第75話 込み入った事情がある
◇込み入った事情がある◇
「待って待って…!ふざけてるんじゃなくて真面目な相談なの!」
一気に白けた俺の様子を見て、ミシェルさんは焦るように弁明する。
「恋の病って…光の女神の教会にありがちな痴情の縺れでは…?」
俺はジト目でミシェルさんを見つめる。
人に直接掛ける様な魔法はレジストされる。接触状態で漸く魔法を掛ける事が可能になるが、それでも抵抗されることにより、効率は落ちる。それは、回復を目的とした光魔法でも変わらない。
…だが、その抵抗を減らす手段の一つとして、異性としての肉体的接触がある。房中術よろしく肉体を重ねることで、互いの魔力が行き来し、相手の魔力に慣れる事で抵抗が低減するのだ。そのため、今よりもずっと貞操観念が低かった古い時代では、治療師が娼婦の役も担っていたりした。
今でも光の女神の教会では、性に奔放な一派が存在する。彼ら、彼女らにとって性行為は神聖なものであり、揶揄される謂れは無い。むしろ、娼婦の地位向上にも励んでいる。
因みに、娼婦呼ばわりしても問題は無いが、娼婦を馬鹿にしたり蔑むと烈火の如く怒る。普段は対立している派閥も巻き込んで猛烈に抗議するのだ。
職業差別が悪と教わった俺ならまだしも、文明が成熟していないこの世界では何かと問題になりやすい。
さらに面倒なことに、その派閥以外にも餓えた肉食獣のような輩が存在する。肉体的接触が光魔法の効率を高めるが故に、光魔法使いは権力者の伴侶として求婚されることが多い。そのため、身分の差を埋めるのが教会の修道士という立場なのだ。
光魔法使いにとっては、光の女神の教会に所属し地位を高め、玉の輿となるのが定番のシンデレラストーリーだ。この一派は貞淑であることが求められるため、何かと性に奔放な一派とトラブルを起しやすい。
性に奔放な派閥と玉の輿狙い貞淑肉食系派閥。方向性は違っても、どちらも異性を求める愛の狩人であることがトラブルの拍車をかけている。
「私は…闇魔法の訓練のために闇の女神の教会に出入りしておりましたから、光の女神の教会の異性関係の問題の悪口を散々聞いていますわ…」
メルルがげんなりとしながら言った。闇の女神の教会は、性感染症の危険性を述べ性には貞淑であるべきと説いている。光の女神の教会の性に奔放な一派とは特に仲が悪い。
「ミシェル殿…、具体的にどんな問題が起きているのかは聞いているのかな?」
ナナがミシェルさんに助け舟を出すように尋ねる。俺とメルルの乗り気ではない反応に困っていたミシェルさんは、これ幸いに話し始める。
「もちろん、単なる痴情の縺れなら相談しないよ。…その、恋煩い。そう、恋煩いなんだけど規模が異常なんだ。その子が言うには十人以上の女の子が恋煩いで寝込んでいるらしいんだ」
「十人以上…!?」
それは…確かに異常ではある。この辺境都市で、アイドルの公演でも開かれたのか…!?
「寝込むっていうのも可笑しな話だね…。私の知っている光の女神の教会の修道士は…もっとこう…血気盛んというか…」
回復に長けた彼女達は多少の負傷も気にせず戦い抜く。多少の負傷を気にしないというのは…自分自身だけでなく、相手の負傷も含む。要するに平然とやり過ぎるのだ。
特に女性の修道士の間で痴情の縺れが発生した場合、女子プロレスもかくやという闘争が発生する。俺が消極的な態度を見せたのもそのためだ。見る分なら興奮するが、リングに上るつもりは無い。
「それでねぇ、そこに追い討ちを掛けたのがハルト君の持ち込んだ案件だよ。アンデッドの対処のために、狩人ギルドから協力の要請が出されたらしくてね。ただでさえ寝込んでいる人が多くて人手が足りないのに、そこに人員を回してくれとの依頼。もうその子もてんやわんやって訳」
ミシェルさんは両手を掲げて頭を振るう。くだらない理由だが、巻き込まれた人間は大変そうだ。…むしろ、半端な気持ちで手出しをすれば、俺らも火傷しそうな案件だな。
「それで、俺らに頼みたいってのは寝込んでいる女性の調査って訳?…まさか、治療院の手伝いとは言わないよね?」
闇の女神の教会の仕事ならメルルに任せられるが、残念ながらうちには光魔法を使える人間はいない。
「そうそう。寝込んでいる子の調査。その子が言うには教会も対応に困っているみたいでね…。ハルト君も呆れてたけど、原因は恋煩いでしょ?何かしらの異常はありそうだけど大事にするにはちょっとね…」
「治療の専門家である教会が、恋煩いで寝込んで狩人ギルドに依頼を出す。…確かに、おおやけにするにはちょっと体裁が悪いですね」
メルルが悩ましそうに呟く。既にミシェルさんに話が漏れている以上、手遅れなのでは…。多少の付き合いがあるから知っているが、ミシェルさんは口が軽い。ミシェルさんが秘密を保つより、まだザルのほうが水を保つだろう。
「ねえ、ハルト。メルル。協力しても良いんじゃないかな?これなら私も鎧無しで参加できる」
ナナが俺とメルルを誘う。どうやらこの調査に乗り気なようだ。…留守番をするの嫌がっていたもんな。
以前、初めて人を殺した次の日に、冒険は一緒にすると約束したことを思い出す。…作戦上仕方ないときは別として、留守番させるのはその約束を違えることになるか…。
「わかった。三人で冒険…。…冒険とは限らないが、三人で出来る仕事なら願ったり敵ったりだ。メルルもかまわないだろう?」
「私は…ハルト様と二人っきりでデートしたかったのですが…、まぁナナと一緒にいられるのも吝かではありません」
メルルは流し目で俺を挑発した後、ナナの肩に寄り添うようにして微笑む。…メルルはどこまで本気なのか解からないな。ナナは…自惚れでなければ俺に好意を示してくれているし、俺も示している。一方、メルルのようなタイプは前世でも会うことが無かったので真意を読むことが出来ない…。
「それではミシェル殿。中継ぎを頼めないだろうか?」
「おお、三人ともありがとうね!そうだね、今日のお昼にでも相談してくるよ。…報酬はそこまで出ないと思うけど、整備代を割り引いておくからそれで許してくれないかな」
「まぁ、いまのところ例の報告の報奨金で潤っている。飯代と…まぁ出来れば宿代ぐらいになれば十分だ」
先日、個人依頼で大失敗した輩を見たばかりだがら妙な気分であるが、教会相手の個人依頼なら、拗れることも無いだろう。…そもそも、大失敗した輩も契約相手の村長は誠実であった。失敗したのは自業自得か。
「そうだね。宿はいつもの常宿でしょ?夜に結果を話しに行くよ」
そう言ってミシェルさんは研ぎ終わったマチェットを俺に渡した。
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