第80話 女性に秘密はつきもの
◇女性に秘密はつきもの◇
「エイヴェリー殿!?なぜここに?」
俺は風で事前に把握できていたため驚きはしないが、他の三人はそうもいかなかったようだ。突如現れたこの街のビッグネームに驚愕している。…ナナの場合は、もうエイヴェリーさんにも慣れているだろうに…。
俺なんか、やっかい村のやっかいさんがやっかい背負ってやって来たと思っているぞ…。
「マザーサンドラをお借りしちゃったからねー。僕が代わりに来たってわけー。こっちでも厄介ごとらしいからねー」
…まさかエイヴェリーさんが依頼の協力をしてくれるとは。こんなんでもこの領のトップクランのリーダーだ。心強いことには変わりないが、この案件が厄介事と確定したような気分になる。それこそ、俺は今回の件を初めに聞いた時に、犯人候補としてエイヴェリーさんを思い浮かべた。この街で倫理規定に抵触するほどの二枚目といえばエイヴェリーさんだからな…。
…こっちでもと言うことは、流浪の剣軍でも厄介事が起きているのだろう。俺の予感は当たっていたようだ。
「あぁ。エイヴェリーさん。こっちは新たに妖精の首飾りに加入したメルルです」
「ご高名は、かねて存じ上げております。浮遊剣のエイヴェリー様。よろしくお願いいたしますわ」
メルルがカーテシーと共にエイヴェリーさんに挨拶をする。今は狩人の格好をしているが、メルルがやるとさまになるものだ。
「よろしくねー。知ってるようだけどー、僕はクラン流浪の剣軍のエイヴェリーさー」
「それで、こちらが今回の依頼人でもある、治療師の…」
ついでに俺は続けてタルテさんを紹介をしようとしたが、その前にエイヴェリーさんから待ったが掛かった。
「あーそっちは大丈夫ー。タルテちゃんは知ってるよー」
狩人は外傷の多い職業故に、治療師のお世話になることが多い。この街で治療師をしているのならば、エイヴェリーさんと面識があってもおかしくは無い。
「なるほど。骨折でも治療してもらいましたか。竜に折られたってのに打ち上げではお酒飲んで胴上げされてましたもんね」
俺は茶化すように竜狩りの時のエピソードを話す。あの打ち上げでは治療直後だと言うのに、エイヴェリーさんも随分羽目を外していた。
「あーあーあーあー。ハルトくーん。ダメダメー」
飄々としたエイヴェリーさんが珍しく焦って、俺の話を遮るように止めに入る。
「…竜に折られたって…竜狩りの時の話ですよね?お酒飲んだんですか?」
タルテさんが冷ややかな目でエイヴェリーさんを見つめる。場を盛り上げるための俺の必殺トークスキルであったが、どうやら触れてはいけない話題を斬りつけてしまったようだ。
「もう…!私あのとき言いましたよね…!暫くはお酒はダメだと…!」
タルテさんが頬を膨らませるようにして怒り出す。可愛らしい怒り方だが、大人しげな印象だったので新鮮に感じてしまう。
「あははは…。ごめんねー。でも、僕が飲んだんじゃなくてー、お酒が勝手に僕の口に入ってきたんだよー。たぶん」
葡萄酒に手足が生えて動き出したってか?…エイヴェリーさんは意外と狩人らしく酒飲みだ。ギルド内に酒場が併設されているだけあって、傭兵は勇気を酒場で仕入れて行く、狩人は平静を酒場で育てていると揶揄されている。
「あら、意外とエイヴェリー様はユニークな方ですのね」
小鳥が
「それでー、ハルト君のほうの厄介事はーどんな感じー?」
俺のほうの厄介事という表現にいささか異議を唱えたくはなるが、俺は現在置かれている状況をエイヴェリーさんに話す。
不可解な精神汚染のような恋煩い。不自然な程に姿をくらます謎の男。念のため、エイヴェリーさんのクランが不在の期間と犯行が重なっている点や、治療師を狙った可能性があることも述べた。
エイヴェリーさんは俺の話をニコニコとして聞きながらも、報告書に目を通していく。
「あーなるほどねー。これはちょっとー、危なかったねー。…危機一髪だよー」
何時に無くエイヴェリーさんが真面目な雰囲気を孕んだ声を出す。口ぶりから判断するに今回の件に何か心当たりがあるようだが…。
「…エイヴェリー殿。何か知っているのですか?」
ナナもエイヴェリーさんの発言から何かを感じ取ったのだろう。静かに呟くようにして尋ねた。
「僕だけが持っている情報があるからねー。知っていればー。んーハルト君なら気付いたかもねー。魔物博物学もってたよねー?」
魔物博物学は魔物の生態に関する学問だ。エイヴェリーさんが言っているのは、狩人ギルドが実施している魔物博物学に関する検定のことだろう。依頼によっては特殊な魔物に関する知識が要求されることもあるため、そのような検定が実施されている。俺は図鑑好きが高じて一応、その資格を有しているのだ。
「てことは、今回の件は人間ではないと言うことですか?」
魔物に類するものの犯行だとすると、魔道具を使った人間の仕業という推測は間違いだったわけか…。
「…ハルト君さー、半年前にアウレリアを去るときにー、僕がお願い事があるって言ったの覚えてるー?」
エイヴェリーさんが俺に向かって首を傾げながら訪ねる。…そういえば、ブラッドさんの工房にて別れの挨拶をしたときに、何かそんなことを言われた気がする。あの時は厄介事に巻き込まれると警戒していたな。
「あの時お願いしようとしたのはねー。タルテちゃんのことなんだー。彼女のことを気にかけて欲しくてねー」
そう言ってエイヴェリーさんはタルテさんのほうに手を向けた。
「えぇ…!?ってことはエイヴェリー叔父さんの言ってた竜狩りってハルトさん達ってことですか!?」
驚愕と共にタルテさんが言葉を放つが、その言葉に俺らも驚愕することになる。
「「叔父さん!?」」
タルテさんとエイヴェリーさんを見比べる。確かに小麦色の肌の色は似ているが、髪の色も違うし、何よりエイヴェリーさんにはタルテさんのような巻き角がない。
「あー僕はハルト君みたいな特殊なハーフだからねー。彼女とは別の種族の血が強く出てるんだー」
俺らの視線が頭に向かっているのに気付いたのだろう。エイヴェリーさんは拳を自身の頭に当てて角を象りながらそう言った。
「さっき言った情報ってのはー彼女の種族のことだよー」
「…?タルテさんは羊人族と聞いてましたけど…?」
「そういうことにしてるだけー。ちょっと面倒な種族でねー。まぁ何が何でも秘密ってほどじゃないんだけどねー」
俺は改まってタルテさんを見る。その角を除けば身体的特徴にそこまで種族を明確にするものは無い。小麦色の肌も金髪もそこまで珍しいものではない…。髪に混じった蔦と葉は珍しいが、それは木属性の魔法使いを示すものだ。
「…なるほど。そういうことですか。タルテさん…あなたは。…この情報は他言しないことを約束いたしましょう」
「知っているのか…!?メルル…!?」
何かに気付いたメルルに俺は驚くようにして尋ねる。
「ハルト様…。ご存知ありませんか…?緑の手の一族を」
「…まさか…豊穣の一族…!?」
豊穣の一族。それは巨人族と同じく、滅びから産まれたとされる最も古い一族の一つだ。それこそ、数多の一族の祖とも言われる存在だ。…エイヴェリーさんがタルテさんのことを気にかけて欲しいと言ったのも納得が出来る。豊穣の一族はそこに居るだけで周囲に治癒の力をばら撒き、さらには豊かな実りをもたらすと言われている。そのような存在は何かとトラブルになりやすいだろう。
「…てことは、その角は羊人族の角ではなく、竜種の角ということかな…」
ナナはそう言ってタルテさんの角を見つめる。たしかに良く見れば、その角には焼き入れをした金属のような虹色の光沢がある。
豊穣の一族の種族特性は竜人族に近いと言われている。しかし、原初の種族である豊穣の一族は、竜の恩恵から誕生した竜人族とはその発生が大きく異なる。それこそ豊穣の一族は人よりも竜種に近いらしい。竜人族が竜の特性をもつ人であるならば、豊穣の一族は人の特性をもつ竜と言っても良いだろう。
「はい…。タルテとしか名乗ってませんでしたが…、正しくはアスタルテ・ジヴァムートって言います」
タルテさんは改まって俺らに自己紹介をした。俺と同じ、古い種族ならではの仰々しい名前。…エイヴェリーさんは彼女の種族が今回の依頼に関係していると言っていた。俺は彼女の種族を念頭に置いて、今一度、依頼の情報を見返した。
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