第77話 犯人に告らせたい

◇犯人に告らせたい◇


「その…その日は…といいますか、その頃は私や他の狩人や傭兵の心得がある方々が、護衛として修道院を警護していました。…イルナさんもそんな護衛の一員だったんですけど…」


 タルテさんは酷く悲しそうな顔をしながら呟く。それは説明というより、懺悔のような語り口だ。


「私が…気を抜いてしまっていたのです。二人組みで行動するように言われていたのに…、イルナさんを置き去りにしてしまう形で修道院の中に入ってしまったのです。…イルナさんが居ないことに気付いて振り返ったときにはもう…」


「…そこに例の男が居たのかしら」


 メルルが先を促すように訪ねる。マザーサンドラは慰めるようにタルテさんの背中を摩っている。


「はい…長い金髪に金色の瞳の男…その男がイルナさんを支えるようにして修道院の門の前に佇んでいました」


「タルテがイルナの名を叫ぶ声を聞いて、私も窓からその男を確認いたしました。線の細い貴公子のような男を…」


 マザーサンドラがタルテに続いて説明をする。調査書には、その男の似顔絵が書かれている。


「それで…、タルテさんは無事だったのだよね?」


 ナナが心配そうに呟く。…まあ目の前に居るのだから問題はなかったと思うが。


「男はイルナさんと恋人のように会話していました。私がイルナさんの名前を叫ぶと、そこで漸く男は私のほうを見ました。…男はなんと言いますか、始めは不思議そうに眺めながら『君は誰だい?』と尋ねてきました。…私は怖かったのですが、イルナさんを離すように詰め寄りました。そして、今度は驚くような、脅えたような…そんな顔をした後にイルナさんを置いて逃げていきました」


「…逃げた。ですか…」


 俺はそう言いながらタルテさんを眺める。俺らの一つ下だけあって顔立ちは幼い。むしろ背も低いこともあって迫力は無いに等しい。大人びているのは胸部装甲だけだ。


「…逃げ出したのは、たぶんマザーサンドラを恐れてだと思います。丁度、三階から窓を突き破って降りてきたので…」


 俺が不思議に思ったのに感ずいたのだろう。タルテさんはその男が逃げ出した理由の述べた。…マザーサンドラが三階から窓を突き破って、文字通り降臨したのか。…やはりマザーではなく武力組織の女幹部なのでは?


「イルナを保護した後、私とタルテでその男を追ったのですが…。生憎、逃げられてしまいまして」


「となると、ここ数日に被害者が出ていないのは、…そのいざこざのおかげなのかな」


 ナナが報告書の被害発生の日時を指を差しながら確認する。


「正直…。想像以上に異常な話ですわね。手法も目的も不透明…」


「誰が…、どうやって…、なんのために…か」


 俺はメルルの言葉に触発されて、前世の推理小説の分類を口に出した。犯罪を犯したのかという謎に焦点を当てた推理小説はフーダニットと言われ、同様に犯罪を犯したかを調べるハウダニットや犯罪を犯したかを調べるホワイダニットという分類がある。…ただし、古典的な分類法なので、今では複合型やウェンダニットやウェアダニットなども増え、簡単には分類することが出来ない。


「誰がという点では、素性などに謎は残るけど…その男の人で確定かな?」


「ええ。協力者が居ないとは限りませんが、男の特長はそれまでの噂等と一致します」


 ナナの質問にマザーサンドラが淡々と答える。


「次はどうやってか。…初期ならともかく、警戒心が高まった女性を問答無用に落とすとなると…魅了チャーム。それも強力なものとなると魅了チャームの魔眼か…?」


 魔眼は魔法使いの憧れの的だ。眼球を触媒にすることで複雑な魔法の即時展開を可能とし、なにより視線を合わせることで、相手に直接魔法をかけることができるのだ。伝説レベルの代物になると、見た相手を石に変える石化の魔眼や、視線の先のものを発火させる灼眼などがあったと言われている。


「ハルト様。魅了チャームの魔眼であっても…ここまでのことを引き起こせますか?伝説として歌われる荒野の魔女の魅了チャームの魔眼であれば、相手をほぼ洗脳状態にしたと言いますが…それでも、暫くすれば洗脳は解けたと伝わっております」


「そうだよなぁ…一時的に恋煩い?の状態にするならまだしも、一ヶ月近くその状態にするには継続的に魔法をかける必要があるな」


「修道院内部は今でも警戒態勢です。…その状態で誰にも気付かれづに忍び寄るのは難しいかと」


 俺の言葉に合わせてマザーサンドラが答えてくれる。


「他に、遠隔で魔法をかけるとなると…呪術があるけど」


 ナナが考えるように呟く。呪術には呪物などを媒体として魔法を発動する技法がある。魔法の発動者は、有る意味呪物となるため、呪物を身に付けさえさせれば遠距離からレジストされることなく相手に直接魔法をかけることが出来る。たとえば衰弱の呪いを込めたアクセサリーを送り、相手に遠距離から呪いをかけ続けるということが可能なのだが…、ここは光の女神の教会だ。


「さすがにここは教会ですから。呪物の類があれば直ぐにわかります。もちろん、穢れを含んだ食物を取り込んだ可能性も考え、肉体全体に光魔法の行使も致しましたが、改善は見られません」


 光の女神の教会では解呪もおこなっている。呪術に関しては俺らより詳しいだろう。


「後は…人を惑わすとなれば妖精の類だが…。何種類か近しいことをする奴が居るけど、状況と完全に一致する奴は居ないな。説明が付かなかったり、矛盾が出たり…」


 特にタルテさんが無事なのがおかしい。妖精の類はしつこく執着をする。相対することでえにしが出来たタルテさんは真っ先に狙われているはずだ。マザーサンドラとタルテに詰め寄られ、事件が大事になってきため身を隠したのであれば…恐らく相手は人間。


「一応、教会では何かしらの魔道具を用いているのではないかと疑っております。呪物とは別の系統となりますので、私達の目を欺けますし…」


 呪物と魔道具。物体に魔法使いの代わりをさせると言う点では同じ代物だが、呪物は魔法の系統を汲む代物であるのに対し、魔道具は魔術に端を発している。


「あとは…何のためにですか?」


 タルテさんが上目遣いで俺らに訪ねる。


「そうですわね。一番、くだらないのが単なる女遊び。…最も厄介なのが…光の女神の教会の機能を停止させること…かしら」


 メルルの放った言葉に俺も気付かされる。何かしらの大規模な破壊行為を予定しており、前段階の準備として治療師を封じておく…。言えばキリが無いが、一応筋は通っている。


「…そういえば、エイヴェリーさん達は昨日まで遠征に入ってたんだよな」


 アウレリアに戻ってきたため、昨日挨拶に行こうとしたのだが、一ヶ月近くも遠征に行っていたと聞いて日を改めたのだ。流石に忙しい帰着直後に顔を出すほど、厚顔無恥ではない。


「詳しい日程は解からないけど…、もしかしてアウレリアの最高戦力であるエイヴェリー殿が居ない間に、何か起そうとした…とか?」


 ナナが皆に訪ねるように発言した。


「…その推測が当たっているのでしたら、計画を防いだことになるかも知れません。エイヴェリーさんが帰着されたこともそうですし、…私とこのタルテは単に治癒師の能力で言えば十数人分に匹敵します。人手が足りないことは確かですが、治癒に限ったことで言えば十分な能力を保持しています」


 マザーサンドラがタルテさんの頭を撫でながら言葉を放つ。タルテさんは恥ずかしそうに縮こまっているが、褒められて嬉しそうにしている。…この件をマザーサンドラに任されていることもそうだが、タルテさんは中々に優秀な人材らしい。


「そうだな…。現時点では情報が足りないか。主目的は犯人の捕縛ではなく、彼女達の治療だけど…」


「魔道具が原因となると…、治療のためにも犯人を捉える必要があるね…」


 ナナが俺の発言の後に続く。それこそ、マザーサンドラの言うとおり、魔道具が原因であれば犯人を捕らえ、その魔道具を調べる必要がある。


 俺は目を閉じ、今後の方針を組み立てていった。…女性を誑かす不遜な奴め。とっ捕まえて犯行目的もろもろ吐かせてやる。


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