第74話 光と闇が揃い最強に見える

◇光と闇が揃い最強に見える◇


「ほぉん。この騒動はおめぇさんが原因なのか」


 鍛冶屋のブラッドさんは、俺らの鎧を点検しながら呟いた。カナイ村での出来事を洗いざらい狩人ギルドに語った翌々日、俺らは装備の点検に赴いていた。


 本来であれば、昨日にでも訪れるつもりであったのだが、村での戦闘に続いて、長時間のギルドでの調書ときたため、流石に精根尽き果てた。昨日は休養日としてひたすら宿でゴロゴロしていた。…ナナは元気にアウレリアの街をメルルに案内していたらしいが。


「原因って…。好きで引き起こしたわけじゃないんですよ?」


 俺は苦笑いしながらブラッドさんに答えた。ブラッドさんのいう騒動とは、狩人ギルド主導の大規模な死者の行進デッドマンズウォーキングの調査のことだ。


 なんでも、他所でも同様の事象が発生していないか調べるらしい。…発見が遅れれば大惨事となる事象ゆえに、金と人員が湯水の如くつぎ込まれる。ブラッドさんの下にも、銀素材の武器の在庫の問い合わせが来たらしい。


「…銀素材の武器か。私達も一振りぐらい備えといたほうが良いのかな」


 ナナは傍らに纏められている銀製の武器を見ながら呟く。


「止めといたほうが良いよ?銀素材は軟いから、アンデッド以外には使えたもんじゃないし、魔銀ミスリルなら比較的丈夫だけど、魔銀ミスリルを聖別するのは勿体無いでしょ?」


 ブラッドさんの娘であるミシェルさんは、俺のマチェットを研ぎながら忠告をする。


 聖別は光属性の属性付与のことだ。属性付与は魔剣とは違い特異な能力を宿すことは無いが、魔法の発動の補助をすることが出来る。…その補助を攻撃的な魔法の少ない光属性に用いることは確かに勿体無い。


「私の闇属性も、ナナの火属性もアンデッドには効果的ですから…。そう考えると不要なものですね」


 メルルはナナの見ていた銀製の武器を手にとって答えた。メルルは鍛冶屋の二人とは初対面であったが、コミュニケーション強者であるミシェルさんの手によって瞬く間に仲良くなった。一方、ブラッドさんは少し、距離を置いているように見える。恐らく、メルルの雰囲気が狩人にいないタイプだから戸惑っているのだろう。


「ハルトの坊主の鎧は問題ないが…、ナナの嬢ちゃんの鎧はちょっと時間が掛かるな。逆にナナの嬢ちゃんは、この攻撃食らって平気だったのか?」


 そう言ってブラッドさんはナナの鎧の脇腹の部分を指差した。そこはナナがストゥーピド領での戦闘で付けた傷だ。手直しはしてあるものの、この際なのでブラッドさんの手でしっかりと直してもらうことにしたのだ。


 ブラッドさんがナナの状態を心配するのもわかる。脇腹を大きく裂くような傷。普通に考えれば、中身が無事だったとは思えない。俺もあの時、商館に帰着してからその破損箇所に気付き、顔面蒼白になって焦ったものだ。


 …焦ったままナナの服を捲くり上げ、素肌を触って確認したものだから真っ赤になったナナに張り手を食らう羽目になった。張り手を食らうのも解からなくはないが…普段、あなたは俺にそれ以上のことをしてませんか?


「むぅ…。やはり時間が掛かりますか。…仕方あるまい。ブラッド殿、修理をお願いします」


「ナナちゃんの鎧の間、依頼はどうするつもりなの?」


「ナナは留守番をしてもらって、俺とメルルで簡単な依頼を受ける予定ですよ?」


 ナナの依頼の修理に時間を食うことは予想できていた。そのため事前に今後の予定は話し合っており、狩場に慣れることを目的としてメルルと依頼を受けることになっている。ナナが妙に渋っているのは一人でお留守番となるからだ。


「…その、三人がよければ…、本当はこんなこと狩人に頼むのは間違いってわかってるんだけど…、少し相談に乗ってくれない?」


 明朗とした性格のミシェルさんが、珍しく言い淀みながら俺らに声を掛ける。俺とナナは不思議に思い互いに目を合わす。


「なんです?相談って?」


「その…、友達の子が困っていてさ。教会で治療師をしている子なんだけど。ほら、ハルト君の持ち込んだ件で教会も忙しくしてるじゃない?」


 教会か…。この世界には多種族が多いからか様々な宗教が乱立している。神性の類が実在するのも大きいだろう。前世では精霊信仰といえば自然崇拝のことを指すが、精霊が実在するこの世界では意味合いが変わってくる。


 そんな宗教が乱立する中で、最も勢力が大きいのが闇の女神を信仰するトリウィア教と光の女神を信仰するアウロス教だ。教会といえば一般的にはこの二つの宗教のことを指す。


 この二つの宗教は元々が古来の治療団体を母体とする宗教であるため、他宗教に寛容で治療と言う実利があったことも有り、ほぼ大陸の全域にわたって根付いていると言われている。既に土着の信仰に近く、同じ宗教でも国を跨いでの繋がりは無いが、それでの一定の権力を有している。


 因みに、トリウィア教とアウロス教はお隣の帝国には存在しない。あの国は宗教と帝室が完全に癒着し、武力以外にも宗教を通して侵略をかけていたりするらしい。この国では邪教扱いだ。他国の権力層を崇める宗教を流石に国が認めることはない。


「教会関係ですか…。ちょっと面倒な気配がしますね。どちらの教会ですか?」


 治療師と言うことは闇魔法使いか光魔法使いだろう。トリウィア教は闇魔法使い、アウロス教は光魔法使いが所属しており、共同で治療院を運営している。母体が同じだけあって、二つの教会は中が悪いわけではないのだ。


 外傷には活性を司る光魔法が有効だが、病には病魔も活性してしまうので逆効果だ。沈静を司る闇属性はその逆。外傷は治せないが、病人に闇魔法を施せば、病人ごと弱らすが生命力の弱い病魔のほうから死滅していく。殺菌のための闇魔法と体力回復の光魔法。両方がそろわなければ治療院は成り立たない。


「彼女はアウロス教会に所属してるのだけど…。そこで厄介な病が蔓延しているらしいの」


「病?ミシェル殿、病であればトリウィア教の案件では?…もしかして、アウレリアでは二教会の仲が悪いのかな?」


 ナナが怪訝な顔をしながら質問をする。考えにくいが、アウロス教徒の治療をトリウィア教が拒否しているのだろうか…。それならばメルルの闇魔法で治療しては、トリウィア教に睨まれる事になるな…。


 何かしらの利権で揉めたのだろうか。アウロス教はパンや酒造などの発酵食品、トリウィア教は以前の蟹狩りのように、生鮮食品や保存食に利権を持っている。同じ食物の利権なので問題が置きやすいのか…。共同で仕事をしながら仲良しこよしではない…。どっかで狩人ギルドと傭兵ギルドにたようなはなしを聞いたな…。


「いや、それがトリウィア教でも治せない病気なの…」


「その…、本業の治療師が無理なら、私の闇魔法でも治療は困難ですわよ?」


 俺はメルルに目線で尋ねてみたが、どうやら治療は難しいらしい。


「何の病気かは聞いているのですか?もしかして特殊な薬草が必要とか?」


 強力な病気や、菌が生成した毒素などは闇魔法でも消しきれない。その場合は薬師の出番となる。在庫の無い薬草が必要ならば狩人の出番だ。それならば俺らに相談するのも頷ける。


 俺はミシェルさんに発言を促すように、そちらに向き直った。


 何故かミシェルさんはゆっくりと深呼吸をしてから、ゆっくりと発言した。


「…今、教会に蔓延しているのは…らしいの…!」


 …俺は、メルルとどんな依頼に行くべきか考えることにした。


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