第73話 古巣への帰郷

◇古巣への帰郷◇


「ここがアウレリアですか。話では聞いていましたが賑やかな町ですね」


 初めての来訪に、メルルが声を上げる。俺とナナも久しぶりのアウレリアだが、街の喧騒は変わらず俺らを迎え入れてくれた。


 中には俺らのことを見て、波刃剣フランベルジュ投擲戦斧フランキスカと二つ名を囁く声も聞こえる。領都の狩人ギルドでもその名を呼ばれることがあったが、一般人にも二つ名を呼ばれるのは、この街だけだ。


「宿の確保といきたいが…先に狩人ギルドに行って、カナイ村での出来事を報告しよう」


 カナイ村の騒動は一段落したが、解決したわけではない。なるべく早くに狩人ギルドにカナイ村の状況を報告する必要がある。


 …今報告すれば、発生日時等からハンググライダーを用いた機動力が狩人ギルドにばれてしまうが、そこは仕方が無い。むしろ、高速で移動する手段を持っているという点は、ばれてしまっても構わない。それを前提とした依頼を斡旋されることもあるだろう。


 調書のために多少は拘束されるかもしれないが…、まぁそこまで長くは掛かるまい。


 多少の気だるさを覚えながらも、俺は狩人ギルドの扉をくぐる。その途端、俺の耳には聞いた覚えのある声が飛び込んできた。


「だから!なんで依頼料が貰えないんだよ!」


 具体的には昨日の夜に聞いた声。子犬が吠えるような耳障りな怒声。


「ですから…、依頼のキャンセルの原因は貴方方が商品に手をつけたからです…!そのため、依頼はキャンセルではなく、失敗と扱われます…!」


 受付嬢のリンキーさんが呆れながら声を上げる。多少なりとも声を荒げるリンキーさんは珍しい。クールビューティーが崩れかけている。


「金なら依頼料で払うと言ったぞ!それで問題ないだろ!」


「…あの物資は、既に買い手の付いている商品で有ったそうです。事前に発注を受けて、その数を元に用意したため、僅かな予備はあったものの、貴方はそれを越えて手を付けました。それが問題ないとでも…?」


「言ってる事が難しい!謝れ!」


 ジャガイモ顔の少年も唾を飛ばしながら叫ぶ。身勝手以前に知性が少々…。


「…はぁ。とにかく、貴方方はカナイ村で依頼主から依頼の中止を言い渡された…。これで間違いないですね?間違っていないならこちらにサインをお願いします」


 リンキーさんは理解させることを諦め、事務処理だけを終わらせるようだ。恐らく、この三人にギルド証を発行したギルド支部に苦情が行くのだろうな…。


「い、いや…。行商人と別れたのは、街道だ。…村には寄ってない…」


「…?カナイ村の手前で依頼を破棄されたということですか?」


 …最初、声が聞こえたときに少し期待してしまった。ハンググライダーを使った俺らよりも早くにアウレリアに居ると言うことは、一昼夜の間、馬車を飛ばしてやって来たと言うことだ。


 村に助けを呼ぶために、夜通し馬を走らせた。それならば多少の言い訳が付く。だが、あの口ぶりでは、村でやらかした事を無かったことにする腹積もりらしい。


 ナナもその声を聞いたのだろう。怒気が熱となって周囲に放出される。その熱のせいか、はたまた殺気のせいか三人組はギルドの入り口に佇む俺らの存在に気付いた。


 三人は一瞬顔を青くしたが、直ぐに元の顔色に戻りニタニタとした笑みを浮かべ俺らに向かって歩み寄ってくる。


「…お前らもここに居るってことは、逃げてきたのか。いいか、ちゃんと口裏合わせろよ?」


 茶髪の少年は俺に顔を寄せ、周囲に聞こえぬよう小声で語りかける。移動時間から考えて俺らもあの後直ぐに村を脱出したと考えたのだろう。俺の横でナナが剣に手を掛ける。残念ながらメルルも止める気は無いようだ。


「…ハルト。…構わないかな?」


 構うに決まってるだろ…。流石にナナに抜刀させるわけには行かない。ナナに任せれば切り捨ててしまう可能性がある。…俺はリーダーらしき茶髪の少年の鳩尾に手の平を添える。その手の平の中には、渦巻くように空気が圧縮されている。


「…なんちゃって発勁インパクト…!」


 掌底打ちと共に圧縮空気を開放する。ほぼ零距離の状態から放たれたとは思えない衝撃が、茶髪の少年の身体をくの字に曲げる。


 そのまま後ろの二人を巻き込んで、受付の近くまで吹き飛んでいく。目の端で俺らを見ていた狩人達からは、囃し立てるように口笛の音が上がる。


 俺ら三人はそのまま受付に真っ直ぐと歩を進める。ナナとメルルは俺が指示するまでも無く、無言で床に横たわる三人組を拘束する。


 茶髪の少年は壮大にえずくいているが、先ほどの甲高い怒鳴り声と比べれば、こちらのほうが幾分静かだ。


 俺の神妙な様子を感じ取ったのか、久々の再開にも関らずリンキーさんは口を開くことなく俺を見つめている。


「カナイ村で死者の行進デッドマンズウォーキングが発生しました。…三人組の狩人が追われた状態で村に逃げ込み、そしてそのまま村から逃走しました。これが、村長からの報告書と、村長と契約状態にあった狩人との契約書の写しです」


 リンキーさんはその個人契約書と先ほどの三人組を見比べ、納得したように頷いた。そして、続いて村長からの報告書にも目を通した。


「流石は竜狩りですね。初動で見事に鎮圧したと…」


「一応、村の近隣の安全は確認済みです。ですが、ここからは自分らの手に余りますので」


 まだ、森の奥にはアンデッドも居る可能性があるうえ、生態系の破壊により暫くは森が荒れるだろう。これからは、広域かつ長期の調査が必要となる。索敵に自信はあるが、流石に手に余る。なにより、当初の依頼の域を超えている。ここからは狩人ギルドにバトンタッチだ。


「…竜狩りだと…?」


 後ろ手に拘束された少年が、床に押し付けられながらもこちらを見上げる。その目には、畏怖や尊敬と言うよりも嫉妬に似た感情が見て取れる。


「お前らがやったことは、狩人ギルド内で済まされることではない。…挽回するタイミングはいくらでもあったのに…、何故こんな馬鹿なことを…」


 リンキーさんは他の職員に手際よく指示を出す。遠巻きに俺らを見ていた狩人も、リナリーさんの指示を受けて、拘束された三人組を抱えあげる。


「おい!やめろ!なんだお前ら!離せよ!」


「ったく…!うるせぇガキだな。どこの出身だ?」


 三人はギルドの取調室に運ばれていく。狩人ギルドの規定違反だけであれば、最悪でも除名ですむが、こいつらの行いは領法に抵触する。調書が終われば、身柄は狩人ギルドから街兵に引き渡されるだろう。


「ハルト様。あなた方からも詳しく話をお聞きしたいのですが」


「構いませんよ。…二人は返しても良いですか?宿の予約を頼みたいので」


「いえ、出来れば全員そろった状態で…。ギルドの者に使いを出しましょう。宿は以前と同じで?」


 そういって俺ら三人もギルドの奥へと案内される。それと共に、ギルドの中が慌しくなる。蜂の巣を突いた様とまでは言わないが、死者の行進デッドマンズウォーキングの発生は狩人ギルドの日常を壊すには十分であったようだ。


「そうそう、ハルト様。ナナ様。…お帰りなさい。お久しぶりですね」


 リナリーさんはクールビューティーを崩し、俺らに向かって微笑んだ。


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