第84話 恋する者はみな兵士だ

◇恋する者はみな兵士だ◇


「まさか妖精の首飾りが、妖精を相手にする事になるとはな」


 俺らがチーム名としてあやかった装飾品に宿る妖精の話のように、妖精と言う存在には良い存在も悪い存在もいる。というより、妖精自体が人間の決めた善悪とは離れたところに存在していると言ってもよいだろう。


 こちらに向かって呪詛を飛ばして来ているから勘違いしそうにもなるが、愛を語る人ギャン・カナッハにも悪意というものは感じない。奴にとってはそれが当たり前の行いなのだろう。


 俺は火魔法が打ち込まれた先を見据えるが、一瞬霧が晴れたものの、すぐさま霧がその地点に流れ込み他と同じ景色に戻ってしまう。


「酷いなぁ…なんてことをするんだい?」


 今度は右手から愛を語る人ギャン・カナッハの声が響き、呪詛の塊がタルテさんを狙って放たれる。俺は再びタルテさんを庇い立ち呪詛の盾となる。


「ごめんなさい…ハルトさん…」


 呪詛をその身に受ける俺に向かって、タルテさんが心配しながら謝る。俺はちらりとシスターイルナの様子を確認するが、相変わらず死人のように眠りについている。


「俺のことは心配しなくていい。…それよりもシスターイルナは大丈夫そうか?」


「それが…僅かに回復はしているのですが…、生気がどこかに漏れ出しているみたいです…」


 漏れ出している…十中八九、愛を語る人ギャン・カナッハの衰弱の呪いだろう。…もしかしてタルテさんの回復の力が、奴を強化している…?そうであれば余り時間をかけるわけには行かないな…。


「ハルト様。…奴の位置は特定できないのでしょうか?」


 メルルが俺に質問を投げかける。


「それが、この霧は単なる霧じゃないようだ。あの霧は完全に奴の支配化に置かれている…」


 風に感覚を乗せて周囲を知覚しようとしても、霧によって阻害される。霧を吹き飛ばすどころか、中の様子を探ることも出来ない。


「ハルトの風が展開できないとは…。ここは正に奴の領域といった訳か…」


 ナナが火魔法を放ちながら呟いた。その言葉を聞いて、俺は過去の経験を思い出した。


「領域か…。そうだな…まさしくその通りだな。ナナ。一帯を火魔法で吹き飛ばそう」


「…!?いいのかな?霧が出ているとはいえ、流石に山火事になるよ?」


 俺が魔法を発現したとき、フェアリーサークルを通って、木の精霊ドライアドの婆様の元を訪れた。あの領域は現実のどこかにある領域ではない。完全に分断されてはいないものの、位相のずれた別世界のようなものらしい。


 精霊や妖精はそのような特殊な空間を作り出す。伝説ではあるが、妖精の園という妖精だけの楽園が存在するとも言われている。…外から中の様子が見えたことから、完全に隔絶した空間では無いだろうが、この霧の空間も現実とは可能性がある。


 タルテさんは回復、俺とメルルは防御に精一杯だ。現状を打開するにはナナの火魔法に頼るしかない。山火事の危険性はあるが、ここが異空間であることに掛けてみよう。…最悪、ここならば山火事になっても、沢が近いからメルルに水を操ってもらって消火してもらおう。


「構わない。ナナ。やってくれ」


 俺の指示を聞いて、ナナは頷き波刃剣フランベルジュを構える。そして深い集中と共に魔法を構築していく。


「荼毘に付しても歩みを止めぬ、泥土の道を厭わぬ者よ…」


 波刃剣フランベルジュを振り払うと、その剣先を辿るようにナナの前方に炎の壁が吹き上がる。


「正義の為に剣を持ち、凶漢共には制裁を。しかして我ら、聖者の列に加わらん」


 炎の壁の中から、炎でかたどられた戦士たちが現れる。揺らめく炎の姿のおかげで、さながら幽鬼のような佇まいだ。…前方一列に並んだ幽鬼の戦士たちが、今、ナナの号令を待っている。


火霊の軍団ワイルドハント……突撃チャージ!!!」


 戦旗を掲げ、炎のうねる音を号令ラッパビューグルの変わりとし、炎の戦士達が一斉に駆け出す。炎の体故に重量は無いはずなのだが、その迫力は俺に地響きに似た足音を幻聴させるには充分である。


 横一列に並んだ炎の戦士が、今度は前方に炎の線を描いていく。霧の領域を炎が浸食し、辺り一帯を燃やしつくす。


「流石だナナ…!このまま押し切るぞ…!」


「ふふん。これぐらいであれば簡単だよ。見てくれ!火事を心配しなければこんなもんさ!」


 ナナの火魔法で切り開いた領域に俺の風を流し込む。このまま奴の領域を押し切れば、この霧の空間も破綻するはずだ。


「あぁあぁああああ!酷い!非道いよ…!!何でこんなことが出来るのさ!」


 炎に侵された領域の向こうの霧の中から、少々古臭い格好…プールポアンのような服を着た貴公子が現れた。霧の中に潜んでいたと言うより…むしろ霧が集まって奴の姿を作り出したような登場だ。


「なんだ。随分お怒りじゃないか?その咥えた煙管パイプに火を付けてあげたただけじゃないか?…ちょっと過激すぎたかな?」


 俺はケラケラと笑いながら愛を語る人ギャン・カナッハに相対する。わざと挑発して敵対心ヘイトを稼ぐ。自由気ままで妖精のような種族と評されるのがハーフリングだ。在る意味これはミラーマッチ。観客が居ればかなりのおひねりが期待できるだろう。


「…貴方に神のご加護をゴッド・ブレス・ユー。ハルトさん、…怪我、しないで下さいね」


「タルテさん。ありがとう。…後ろで待っててくれ」


 タルテさんが治療を中断して俺の背中に手を当てる。彼女が俺に施したのは光の加護の魔法だ。ほんの気休め程度に肉体能力が上昇する効果しかないが、妖精が相手であれば、俺の攻撃に僅かながらでも光の属性を帯びるのが大きい。


 奴が再び霧の中に隠れないように、一気に距離を詰める。


「君…?女の子…じゃない…よね?僕は男の子には興味が無いんだ」


「おいおい。残念ながらハルティちゃんは会員限定公開なんだよ!」


 愛を語る人ギャン・カナッハは呪詛を込めた煙を俺に吹き付けるが、俺はそれを体で受けながらもマチェットで斬り付ける。…奴の体からは血が出ない。傷口からは血の変わりに霧が溢れ出ている。


 奴は身体を解くように霧に変え、周囲の霧に溶け込もうとするが、俺は圧縮した空気を叩きつけ、それを妨害する。


「僕を追ってくるのは女の子だけで充分なんだけど…」


「つれないこと言うなよ。そら、女の子からの声援も飛んで来てるぞ」


 俺らのほうに向けて、無作為に火の玉が飛んでくる。いくつかは、それこそ俺に当たる軌道を描いているが問題ない。風で軌道をまげて、愛を語る人ギャン・カナッハに火の玉を飛ばす。


 ナナの相変わらずのノーコン…ではなく、愛を語る人ギャン・カナッハを直接見ないように、音だけを頼りにして魔法を飛ばしているのだろう。


「なんだよ…!信じられない…!変な匂いが付いたらどうするんだ…!?」


 奴はヒステリックな声を上げる。体が火に包まれて、ダメージを受けているいるようではあるが、痛みなどは感じていないようだ。


 …痛みも熱さも感じずに愛を語るか。


「これだからイケメンは…。…爆発させないと」


 再びのナナからの火魔法が直接的火砲支援ダイレクトカノンサポートの如く、愛を語る人ギャン・カナッハに着弾した。


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