第71話 魂を送るは炎

◇魂を送るは炎◇


 木々をなぎ倒しながら現れたのは白毛巨猪カプロス。本来であれば、コイツは木を折るような森を荒らす行為はしない。その巨体が通れるような道のために、わざわざ遠回りをするような存在だ。


 そして、舞台の上に現れた役者はそれだけではない。白毛巨猪カプロスが作り出した倒木の道を通って新顔どもが顔を出す。複数の牙猪に貪食なる濁蛇グラサーペラ月の眼の鎧蜘蛛ズ・グムン…。そして、恐らく今回の元凶…よろよろ歩くものシャンブラー


 ゾンビやスケルトンなどの類は自然発生することはほぼ有り得ない。野山で死んだ生物は、屍肉喰らいスカベンジャーどもが瞬く間に死体を消し去るからだ。そのため、埋葬を行う人間とは異なり、闇の女神の祝福は必要ない。…あるいは、食物連鎖という次なる生命への繋がりこそが、闇の女神の祝福なのか…。


 よろよろ歩くものシャンブラーは腐食した蔦、茸類と汚泥が小山のように寄り集まったアンデッドだ。特長として、奴の吐く毒気は生なる者の存在を歪める。どこかから渡ってきたこいつがこの地でアンデッドを量産したのだ…。


「ハルト様…流石にこの量は手に余るのでは…?」


「…闇魔法はちょっと厳しい感じ?」


「ゾンビの位階は生前の個体に左右されますから…。私の闇魔法では少々力不足ですわね」


 流石に二人で処理するのは困難か。しかし、どれもが防壁を可能性がある。…仕方が無い。助っ人を呼ぶか。


『あー。ナナ。そっちはどんな感じだ?』


『ハルト!少しそっちで絞りすぎじゃないかい?村人で対応できる程しか来ないから、私は暇でしょうがないぞ?』


 村の正面は問題ないどころか余裕があるようだ…。ならばこっちの手助けをしてもらおう。


『それなら、こっちに来てもらえるか?…ちょっと二人じゃきつくなりそうだ』


『それは嬉しいお知らせだ。少々物足りなかったとこだよ』


 ナナが来れば、こいつらも直ぐに処理できるだろう。特によろよろ歩くものシャンブラーはナナがいたほうが処理が楽だ。


「ナナとは連絡が付きまして?」


「ああ。メルル。こっからは時間を稼ぐように立ち回るぞ。直ぐにうちの火力エースが来る」


 アンデッドの間を挑発するように走り回る。まず重要なのは豚さんだ。奴の突進は確実に防壁をぶち破る。


 全てのアンデットを挑発して回った後、白毛巨猪カプロスの背に飛び乗る。多少腐臭が気になるが、ふさふさの毛が意外とさわり心地が良い。


「ハルト様!?時間稼ぎではなかったのですか!?」


 もちろんふざけている訳ではない。この場で一番のタフネスの背は、ある意味もっとも安全地帯だ。俺は竜狩りでそれを学んだ。


「メルルもこっち来いよ。意外と乗り心地が良いぞ」


 俺に群がる貪食なる濁蛇グラサーペラ月の眼の鎧蜘蛛ズ・グムンを叩き落としながらメルルに声を掛ける。白毛巨猪カプロスが暴れてくれるおかげで、ちょっと後押しすれば簡単にいなすことができる。


 …よろよろ歩くものシャンブラーは毒気を吐き出している。というか空気を悪くしているだけで、存在感も空気だ。…一応、元凶臭いんだけどな。


 メルルが俺に向かって血の縄を伸ばす。俺はそれを握ると勢い良く引き上げた。


「きゃっ…!凄い…。白毛巨猪カプロスの背に乗るだなんて…」


 メルルが白毛巨猪カプロスの背に飛び乗る。血魔法で器用に体を固定するものの、バランスを取るために、遠慮がちに俺の服を掴む。


「ほら、メルル。村に行かせないために挑発をしないと」


 俺らから注意が逸れている個体に向かって風魔法撃ち込んでいく。シューティングゲームとロデオマシーンが一体となった新競技だが、なかなかスリルがある。


「ならば、ハルト様が挑発してくださいまし。私は防衛をいたしますわ」


 メルルは群がるアンデッドから、俺らの身を守るように硬化した血を叩きつける。それならばと俺は風魔法を遠方の敵に集中させる。


 引き寄せては弾き飛ばし、引き寄せては弾き飛ばす。その繰り返しがこなれてきた頃、その瞬間は訪れた。


 轟っ…!と俺らの目の前で煌々と火柱が上がる。すっかり日の落ちた闇の中で、月や星の輝きをかき消すような煌きだ。


 今の一撃で大半のアンデッドが消し炭へと変換された。その光景に、跨っている白毛巨猪カプロス君も心なしか脅えている。…君ら恐怖心無いんじゃなかったの?


「ハルトォォオ?戦況が厳しいと言って私を心配させといてこれかぁ?」


 火柱に照らし出されるようにして、こちらに歩み寄るナナ。…何故だか知らんが機嫌が悪いようだ。あれか?しょっぱなを別行動にしたからか?


「猪の背でメルルとイチャコライチャコラと…。おかしいなぁ?私はピンチと聞いたんだがなぁ?」


「え…!?いや…、これは立派な戦法で…!うおっ…!?」


 勇気を出した白毛巨猪カプロス君がナナに突進を仕掛ける。しかし、ナナは道を譲るつもりは無いらしい。避けることなく、フランベルジュを上段に構える。


 安全地帯だった白毛巨猪カプロス君の背が、一気に死地へと変わる。俺はメルルを抱きかかえると、そこから瞬時に飛び降りた。


「…生命極限活性化オーバーリジェネーション


 ナナの体に火が揺らめき、それが炸裂するかのごとく剣を振りぬく。一刀両断とはこのために用意された言葉かと思える剛剣。…ナナさん?俺ごといこうとしました?


 メルルを抱きかかえた状態で、ナナの横に着地する。再びナナの視線が俺に突き刺さるが、メルルを抱きかかえているのはナナのせいだぞ…。


「ハルト…。私も…今度、一緒に乗りたい…。…ダメかな?」


 怒りはあの剣に込めたのか、ナナはうつむきながら俺にお願いをする。…急にしおらしくなるなよ。…調子狂うな。


「…馬でよければ。一緒に乗ろうか」


 …そんな可愛いお願いであれば、問題は無い。…俺の答えに満足したのかナナは軽く肩を寄せてくる。


「ナナ。…イチャイチャしているのは貴方も同じじゃないですか…。ほら、敵は待ってくれないですわよ」


 メルルが残りのアンデッド達に闇魔法を込めた血の楔を突き立てていく。ナナが来たので残しておいた余裕を吐き出すつもりのようだ。


「ハルト…約束だからな。一緒に…ね?」


 ナナもメルルに負けじと火魔法を放ち始める。俺は慌ててその火魔法を風で誘導して敵に向かわせる。


「ナナ。獣系は私がやりますから蜘蛛と蛇をお願いします!あいつらには血の楔が刺さりづらいのです!」


「ああ。任せてくれ!炎の驟雨ソドムズウェザー!」


 …任せてくれってナナは言うが…誘導してるの俺なんだがな。


 夜空に真紅の線を描きながら数重の炎の矢が敵陣に降り注ぐ。舞い上がる火の粉が俺らの体を掠めていく。俺は風を制御して、火魔法の行き先を誘導する。ナナの火魔法を無制御に打ち出したらあっという間に山火事になってしまうだろう。


 何体かは、火の弾幕を抜けてこちらに迫って来るが、そういったアンデッドはメルルが確実に仕留めていく。


 流石に火魔法が加わると殲滅力が格段と上がる。苦労した敵たちが飴のように溶けていく。圧巻であるな。


 一体…また一体とアンデッドが屠られていき、とうとう残すところ一体だけとなった。よろよろ歩くものシャンブラー。腐った蔓や苔、きのこの集合体だ。動きは緩慢で、積極にこちらを襲う気配も無い。ただ、ゆっくりと確実にこちらに近づいて来ている。


一息ついたため、念のため村の正面を風で確認する。…向こうも、大半のアンデッドは倒したようだ。残るは掃討戦か。


「風で見てみたが、村の正面も問題無さそうだ。…他にアンデッドの気配も無い」


「それなら、この魔物で最後かな…」


「…植物の魔物ですから…どう攻めれば良いか悩みますわね」


 そう言ってメルルは血の楔をアンデッドに射出する。が、よろよろ歩くものシャンブラーの体に突き刺さった途端、解けるようにして血に戻った。


「あら、そこまで力を込めてなかったとはいえ…、繋がりが強制的に解かれましたわ」


「二人は余り近づくなよ。あいつは毒を吐く」


 俺はそう言って、よろよろ歩くものシャンブラーを斬り付ける。もちろん、植物だから血を出すことは無いが、それにしても手ごたえを感じない。それどころか切り口から俺に向かって胞子を含んだガスが勢い良く噴出する。


「うお…!?」


 毒を警戒して防護のために風を纏っていたが、斬った箇所から吹き出ると思っていなかった。…物理攻撃は効き目が薄そうだ。


「そうだな…。ナナ。焼いてみてくれないか?」


「ああ、かまわないよ。…天蓋焦がせ、燃素招来フロギストン!」


 ナナの手元から火炎放射が放たれる。うねる様な炎の舌はよろよろ歩くものシャンブラーを包み込む。たまらず、その蔦をナナに向かって伸ばそうとするが、容易く炎の奔流に飲み込まれていく。


 …しかし、それでもよろよろ歩くものシャンブラーは健在だった。焦げ付いた体表の植物が剥がれ落ちると、そこには変わらず腐臭を纏った植物が顔を覗かせる。脅威度は低いが、アンデッド特有のタフネスは厄介だ。


「水気が多いからか、中々燃えないな…」


「ハルト様。あちらを加えてみませんか?」


 メルルは傍らの死体を指差す。そこには俺らが倒した樹木熊が横たわっている。…樹脂を纏っているため、良く燃えると評判の熊だ。


 俺は樹木熊の死体を担ぎ、よろよろ歩くものシャンブラーの元に投げ込んでいく。投げ込まれた樹木熊の死体は、先ほどのナナの放った魔法の残り火がすぐさま引火する。


「おぉ。松明になるといわれてるが…確かに良く燃えるな」


 俺は火を育てるために風を送り込む。ナナも追加とばかりに火魔法を打ち込んでいく。渦巻くように送り込んだ風は、火災旋風となって高く登り、よろよろ歩くものシャンブラーの身を焦がしていく。


「うぅ…凄い熱気です…。森は大丈夫ですか?」


 輻射熱を浴びたメルルが顔の前に手を翳しながら森への延焼を心配している。


「そこはコントロールしているから問題ない。それよりも、よろよろ歩くものシャンブラーの様子はどうかな?」


「順調に燃えているみたいだね。…凄い。炎の竜巻だ」


 火災旋風の中心で、よろよろ歩くものシャンブラーの影が崩れていく。流石にこの熱量であれば、燃え尽きるようだ。


「…漸く一息つけるな」


「物のついでで選んだ依頼ですが…随分働かされましたね」


 二人は火柱を見上げて、感慨にふけっている。


「…死の影の谷を歩む者に、闇の女神の祝福を賜らん…。レクゥィエスカト…イン…パーケ…」


 火災旋風がゆっくりと収まるのに合わせ、メルルの祈りの言葉が響く…。


「まずは何より…風呂入りたいな…」


 風を纏っていたのに、いつの間にか腐臭が体に染み付いている。…猪に跨ったせいか…。


 俺の言葉に、ナナとメルルは静かに同意した。


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