第72話 イモータルの後始末

◇イモータルの後始末◇


「バルハルト様。この度は誠にありがとうございました」


 死者の行軍デッドマンズウォーキングとの戦いから一夜明け、まず最初の仕事は戦闘の後処理だった。腐った死体はそれだけで病気を呼ぶ。


 そのため、ひたすら死体を集めてはお焚き上げをしたのだ。戦闘並みとは言わないが中々の重労働だ。昼近くの今になって、漸く全ての死体の処理が終わったほどだ。


 村長は村の防壁の外。俺らの戦いの跡を見て、その激戦を想像したようだ。昨日よりも更に腰が低くなっている。


「村長、森の中にはまだゾンビが残っている可能性がありますので、確認のためにも広域での調査が必要です。報告と依頼の手紙は準備できていますか?…なに、死者の行軍デッドマンズウォーキングが発生したとなれば補助金が出ますよ」


 魔物の分類には、生物学的なものもあれば、狩人ギルドが使う討伐難易度など、様々なものがある。そのうちの一つに厄災指定種と言うものが存在する。これは人類に対する危険度が高いものが指定される。


 どんなに強くても、人里に出現しない魔物は厄災指定には登録されない。逆に討伐が容易でも被害が大きい魔物は厄災指定となる。


 例えば病魔吸いの小鳥カラドリウス。人間から病気を吸い取るという能力故に違法に街に持ち込まれたり、小鳥のほうから病人の下を訪れることがあるが、その卵は病を詰め込んだ危険物だ。


 割れれば付近一帯で疫病が蔓延する。そのため、病魔吸いの小鳥カラドリウスが目撃された途端、街の人間総出で卵の捜索が始まるのだ。


 死者の行軍デッドマンズウォーキングは準厄災指定種だ。放置すれば手が付けなくなるほど増殖する恐れもある上、一度発生すれば辺りの生態系を破壊する。対岸の火事では済まない事象であるため、その解決には領から補助金が支援される。


「手紙はもちろん認めましたとも。…手紙の配達までして頂けるようで、重ねてお礼申し上げます」


 村長は俺に手紙を差し出す。俺は手紙を受け取り、懐にしまった。


 …手紙には、俺らが助けた三人組の狩人のことも書かれている。


 戦闘の後、俺は村の中に戻ったがそこにはあの三人組の姿が無かった。気になって正門にて指揮をしていたナナに訪ねたところ、ナナはたった一言『逃げた』と呟いた。


 村人の目が防衛に割かれていることを良いことに、村の馬車を盗すみ逃げたのだ。半ば防衛のための陣を内側から破るようにして逃げ出したため、ナナはかなりお冠だ。


 …モンスタートレインだけであれば、緊急避難として庇える可能性があった。もしも、森の中の状態が今にも溢れる直前であったのなら、無理に三人で特攻して命を散らすのではなく、村に戻って防衛を固め、村人と共に討伐をするのが正解だったからだ。


 しかし、モンスタートレインに加えなすり付けまで行ったとなれば、厳罰は免れない。擦り付けの相手が狩人ではなく村と言うこともまずい。最悪は死罪…よくて犯罪奴隷だろう。…幸い死者がいないから犯罪奴隷かな?


「ハルト。先に頂いたよ。もう、男の番になるから、ハルトも清めてきなよ」


 体から湯気を上げ、頬を紅潮させたナナが俺の元にやってくる。死体の処理に目処が付いたあたりで、一部の村人と共に湯浴みの準備を行ったのだ。


 森が近いこの村は焼き石に使う薪には困らない。それに加えて、ナナがいれば瞬く間に湯を沸かせるので、渓流の川縁の砂利を掘り起こしての大浴場を作ったのだ。


 元日本人の魂が騒いだわけでも、腐敗臭が我慢できなくなった分けでもない。ゾンビなどを相手にした場合、感染症予防のために念入りに身を清める必要があるのだ。


「村長、お風呂に行きましょうか。…早く行かないと芋を洗うような混雑になります」


 渓流の川のほとりに作られたお風呂に村長と向かう。他のおっさん連中が集う前にさっさと入ってしまおう。


 渓流の水を引いて沸かしただけの簡素なもの。だが、前世の野湯のような佇まいに風情を感じずにはいられない。


 着たまま渓流に浸かり、脱ぎながら防具と体を洗う。洗い終わった防具は、傍らの焚き火の近くにかけて乾燥させておく。


 あらかた洗い終わったら、冷えた体を湯で温めなおす。焚き火から焼き石を取り出そうかと思ったが、既に湯はかなりの熱量を孕んでいる。ナナが上がる際に温め直してくれたのだろう。


「村長…。かなり熱いです。心して入ったほうが良い」


「ほほう…。これは…正に至福…」


 村長は熱湯を物ともせず、浸かっている。…領都やアウレリアなどには公衆浴場が存在するが、村ともなると普段は湯浴みか蒸し風呂が精々だろう。その顔は溶けるように緩んでいる。


「バルハルト殿…、…中々、凄いですな」


 村長は俺の裸体を見ながら、息を呑む。…男に見つめられても嬉しくないから止めて欲しい。


「ん?…ああ、狩人は肉を食う機会が多いから、筋肉が付きやすいんです。これでも絞られているほうですよ?…戦闘する者の中には、腕が俺の胴体ぐらいある奴だっています」


 村長もだらしない体をしているわけではないが、粗食が多いのだろう。俺と比べれば、やせ細って見える。


「…村の女集が昼餉の準備をしております。粗末な物で御座いますが、この後はどうか御賞味下され」


「…そうですね。ありがたく頂きます」


 …俺の肉体美に感服したのか、風呂に来てから更に村長の腰が低くなった気がする。



 昼餉は川魚の香草焼きに野菜のポタージュ。それに蒸かし芋。特に蒸かし芋は燻製にされた魚の解し身と細切れにされた野菜を炒めたものがソースとして乗っており、これがまた絶品であった。


 後はうら若き村娘のお酌でもと思われたが、残念ながら村人の第一人気は指揮を執っていたナナだ。特に、最後の火炎旋風の炎は、村の正面からも目撃されたらしく、戦った村人に絶大な人気を博している。


 次に人気なのはメルルだ。村では見ることが無いお嬢様然としたルックスにより、若い男は勿論、女性の方々にも注目されている。


 そして俺は…なぜかお婆ちゃん連中に人気を博していた。孫に飴玉をあげるように、俺の目の前に蒸かし芋が積まれていく。俺はひたすら村長と共に、もそもそと芋を食うこととなった。…美味しいから良いんだけどさ。


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