第81話 愛を語る人

◇愛を語る人◇


「ちなみに彼女の種族はマザーサンドラにも?」


 彼女の種族が事件に影響しているのであれば、恐らく、マザーサンドラもそのことを把握していないのだろう。知っていれば何かしらの助言を俺らにしているはずだ。


「はい…。エイヴェリー叔父さんがマザーサンドラには特に内緒にしておけって…」


「あぁ…。それもそうだな。光の女神の教会にとっては…豊穣の一族は使徒みたいなものだったな」


 もし、マザーサンドラに彼女の種族がばれようものなら、明日の朝の礼拝から、使徒様の有り難いお言葉のコーナーが追加されることになるだろう。


 それだけ豊穣の一族は力を持つ種族だ。例の男はマザーサンドラを見て逃げたと言っていたが、もしかしたらタルテさんの種族に気付いて恐れたのかもしれない…。


 …だが、俺らでもタルテさんの種族はエイヴェリーさんの説明があったからこそ気付くことができた。…例の男はタルテさんにも他の女性にしたように何かを仕掛けたのではないのだろうか。それがタルテさんには通用せず驚いて逃げた…。


 そして何より、エイヴェリーさんが言うにはその男は魔物の類。人間の男に化けられる存在はそう多くは無い。


 俺の思考は一つの存在にたどり着く。候補の一つとして考えたものの、被害の状況が異なったため除外してしまっていた。


「…タルテさん。一応確認しておくけど、被害者の女性に活性の魔法を掛けた?」


「え?ええ…はい。かけました。その…皆さん、食もかなり細くなっていましたので…毎日、朝に…」


 活性の魔法は人の治癒能力を向上させたり、体力を回復させる効果がある。…特にタルテさんの活性であれば破格の性能を有しているだろう。今回の件に関しては、タルテさんが活性をかけていたことが多きい。


「あー。ごめんねー。タルテちゃんはーちょっと世間知らずだからー」


 エイヴェリーさんがタルテさんを弁護する。…彼女が自身の能力を把握していれば、例の男が逃げたことにも心当たりがあったことだろう。


「その…私…、何かやっちゃいました…?」


 タルテさんが心許無そうに呟く。


「いや、むしろタルテさんのおかげでこの程度で済んでいるといっても良い。…だからこそ気付けないでいた」


「ハルト。何の仕業か解かったのかな?」


 ナナが俺に尋ねる。恐らくアイツの仕業で間違いないはずだ…。


「…エイヴェリーさん。俺ら、つい先日に準厄災指定種と相対したばかりなんですよね…」


「聞いてるよー。それはー災難だったねー」


 エイヴェリーさんはさも楽しそうに答える。…この人には俺を心配する心が無いな。


「恐らく、今回の事件の犯人は愛を語る人ギャン・カナッハ。準厄災指定種に登録されている性質の悪い妖精だ。…女性の前に現れ、その女性を恋煩いの状態にしては姿を消すという…」


「そんな妖精がいるの?まさに今回の件、そのままじゃないか。…なにか変なところがあったのかな?」


 ナナが不思議そうな顔をしながら俺に尋ねる。


 愛を語る人ギャン・カナッハはかなり珍しい妖精ではあるが、その独特な習性ゆえに依頼の話を聞く過程で一度は思い至った妖精である。しかし、大きな矛盾点があったため、犯人候補から除外してしまっていた。


「…死ぬんだよ。愛を語る人ギャン・カナッハに恋に落ちた女性はそのまま衰弱死する。彼女達が元気に叫んでいるものだから除外してしまっていた。…タルテさんが活性をかけなければ死んでいたって訳だな」


 そして、本来であればこんな大人数を手にかけることは無い。…恐らく、タルテさんが被害者を回復させて死なせなかったことが、奴の行動に変化をもたらしたのうだろう。


 …これは流石に皆には黙っておくべきだ。タルテさんが要らぬ責任を感じるかもしれない。


「なるほど。妖精の魅了チャームならば、この有様も納得できますわね。…そして、タルテさんにも魅了チャームも仕掛けましたが、豊穣の一族にはそれが通じず、驚愕して逃げ去ったと…」


 メルルが得心がいったように頷きながら呟く。


 人種の中でも魔法が巧みな魔法種族、それよりもさらに魔法が巧みなのが妖精だ。魔法種族は魔法と共に生きていると言われているが、妖精はその存在が魔法そのものだ。


 妖精の魔法ともなると、巨人の血をもつ俺や豊穣の一族のタルテさんで無ければ抵抗は出来ないだろう。


「…ハルトさん。その…妖精さんにかけられた魔法って解けないのですか?」


 タルテさんが俺に縋るように尋ねる。…確実なのは妖精を倒すことだ。現在、被害者の女性は妖精に半ば憑依された様な状態だ。物理的には離れていても、縁《えにし》が妖精と繋がっている。他にも闇魔法を用いて時間をかけて魔法効果を低減させるなどもあるが…。


「流石に俺もそこまで妖精に詳しくは無いが…、仕留めることができれば魔法は解ける…と思う。…魔法が解けてないってことは愛を語る人ギャン・カナッハはまだ近くにいるはずだ。むしろ、彼女達が楔となって愛を語る人ギャン・カナッハを捕らえているのかも知れない…」


「僕もそうだと思うよー。少女たちの恋心が愛を語る人ギャン・カナッハの寄り代だからねー。離れたくても離れられないだろうよー」


 俺の意見に賛同するようにエイヴェリーさんが言葉を放つ。


「となると、向こうから仕掛けてくる可能性もあるのかな…。ハルト。妖精とはどのくらい知恵が回るの?」


「…多分、人並みには知恵があるはずだ。ただ、倫理観というか、価値観というか…。そういったものが人間とは大きく異なるはず…」


 珍しい妖精だけあって、そこまで俺の知っている情報も多くは無い。前世の都市伝説のように退治できる呪文なんてのも存在しない。


「多分…、今夜だろうねー。世界に揺蕩たゆたう妖精はー環境に大きく影響されるはずー」


「そうか…今夜は…満月か…」


 月の魔力は属性の色を持たない。それゆえに魔に潜むものに力をもたらす。もし、愛を語る人ギャン・カナッハが隙を窺っているのであれば、自身の力が高まる好機を逃しはしないだろう。


 俺らはそろって窓の外を眺める。葡萄畑は夕日により赤く染まり、夜の訪れを告げていた。


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