第70話 生きる事は戦う事
◇生きる事は戦う事◇
「あべし…!」
残念ながら防壁の上は、アウレリアの街壁などとは異なり、人の立てるスペースは無い。俺は風で、メルルは血魔法で作った楔で器用に立っているに過ぎない。
引き上げられた三人組は、防壁の上に着地とは行かず、そのまま孤を描くようにして、村側の地面に不時着することとなった。
「お前ら!怪我してないなら、村の正面に向かえ!」
俺は三人組に向かって言葉を放つ。村の森側は幸い、防壁に覆われている。死者たちが入ってくるとすれば、大部分が正面からだろう。
「正面…!?なんでそんなとこに…!?」
「村に入れば安全と想ってんのか!?これから篭城戦だ!死にたくなけりゃ戦え!」
散々森の中を逃げ回ったせいか、初対面のときの覇気が無い。しかし、戦況はのんびり休憩など許さない。
三人組は立ち上がると、村の中に向かって走り去っていく。…大丈夫だろうか。
「バ、バルハルト様…!村に敵が来るとは本当ですか…!?」
三人と入れ替わるようにして、村長と自警団らしきおっさんがこちらにやって来る。メルルが二人のために防壁に血で階段を作り上げる。
「村長。ナナとは会ったか?」
「はい。ナナ様にバルハルト様がこちらにいらっしゃると…」
村長が畏まって答える…。先ほど、フルネームで村全域に指示を出したからだろう。貴族以外にも姓を持つ者はいるが、誰でも名乗れるわけではない。
俺の場合は古き一族を示すものだ。貴族のように王国から賜った姓ではないが、それこそ王国の建国よりも古くから継いで来たものであるため、名乗ることが認められている。
村長も、俺が単なる狩人ではないと類推したのだろう…。
「村長、見てくれ。ちょっと不味い事態だぞ」
「…そんな…あれ全てが…村に…」
階段を登り、村の外を覗き込んだ村長が呟く。
森の中からは続々と
「さて、もう時間が無い。俺らは奴らの足止めに入る」
「わ、わし等はどうすれば…!?」
顔面が蒼白となった村長が俺らに縋るように尋ねる。
「この防壁を越えるような奴らはこちらで処理をする。自警団の人間は村の正面の防衛に回ってくれ。なに、数は脅威だが個体自体は通常よりも弱い」
なんたって腐りかけだしな。俺の言葉を聞いて、村長と自警団のおっさんは慌しく行動に移し始めた。…まだ、防衛体制を整えるには時間が掛かりそうだな。そのためにも俺らがここで気張る必要がある。
『ナナ。聞こえるか?』
『ハルト?どうかしたか?…篝火はそろそろつけ終わるぞ?』
『すまないが、篝火を付け終わったら、村の正面で防衛の指示を頼めるか?』
ナナは騎士団の知識がある。自警団を率いての指示もお手の物だろう。なにより、森の近くより村の正面の方が延焼する恐れが少ない。
『ああ、解かったよ。…二人は森側で戦闘かい?』
『今回の敵は
『…なかなか厄介なのが現れたものだね。正面の防衛は任せてくれ』
『無理はするなよ』
『ふふ。こっちの台詞さ』
ナナとの通話を止め、防壁の上から敵を見下ろす。もう大分近いところにまで迫って来ている。
「ハルト様、来ますわよ…!」
「ああ、メルルは大型の奴らを優先して仕留めてくれ。俺はいつも通り敵陣でかき回す…!」
俺とメルルは防壁から飛び降り、こちらに向かってくる死者に相対する。
「解かりました。それでは、開戦の合図として一撃行きますわよ」
メルルは腕を左右に開く。天空に向けた手の平には泉のように血が湧き出す。そして、逆再生するかの如く、宙に向かって血が滴る。辺りを包む夕暮れよりもなお赤い血の雫。一つ二つとその雫が別れ、無数の血の雫がメルルの周りを舞う。
メルルが血の滴る手で宙を撫でれば、まるで手品の如く、その軌跡に血の針が現れる。それに合わせて宙に浮いた血の雫も形を変え針となる。
「死の影の谷を歩む者に、闇の女神の祝福を賜らん…。
メルルが胸の前で手を合わせ、聖句と共に祈る。その祈りを合図として、血の針が空を裂くように撃ち出される。血の針が突き立った途端、アンデッドは糸が切れた操り人形の如く崩れ落ちた。
闇の女神の教会。…一般には女神の名前を取ってトリウィア教と呼ばれている。メルルが唱えたのはその教会の祈りの一節だ。
その祈りは形式的なものではなく、実際に死者を送る効果を持つ魔法の一種だ。葬儀の際には、修道士が死者の額に触れて、その一説を唱えるのだ。正しく死者が死ねるように…と。
「さすが…!もしかしてメルルだけで片が付く!?」
「無理に決まってますわ!貧血に成ってしまいます!」
泣き言を言ってメルルは片手剣を構える。…もちろん、メルルだけに任せるつもりは無い。俺もマチェットを抜いて風を纏う。
メルルに先んじるようにしてアンデッドの群れに飛び込む。こいつらは光魔法のせいで非常にタフだ。半端に痛めつけるのでは行動を止める事が出来ない。四肢や首を切るのが効果的だろう。…なんか俺、いつも首を斬っているな。これからは特技として自己紹介と共に話せるかもしれない。
「はい、ちょっと失礼しますね…!」
群れの中に飛び込み、片っ端から四肢を切り飛ばしていく。日本人が人混みを強引に移動するための特技、『すいません手刀タックル』。それのマチェット版だ。相手は死ぬ。
死にかけというだけあって反応がすこぶる鈍い。直線的に近づいても簡単に先制攻撃がとれる。正に捥ぎ放題じゃねぇか。
…唯一の注意点は、攻撃に殺意が無いことだな。一説では正しく死ぬために生者に群がるというが、あながち間違いなのではないのかもしれない。
「ハルト様…!大型が出てきましたよ!」
メルルが俺に向かって注意を飛ばす。見れば、森からは何匹かの追加が補充されている。
強靭な肉体を誇る樹木熊。強固な毛皮を纏うこいつ等にはメルルには少々荷が重いだろう。なにより、こいつらであれば防壁を破壊する可能性がある。ここで確実に止めなけらばならない。
「任せろ!俺が六文銭を叩きつけてやる!」
「ろくもん…?」
流石に六文銭は通じないか…。
俺は姿勢を低くし、風の如く樹木熊に向かって走り寄る。
眼前に現れた俺に向けて、樹木熊が剛爪を振るう。他の死者も巻き込むがお構い無しだ。そもそもこいつらは仲間意識など無い。単に正者を求めて群がっているに過ぎないのだ。
「クソ…!意外と、素早いな…」
鈍いのは反応だけであって、動き自体は生前とそう変わらない。むしろフェイントに引っかかってくれないから少々やりづらい。フィジカル任せに強引に暴れる
「メルル…!狼なんかの元が素早い奴は弱体化してるが、筋肉タイプは気を付けろ!強化されてるぞ!」
メルルに向かって注意を飛ばす。油断していると寝首を掻かれかねない。
「解かりましたわ…!他の死者は私に任せてくださいまし…!」
樹木熊の攻撃を避けながら、物は試しに腕を斬りつけるが、たいした深手を負わすことが出来ない。…硬質の毛を、さらに樹液で固める習性を持った熊だ。樹皮のような毛皮と表現されるのもよく解かる。
…こいつの毛皮…大して高く売れないんだよな。ヤニだらけの毛皮は洋服や絨毯には使えない。一応、松明にはなるらしいが…。
「くぅ…ナナがいれば一発なんだがな…」
コイツは火魔法で即効で火達磨になる。なんたって体中が
「ハルト様…。それは…村が火事になる可能性もありますので…」
…確かに狩人ギルドに講習では、緊急時以外に樹木熊に火を付けるのはご法度と習ったな。
樹木熊は執拗に俺を追いかけてくるが、その過程で他の死者も蹂躙していく。こいつ等に恐怖心が無いのも大きい。正常な精神ならこの状態の俺らに近づいてくることは無いだろう。
…これはこれで中々便利だな。俺が剣を振ることなく仕留める事ができる。俺は樹木熊の攻撃を他のアンデッドに誘導していく。
「これが…WINWINの関係…!?」
「ハルト様…器用な真似をしますね。…風で背後すらも見つめているから出来るのでしょうか」
確かに樹木熊の攻撃を見切りながら、他の個体の立ち居地も把握する必要がある。俺としては当たり前の感覚だが、他人にとっては厳しいだろう。
このまま樹木熊に頼ってもいいが、そろそろ他の樹木熊にも集られてしまう。そろそろ始末しなくては。
「ほら、お腹がすいているだろう?これでもお食べ!」
噛み付いてきた樹木熊の口に向かって剣を突き立てる。喉奥に俺の剣が刺さったというのに怯む気配が無い。そのまま樹木熊は豪腕を振るおうとする。
「ちょっとその腕お借りするぜぃ」
奴の腕に俺の脚を合わせる。たちまちその腕力で俺の体が吹き飛ぶように回転する。…剣を握った状態で。
俺ごと回転した剣によって、樹木熊の首が内側からくり貫かれる。そしてそのまま体重を乗せ、鈍い音と共に頚椎を断絶させる。
そのままもう一体の樹木熊を相手にしようと、すぐさま樹木熊だったものから剣を引き抜くが、残念ながらそちらは取られてしまったようだ。
「この子は私が貰いますわよ」
メルルが樹木熊の背中に飛び乗る。その手には片手剣を血で変形させた回転ノコギリが握られている。
「さぁ。お逝きなさい…」
高速回転させた刃を樹木熊の後ろ首に押し当てる。樹木熊は暴れるが、メルルは血の紐で樹木熊の背中に固定されており、振り落とされる気配は無い。それどころか、片足を回転刃の柄に掛け、体重をかけるようにして押し付けている。
強靭な毛皮を引き裂き、血肉が霧となって飛び散る。闇魔法の停滞が込められているのか、樹木熊の動きも途端に鈍くなっていく。
「というか…!なんかこっちに集まってくるんですけど!?」
闇属性の魔力が発露しているせいか、アンデッド共はメルルを無視して俺のほうに集まって来ている。…メルルの残酷な姿にビビッて俺のほうに向かってきてる訳じゃねえよな?
ぼやいてても仕方が無い。向かってくる者共を片っ端から処理していく。
「まるで博物館だな。ここまで複数種の生物が一堂に会するとはな…」
できれば正常な状態でお目にかかりたかった。流石にこの腐った体は剥製には出来ないだろうな。
森からの追加は落ち着いてきたが、完全に止んだわけではない。むしろ、樹木熊に引き続いて大型種が表れ始めている。
「まぁいるとは思ったけど、どうしたもんかな」
俺は、森から現れた存在にゆっくりと眼を向けた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます