第82話 今、会いに行きます

◇今、会いに行きます◇


「…相性悪過ぎない?」


 俺はここに集っている面々を見渡す。愛を語る人ギャン・カナッハ…というより妖精自体が、非物質的な存在であるため、物理的な攻撃の通りが悪い。妖精に効果的なのは光の魔法と闇の魔法、そして愛を語る人ギャン・カナッハには火や煙を苦手とするとの話もあるが…。それを扱える面子は魅了チャームを警戒しなければならない女性だ。一方、男である俺とエイヴェリーさんは魔法使いながら物理攻撃を主体としている。妖精相手では決定打に欠ける。


「…タルテさん。男の修道士とかレンタルできない?」


 礼拝堂を挟んで反対側には男の修道院が存在すると聞いている。そこに行けば光魔法を使える男がいるはずだ。


「ごめんなさい…。男性の修道士の方は…戦えるような人がいなくて…」


 …そもそも修道士は戦う職業ではない。女性の場合は玉の輿狙いで女性狩人や傭兵などが身を置くこともあるが、男性となれば玉の輿の機会も少ないため、そのような人員も集まらない。


 王都などであれば、教会騎士団なるものもあるらしいが…。アウレリアが狩人のメッカなのも大きいだろう。自身の武を信仰に捧げるような人員は鉄火場に身を置く。


「ハルト。どうする?今から領兵などに救援を呼ぶか?」


 街中での戦闘、かつ準厄災指定種となれば領兵の協力が得られるはずだ。問題は愛を語る人ギャン・カナッハという証拠が無いが…、エイヴェリーさんであれば発言に信憑性を持たせられるだろう。


「…僕は無闇に人を増やすのは反対だなー。関係者を増やせばその分愛を語る人ギャン・カナッハの動きが読めなくなるよー」


 俺が意見を述べる前に、エイヴェリーさんがナナの意見に反対をする。


 妖精はえにしを辿って行動する。えにしと表現すると聞きなれないが、今世は勿論、前世でも意外と馴染みの有る概念だ。


 たとえば怪談などでは、というものが有る。物理的に近しい者の元ではなく、どんなに離れていても縁の有る者の元に現れるのだ。丑の刻参りなどでも、藁人形には名前や体の一部を仕込む。それは呪いの相手と縁を繋ぐためでも有る。


 土地に縛られる妖精も存在するが、それは決して物理的に縛られている訳ではない。その土地に縁があるから縛られるのだ。


 妖精、さらには精霊も含め非物質的な存在は物理的な制約が少ない分、縁や概念と言ったものに縛れることになる。そのため、家には招かれないと入れない、言葉を交わさなければはっきりと視ることが適わない等といった、人間や魔獣には見られない特性も存在する。


「しょうがない…まずはこの面子で迎え撃つか…」


 光魔法や闇魔法が使える狩人に助力を要請するという手もあるが、魔法使いの狩人はそこまで多いわけではない。狩人ギルドを訪ねたところで、都合よくそんな狩人が見つかるとは思えない。


 五人で向かい合って、対策を話し合う。


 …そんな折に、待ったをかけるように応接室にノックの音が飛び込んだ。


「あの…、お話中すいません…」


 一人のシスターが応接室の扉を開く。…彼女とは初対面であるが、昼間に葡萄畑で作業しているのを見た記憶がある。恐らくは無事な修道士の一人であろう。その顔には何か焦りのようなものが確認できる。


「…?シスターテレジア。どうされました?」


 タルテさんが部屋を訪れたシスターに話しかける。


「その、シスターイルナが見当たらないのですが…こちらにも来ていないようですね」


 シスターテレジアが応接室の中を見渡しながら呟く。その言葉に俺は背中に氷柱を当てられたような気分になる。


「…すまん。宿舎のほうはマザーサンドラに注意されていたこともあって、風を伸ばしていなかったんだ」


 その言葉と共に俺は即座に風を広範囲に展開させる。しかし、残念ながら近場には隠れているような人影は確認できない。


「不味いな…。教会の敷地内にはいないようだぞ…」


 その言葉を合図とするかのように、ナナとメルルは装備に手を掛け、即座に外に出る準備を整える。


「これはー、もしかしなくても愛を語る人ギャン・カナッハに誘われたかなー?」


 エイヴェリーさんは相変わらずの暢気な語り口だが、どこと無くいつもより緊張感を感じる気がする。流石のエイヴェリーさんもこの状況には焦りを感じずにはいられないらしい。


「…エイヴェリーさん。申し訳ありませんが、ここの防衛をお願いできませんか?…無いとは思いますが陽動の可能性もあります」


「かまわないよー。…この際だからー物理的に修道院を閉鎖するねー」


 そう言って修道院の建物にエイヴェリーさんの魔力が駆け巡る。風で確認してみれば、窓などが窓枠の石材で開かぬよう固定されている。


「あのあの…!私も連れて行ってください…!」


 応接室を飛び出た俺らにタルテさんも続いてくる。その悲壮に満ちた顔からはシスターイルナを心配する感情が伝わってくる。


「助かる。捜索は人数が多いほうが有利だ」


 俺はタルテさんにそう声を掛け、修道院の扉を開き、外に飛び出した。



 夜の帳が降りた街の中で、俺は屋根から屋根へと飛び移り街の様子を確認する。さながら怪盗や暗殺者のような行動ではあるが、急を要する状況であるため背に腹は変えられない。


「…ここにも居ないか」


 索敵に適した風魔法ではあるが、目印も無しに個人を見つけ出すことは出来ない。長らく一緒に居た人間なら声色を覚えるように足音も覚えているが、流石に今日会ったばかりの、それもほとんど会話をしていない人の足音など覚えていない。


 幸い、日が暮れていることもあり、街を出歩く人影は昼間ほどは多くは無い。風で広範囲を調べ、近しい人影があれば目視にて確認をする。俺はそれを繰り返してひたすら街の中でシスターイルナを探している。


 そうやって人探しに勤しんでいたが、辺りの闇が仄かに薄まる。見れば街門の方角の空に天に向かって火の玉が上がっている。


 あれはナナからの進展アリの合図だ。俺は即座に火の玉の方角に向かって走りながら前方に向かって風を送り込む。


『…ナナか!?シスターイルナを見つけたのか!?』


 音寄せで前方からこちらに走り寄る騎馬を確認したため、もしやと思って確認してみれば馬に乗っているのはナナであった。俺はすぐさま、ナナに向かって声を送った。


『ハルト!乗って!門番が街の外に向かった修道士を見たって!』


 ナナはそう言って手綱を引いて馬の足を止める。俺は風を使って跳躍し、ナナの後ろに飛び乗った。


「ナナ。他の二人は?…あと馬どうしたの?」


「メルルとタルテさんは先に向かってる。馬は門番さんに借りたんだよ」


 俺とナナを乗せた馬は、今度は街門に向かって走り始める。俺はナナの腰に手を回し、体を固定する。


「…まさか、ナナとの約束の相乗りがこんな形で適うとはな」


「ふふふ。ハルト。しっかり掴まっててよね…!」


 そういってナナは馬の手綱を握り、加速させる。俺らは蹄の音を反響させながら夜の街を駆けて行った。


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