第87話 厄介事シード権

◇厄介事シード権◇


「ほら。ハルトさん早く脱いでください…!」


 タルテさんが、丁寧に…それでいて強引に俺の服を脱がしていく。修道院の室内に備え付けられた蝋燭の明かりが、俺の肉体を舐めるように照らす。


 下着だけの姿となった俺に、タルテさんが寄り添うようにして俺の体に手を伸ばす。…ゆっくりと、彼女の指が、俺の胸板をなぞりながら下へと移っていく。


「ちょっと…タルテさん…そこは…」


「ほら…こんなに腫れてますよ…。私に任せて下さい…。すぐに楽にしますから…」


 タルテさんは俺の腫れ上がった箇所に手を沿え、優しく撫で上げた。その刺激に俺の体はビクリと反応してしまう。


「じっとしていて下さい…!ちゃんと治療しなくては…!」


 タルテさんが俺の腹に手を当てて光魔法を行使する。柔らかな光が灯り、心地よい温もりが俺の体を満たしていく。


「…他は大丈夫ですかね…。あれだけ呪詛を受けたのです…。もっと細かく調べましょう…」


 …対面の座席では、メルルが顔を覆い隠すように手で隠しているが、指の間からは確りと両の眼が俺の体を見つめている。


 一方、ナナは俺の裸など慣れたもの…のはずなのだが、見ていない素振りをしながらも、チラチラと盗み見るように見つめてくる。男子中学生かな?


「…二人とも、俺を見てないで休んできたらどうだ?」


 もう夜も更けてきているため、今夜はマザーサンドラの好意により、俺らは修道院に泊まれる手はずになっている。二人は幸いにして怪我をしていないため、俺のように治療を必要とはしないはずだ。


「お二人はハルトさんの心配をされてるんですよ?そんなふうに言っちゃダメですよ」


「そうだよ、ハルト。…タルテさん、ハルトの体は大丈夫そう…?」


 タルテさんが俺を嗜め、ナナが心配そうに尋ねながら俺の治療の風景を眺める。


「はぃ…。怪我は擦り傷や打ち身程度、…呪詛にいたっては跡形も無いです…。丈夫なお体ですね」


 そう言ってタルテさんは残った傷に薬を塗りこんでいく。光魔法で全てを治すことも可能だが、即座の治療が必要ない小さな傷は、薬などを使って自然治癒に任せたほうが体に負担が少ないと言われている。


 ナナもメルルもタルテさんから薬や包帯を受け取り、治療を手伝い始める。流石に女性三人に囲まれて塗り薬の為とはいえ体を弄られるのは恥ずかしい。


 俺は顔が赤くなっていることがばれない様、三人から顔を逸らした。


「あら、ハルト様。…随分お楽しみのようですね」


 …逸らした顔の先には、いつの間にかマザーサンドラが控えていた。丁度、部屋の中に入ってきたらしい。


「お三方、この度は依頼を受けて頂き有難うございました。…こちらがお約束の報酬になります」


 そう言ってマザーサンドラは報酬の入った布袋をティーテーブルの上に置いた。中に入った硬貨がジャラリと音を立てる。


「…いいんですか…?正直言って自分たちは殆ど力に慣れていませんでしたが…」


 まんまとシスターイルナを危険に晒し、愛を語る人ギャン・カナッハを討伐したのもエイヴェリーさんとマザーサンドラだ。もちろん全く役に立たなかったことは無いだろうが、満額を受け取るとなると気が引ける。


「契約の内容は調査協力ですからね。討伐は求めておりません。…なによりあなた方で無ければシスターイルナの命は無かったでしょう。彼女の命の値段としては安いぐらいです」


 そう言われてしまうと俺も固辞しずらい…。見ればナナもメルルも微妙な顔をしている。…この様子なら、報酬は恐らく献金皿に突っ込むことになるだろう。


「…それと妖精の首飾りの三人と…、シスタータルテ。あなた方に、エイヴェリーから協力要請があるとのことです。明日にでもクランハウスに訪ねてきてほしいと言っておりました」


 …マザーサンドラから不穏な情報がもたらされる。あの人から持たされる案件は基本的にヘヴィなものが多い。かといって今回のことと言いお世話になっている人だ。無視するわけにもいかないな…。


「協力要請ですか…。厄介事じゃないといいのですが…」


「…残念ながら、私が奴のクランハウスに呼び出された案件の続きでしょう。…厄介事ですよ」


 俺のぼやきにマザーサンドラは哀れむような顔で答えた。とうとうエイヴェリーさんの口から語られる前に厄介事と確定してしまった。


「シスタータルテ。あなたは叔父であるエイヴェリーの力になりたいでしょうが…今回の件は危険が伴います。断っても構わないのですからね。あなたも私の大事な子なのですから…」


 マザーサンドラはタルテさんの頭を撫でながら、諭すようにゆっくりと呟いた。釣り目で尖った印象のマザーサンドラであるが、その表情は慈しみに溢れ、さながら聖母のようだ。


「そして、妖精の首飾りの皆様。もし、シスタータルテがエイヴェリーの協力をするとなった時、どうかシスタータルテのことを気に掛けて上げて下さい…」


 俺の両手を取り、マザーサンドラは丁寧に頼み込む。愛を語る人ギャン・カナッハを撃滅せしめたときの迫力を思い出し少々怖気づいてしまうが、真摯にタルテさんのことを思う愛情が伝わってくる。


 …タルテさんのことはエイヴェリーさんも気に掛けてくれるように俺に頼んでいた。沢山の人から愛されている人なのだな…。


「えぇ…。もちろん。タルテさんは俺らも…現在進行形でお世話になっていますから」


 この間も、マザーサンドラに心配されて恥ずかしいのを誤魔化すように、タルテさんはせっせと俺に包帯を巻いてくれている。


「有難うございます。それでは、私は失礼しますね…。皆様も、お早めにお休みになって下さい」


 そう言ってマザーサンドラは部屋を後にした。扉の向こう、彼女の歩く靴音が次第に遠のいていく。


「…どうする。厄介事だってよ?」


 俺は呆れるような素振りを取りながら三人に尋ねる。


「そんなこと言って、ハルトはもう行くつもりなんでしょ?」


「まぁ…今回もお世話になったしな」


「ハルト様が、エイヴェリー様のことを厄介事プレゼンターと言ってたのがわかる気がします…」


 ナナはもうやる気を見せ、メルルも口上と反して何かを期待しているような気配を醸し出している。


「その…皆さん、よろしくお願いしますね…」


 タルテさんはそう言って俺らに微笑んだ。


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