第83話 ボクだけのもの
◇ボクだけのもの◇
「ハルト。見えた…!あそこだ…!」
街門から出て直ぐに、お目当ての現場を見つけることが出来た。以前、俺がテスト飛行に用いた街道脇の野原を越えた先、山肌近くの沢の辺りにて閃光が瞬いている。恐らくはタルテさんの光魔法であろう。
「急ごう…。ナナ、何かあったら目をつぶれ。俺が魔法だけじゃなくナナも誘導する」
「ああ。ハルト。頼んだよ」
魔眼の対策として、直視しない、或いは鏡面越しに見つめるといった方法がある。どこまで効果があるかわからないが、
前方では相変わらず、光魔法の明かりが瞬いている。つまりは、
馬の背に乗り風を切って野原を進むが、辺りに不自然に霧が立ち込め始める。メルルの魔法かとも思ったが、どうにも嫌な気配のする霧だ。単なる霧とは異なり、空気と地面、光と闇、物質と非物質、物事の境界が犯されているような気分になる。
霧の中に突入して幾分も経っていないというのに背後は既に白い天幕が掛かっている。それでいて前方は妙に見通しが良く、空からも変わらず月明かりが差し込んでいる。
「…ハルト。この霧は
「恐らくはそうだろう。外から内は見通せるのに、内から外は見通せない。まさに霧の結界だな」
もうタルテさんの魔法らしき光は目前だ。地面から薄っすらとした光の柱が立ち上り、一帯を覆っている。俺は連絡を取ろうとその光を目印に風を伸ばすが、何故か俺の魔法が阻害されてしまう。何とか伸ばした風にて三人…恐らくはメルルとタルテさん、そしてシスターイルナがいることは確認できたが、声を送ることまでは出来ない。
「ナナ…!広範囲に風を展開しようとすると阻害される…!恐らくは霧のせいだ…!」
「しょうがない…!このまま飛び込もう…!」
速度を緩めることなく馬を走らせ、光の下に駆けつける。良く見れば光の領域を覆うように闇のカーテンのようなものが展開されている。その中にはメルルとタルテさんの姿、そして二人の足元にはシスターイルナが倒れ伏している。
俺とナナは馬から飛び降り、三人の近くに着地する。
「皆、無事か…!?」
「ハルト様!?…私とタルテさんは平気ですが、シスターイルナが…!?」
メルルの言葉を聞いて、地面に伏しているシスターイルナに目を向ければ、呼吸が浅く、さながら死体のように眠っている。生気の無い顔色は直ぐにでも活性の魔法をかける必要があると俺らに訴えかけている。
「…周りの霧に
その言葉に答えるかのように、霧の中から紫がかった黒い風の塊が飛来する。しかしその黒い風の塊は、光の領域に進入すると燃え尽きるかのように消え去っていく。恐らくは呪詛。それがタルテさんの魔法により消え去ったのだろう。
「フフフ…。また誰か増えたのかな?でも無駄なんじゃないかな?」
霧と宵闇の中から、笛の音のような透き通った声が響いてくる。間違いなく
「…月が力を与えるのは何も
俺らを覆っていた闇の魔法をメルルが再度発動する。暗緑色のオーロラのような暗き光が、霧に潜む
「なるほど。
「ええ…。一応、完全に
メルルが俺らに忠告を入れる。…タルテさんは顔を伏せているが、その目線の先にはシスターイルナが横たわっている。彼女を回復させたいのに、手が離せないため気が気ではないのだろう。
…メルルの魔法もタルテさんの魔法も移動しながらも扱えるものではない。そもそも、俺らを逃がさないようにするためか、周囲は
「…タルテさん。シスターイルナを回復してくれ。このままじゃ死んでしまう」
「ふぇ…!?でも、そうしたら光の結界が維持できません…!」
「あの黒い風の塊をどうにか出来るなら光の結界は要らないだろ?そっちは俺が何とかする。メルルはそのまま魔法の維持。ナナは奴に向かって牽制をしてくれ。無理はするなよ?今は鎧が無いんだからな」
俺はマチェットを抜いて敵の攻撃に備える。正直、ジリ貧の状況ではあるが、シスターイルナを回復させてしまえばこちらが攻勢に移れる。
「…それでは、ハルトさん…!お願いします!」
タルテさんが光の結界の魔法の維持を止め、飛び付くようにシスターイルナの治療に移る。地から湧き出るかのような光の柱が消え去り、辺りを照らすのははメルルの魔法の暗き光と月明かりのみになる。そのため、一層と暗くなるがそれを打ち消すようにナナが火魔法を放つ。
「…!?ハルト!来るぞ!」
ナナの火魔法とすれ違うかのように、霧の奥から黒い風の塊、呪詛が放たれる。その向かう先にはシスターイルナを治療するタルテさんの姿がある。まさしく、彼女の治療を妨害するかのような攻撃だ。
「ちっ…!男には興味ないってか…!?」
試しに風を呪詛に向かって放ってみるが、やはり非物質的な攻撃のためか一向に軌道を逸らすことはできない。…俺の魔法では防げないことは予期していたため、俺はそのままタルテさんを庇うように立ちはだかり、呪詛をその身に受ける。
「うぐっ…!地味に痛ぇなこれ…!!」
呪詛は俺の体に染込むように侵食し、酸で焼くような痛みと共に肌に黒い痕を付ける。しかし、巨人族の血がすぐさま呪詛を弾き、黒い痕も消え去っていく。おそらく、巨人族の特長が俺よりも顕著に出ている妹のマジェアであれば、痛みも無く呪詛を無効化することが出来るだろう。
「ハルトさん!?大丈夫ですか!?」
俺に庇われたタルテさんが驚愕半分、心配半分といった具合で声を上げる。俺が呪いに耐性を持っていることを知っているナナとメルルは流石に声を上げはしないが、それでも心配そうにこちらを見つめている。
「大丈夫。問題ない。…俺が守るから安心して治療しててくれ」
守るといっても、完全なる肉盾なので余り格好がつかないのが悲しいところである。
やはり、シスターイルナの回復を妨害したいようで、ひっきりなしに霧の向こうから呪詛が飛んでくる。呪詛の放たれた方向に向かってナナが火魔法を放つが、その魔法が
「っつぅう…!おいおい、俺を真っ黒なギャル男にするつもりかよ…!」
立て続けに呪詛が俺に着弾する。…タルトさんが小柄で助かった。俺でもなんとか全面をカバーすることが出来る。
「なんで邪魔をするのかなぁ…そこまでして僕とその子を引き裂きたいの?」
霧の向こうから
「残念ながら彼女が乗り気じゃないんでね。お引取り願おうか」
「そんなことないよ。僕が愛しているんだからね。それが全てさ。愛があれば全てが許される」
会話が可能であるところが、その知性を証明しているが、残念ながら
「その身勝手なところは妖精らしいな。残念ながら世界はそれを愛とは呼ばないんだよ」
俺はナナの火魔法を風で操り、声のする方へと叩き込んだ。
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