第79話 胡散臭い奴がやってきた
◇胡散臭い奴がやってきた◇
「ああ、ハルトさん…!お疲れ様です…!」
手分けをして聞き込みを行った俺は、再び修道院に戻ってきていた。男の俺だけで修道院を訪れるのは多少気が引けたが、エントランスを入ってすぐにタルテさんが迎え入れてくれた。
直ぐ目の前の応接室には既にナナやメルルの姿も確認できる。どうやら、俺が最後だったらしい。
「ああ、二人とももう戻っていたのか。…その顔振りを見ると、収穫は微妙だったようだな」
俺はそう言いながら椅子に腰掛ける。メルルならともかく、ナナは顔に出やすい。収穫があったのならば直ぐにわかるだろう。
「ハルト様のほうはどうでしたか?似顔絵の男の目撃情報はあったでしょうか?」
メルルが俺に尋ねる。が、俺からはたいした情報を出すことが出来ない。
「薬草通りの店とやらは特定したよ。ついでに言えば、店の給仕の子が当時のことを覚えていた」
本来ならば客の一人など覚えてはいないのだろうが、窓の外を見るやいなや飛び出すように店を出たアマンナさんの姿は、その行動の異様さもあって記憶していたらしい。
「ただなぁ…給仕の子も、アマンナさんのことは覚えていたが、その男とやらは目撃していないらしい。…それどころか、周囲の露店なんかにも聴いて回ったが目撃は無し」
ほぼ年中無休で露店を開いているおっさんやおばさんにも確認を取ったが、アマンナさんのことは知っていても、そのアマンナさんが彼氏らしき男と歩いているところは見たことが無いらしい。もちろん似顔絵の男も見たことは無いそうだ。
「…ちょっと不自然なぐらいに目撃証言が無い。少なくとも修道院に来るためには住宅街を通らなければならないはずなんだがな…」
もちろん、住宅地の住人の一人でしたと言うオチも無い。まるで煙のような男だ。
「ハルトのほうも手掛かりは無しか…。まぁ、私のほうも似たようなものだけどね」
俺の報告を聞いて、ナナも続くように報告をし始める。
「傭兵ギルドのほうに訪ねてみたけど、該当する能力を持った輩は確認できなかったよ。…それと、見知らぬ男と言うことは、最近流れてきたのかと思って、そちらも当たってみたよ。
俺は住宅地の住人に聞いて回ったが、男の存在を知っている人は居なかった。もし、古くからアウレリアに住んでいる存在ならば、誰かしらが知っているはずだ。
「線の細い男で永住していないとなると商人かと思ってね、商業ギルドで聞き込みをしてみたんだ。…ただ、残念ながらそちらも有益な情報は無かったよ」
ナナは片手を軽く挙げて、ため息と共に調査の報告をした。そして、自分の報告は終わりだと目で語り、メルルへとバトンを繋ぐように手で催促した。
「私が調査いたしました闇の女神の教会ですが、例のアンデッドの件で平常通りとは言えませんでしたけど、今回の依頼に関係することは何もありませんでした」
闇の女神の教会には被害は出ていないのか。光の女神の教会のように対外には秘密にしている可能性もあるが、闇魔法使いであり、教会で修練を積んだメルルは半ば身内の存在である。そのメルルにまで完全に秘匿するとは思えない。
「続いて、他の住人に同様の症状が出ていないか教会や薬屋、街の噂などを調べてみましたが…、出て来たのはくだらない色恋の話ばかりでした。…どうやら最近、若い男性の間で人気なのは、中央通りのパン屋の売り子であるトルフォさんのようです」
なるほど。パン屋の売り子の女の子が可愛いと。…この依頼が片付いたら行ってみるか。
「となると、三人とも空振りってことか。街の住人も把握していないという情報が得られはしたが…、正直、手詰まりだな…」
三人で一日かけて調べたが、得られた有用な情報はパン屋さんの売り子が可愛いと言うことぐらいだ。…調べた中に、何か取っ掛かりになるような情報は無いだろうか…。
「…誰も知らない、見たことが無い。となると、犯人は計画性を持って身を隠して犯行に及んでいると言うことでしょうか…?」
「メルル。それは、単に女性目当てでは無く、何かしらの企みがあったということかな」
ナナとメルルが深刻そうに話し合う。…不自然なほどに目撃情報の無い男。そんな明らかに怪しい男がこの街の中に潜んでいるのだろうか…。
「そういえば、マザーサンドラは?中間報告って訳じゃないが…一応調査結果を相談しておきたい」
俺は傍らで話を聞いていたタルテさんに尋ねた。大して収穫があったわけではないが、メルルが言っていたとおり何かしらの計画があった可能性が増したことを伝えておきたい。
「それが、お昼過ぎに流浪の剣軍の方がいらっしゃって、マザーサンドラの光魔法の力をお借りしたいと…それで今はそちらのクランハウスに行ってます」
タルテさんが申し訳無さそうに、マザーサンドラの不在を俺らに伝える。
「…この依頼の内容とは別件か?まさか、遠征中に大怪我をした人が出たんかな」
エイヴェリーさんのクランである流浪の剣軍には知り合いのおっさんも多い。わざわざ高位の光魔法使いを呼び寄せるほどの怪我人がいるとなると、流石の俺でも心配せずには要られない。
「もしかして…それが目的かしら。遠征で怪我を負った者の治療を妨害するため?」
メルルが頬に手を当てながら、自身の推論を述べる。
「でも、それだったら少し違和感が無いかな?一ヶ月前から行動を開始していながら、治療師はタルテさんもマザーサンドラも残っているし…」
ナナの言う違和感も納得できる。例えば流浪の剣軍を遠征先で仕留めようとしたが、仕留めそこなったので急遽治療の妨害を行うのであれば解からなくもないが、最初の被害者は流浪の剣軍がアウレリアを出た辺りで発生している。転ばぬ先の杖だとしても、そんなことに人員を裂くくらいならもっと効果的な使い方があったはずだ。
「…そうだな。その辺は本人に聞いてみようか」
俺は席を立ち、応接室の扉を開ける。そして、修道院の入り口が三人から見えるよう、視線を遮らないですむ位置に立つ。
修道院にいる間は、索敵のために風を展開している。もちろん、マザーサンドラに怒られないように女性の部屋は避けている。
その展開した風にて捉えた、記憶にある足音。この胡散臭い足音は良く覚えている。
「みんなー。ひっさしぶりー」
間の抜けたような声と共に、流浪の剣軍のリーダーである浮遊剣のエイヴェリーさんが扉を開けて現れた。
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