんの憔悴具合が気になったのか、タルテさんは彼女の隣に座り、活性の光魔法をかけている。


「それでー、狩人ギルドはー僕らに何を要求するー?」


 エイヴェリーさんがリンキーさんに尋ねる。その声色には楽しむような気配が感じられる。…この人は厄介事を楽しむ性分だ。ある意味、そこも見習うべきところなのだろう。男の子は何時だって好奇心の奴隷で有るべきなのかもしれない。


磔の儀礼槍スケアクロウの処理は領府の返答待ちです。…問題は何故、野盗の類が磔の儀礼槍スケアクロウを持っていたかということ…」


 リンキーさんは机の上に置かれた野盗の供述書や行動範囲を示した簡易地図などを指し示した。…野盗の証言を信じるのであれば、磔の儀礼槍スケアクロウは峠道を通過した商人から奪ったものらしい。しかし、商会ギルドに照会しても該当する商人は確認することができていない…と。


「まぁ、真っ当な商人であれば、あんな呪物を運搬する分けないか…」


 世の中には呪物を蒐集するコレクターなども存在する。そんな輩が求めたのか、あるいは物が物だけに、テロ目的で入手しようとした可能性もある。どちらにせよ、入手するには所謂、裏取引が必要になる。それであれば商会ギルドに問い合わせても情報は出てこないだろう。


 俺はチラリとメルルに視線を向ける。しかし、メルルは首を横に振るうことで俺の疑問に答えた。彼女の家は国家のために情報収集を担う家だ。何かしらの情報を持っているかと思ったが、どうやらメルルにも初耳の案件のようだ。


「…まだ確定の話ではありませんが、今回の案件にて狩人ギルドが担う箇所はほぼ決まっております。…国境近くゆえに軍が展開できない箇所の調査です」


 そう言ってリンキーさんは先ほどの地図に指を伸ばす。その指の先には、幽都テレムナートと書かれていた。


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