第69話 芋引いてんじゃねぇぞ

◇芋引いてんじゃねぇぞ◇


「村の者には、連絡を回しました…。本当に危険な魔物がいるのですか…?」


 日が傾き始めた村の広場にて、野営の準備を始める俺らの元に村長が訪れた。俺らが不安を煽ったこともあるが、その表情は陰鬱としている。


「まだ、直近で危険が迫っているという訳では有りません。…ただ、危険な存在が森にいる可能性が高いという点も留意してください」


 村の中では、自警団の男達が、慌しく動き回っている。どうやら、倉庫の中から武器の類を引っ張り出しているようだ。


 埃を被った武器を見る限り、あまり訓練は積んでいない様だ。…戦力は余り期待できなさそうだな。


「やはり、夜警などをしたほうが良いのでしょうか…」


「いえ、今夜は私達で夜警に立ちますので、大丈夫です。その後は…調査次第ですね」


 まだ、森の異変は憶測でしかない。まずは原因を特定することが重要だ。内容によっては追加の人員をギルドに要請する必要もある。


 …あの狩人三人組…。…彼らが何かしらの情報を持って帰ってくれるだろうか…?


「彼らが帰ってきたら、とりあえず腹を割って話してみるか…」


 話してくれるだろうか…。俺、嫌われているみたいだからな。


「ハルト様。私が彼らから情報を引き出しましょうか…?」


 メルルが髪を耳にかけながら呟く。…色仕掛けか。確かにメルルやナナの美貌であれば、簡単に口を割るだろうが…。何か嫌だな。


「…流石に色仕掛けみたいなことを二人にやってもらうつもりは無いよ」


「いえ、色仕掛けではなく…ゼネルカーナ流の取調べ術を…」


 もしかして、拷問?…それはそれで問題だぞ。


「メルル。私達は狩人なのだから、余りそういったことはだな…」


 ナナがメルルに苦言を呈す。傭兵ならばそういった振る舞いも求められるが、狩人は逆にそういった無頼な振る舞いを嫌う。そういった気風の違いのせいもあって、狩人ギルドと傭兵ギルドは提携止まりなのだ。


「とりあえず彼らが帰ってきたら素直に聞いてみるよ」


「けれど…彼ら…遅くないかな…もう日が暮れるよ?」


「確かに、そうですわね…。単に森で野営をするつもりなら良いのですが…」


 そろそろ日も落ちる。村長の言葉を信じるのであれば、彼らは夕方には帰ってくると言っていた…。…森でくたばってないよな?


「少し、森の様子を見てくる…。…大丈夫だ。森の中には入らない」


「私達も行くよ。何かあったときに直ぐ動けるほうが良いだろう?」


 俺ら三人は装備を整え、村の端に向かう。態度の悪い奴らだったが、見殺しにするほど冷酷な人間になったつもりは無い。


 ナナとメルルに先んじて進み、その速度のまま防壁を駆け上る。


「ハルト。どうだい?何か見えるかな?」


 防壁の下からナナが呼びかける。残念ながら、目視では代わり映えの無い森の風景が続いているだけだ。…煮炊きの煙は見られないな。


「待ってくれ。今、風を伸ばしてる」


 流石に森を網羅できるほどの範囲に風は展開できない。彼らが、ここから風の届く範囲にいればよいのだが…。


 駄目もとで展開した風であったが、意外にも直ぐに彼らの出す音を捉えることができた。荒い呼吸音に足音、鎧の擦れる音はあの三人とみて間違いないだろう。彼らは森の中をこちらに向けて進んで来ている。


 …多量のおまけを引っ付けて。


「…!あの野郎共…!トレインしてきやがった!」


 追われてんなら撒いてから逃げて来い!アウレリアならともかく、ここは普通の村だぞ!?


「ナナ!メルル!緊急事態だ!あの狩人達が複数のを引き連れて村に向かってる!」


「なっ!?時間は!?」


「もう、森の手前まで来ている!ここから逸らすのは不可能だ!」


 空気を一気に寄せ集め、それを風とし歌劇場の如く村中に反響させる。


『狩人バルハルト・ルドクシアが告げる!現在、村の北方から多数の存在が進行している!総員警戒せよ!』


 村長には悪いが、俺のほうから村の全域に向かって指示を出す。


「ナナは村中に篝火を灯して回ってくれ。十中八九、夜に突入するぞ」


「承った。ついでに避難誘導もやっておくよ」


 俺の指示に、ナナは対応するべく即座に走り出した。


「メルルは逃げてくる狩人を俺と一緒に防壁のこちら側に引き上げるぞ」


「解かりましたわ。ちなみに敵の規模はどの様な感じでしょうか?」


「正直、いっぱいとしか言えないな。…しかも、妙に音が個々で異なる。聞いたことのないパターンだ」


 数えるのも困難な規模の群れ。しかも足音も異なれば、移動速度も歩幅も点でばらばらだ。


 その群れに追い立てられるようにして、森から三人の狩人が姿を現す。体中が泥まみれで息も絶え絶えだ。…三人とも髪に折れた小枝が刺さってる。そこまでジャガイモに寄せなくてもいいのに…。


「村に危険を招いたのは許せませんが…、あのような姿だと哀れに思ってしまいますわね」


 血の階段を登って、メルルも防壁の上に姿を現した。


『聞こえているか?そのまま真っ直ぐ進め。こっちで引き上げる』


 こちらに向かって逃走する三人組に向かって、手を振りながら声を送る。


「…!?たすっ…助け…!ぇて…!」


 希望の兆しが見えたためか、三人の走る速度が少しばかり早くなる。


「メルル。血魔法で縄を作って彼らを絡め取ってくれ。俺が引き上げる」


「ええ。任せてくださいまし。…行きますわよ」


 防壁の元にたどり着いた三人にメルルの血の縄が伸びる。メルル…。首じゃなくて腹の辺りに縄を巻いてやってくれ。死んでまう。


「早く…!引きっ…!上げて…!」


 三人が森の方を恐れるように見ながら、防壁の上の俺らに助けを求める。…丁度、森の中から追跡者たちも姿を現した。


 狼の魔獣、ワーグ。森や草原を根城とする優秀なハンターだ。しかし、その様子は通常とは大きくかけ離れている。捥げかけた四肢に剥がれた皮、風に乗って腐臭が鼻を掠める。


「おいおい。嘘だと言ってくれよ」


 ワーグの後に続き、一角兎アルミラージ、牙猪、花咲鹿などが森から現れる。そのどれもが生きているとは言いがたい形相だ。…凄いなこいつら。チェロ弾きのゴーシュでもここまで動物は集めないぞ。


死者の行軍デッドマンズウォーキング…!?」


 メルルが眼前の光景を見つめながら呟く。


 死者の行軍は、ゾンビやスケルトンの大量発生を指す現象の名称だ。奴らの恐ろしいところはその感染力。噛まれた程度では仲間入りすることは無いが、奴らに殺された死体はすぐさま奴らの一員となる。


 幸いにして、こちらには闇魔法の使えるメルルがいる。ゾンビなどのアンデットは、闇っぽい見た目をしているが、実際は活性を司る光属性を宿す存在だ。死体に宿る歪んだ光属性の魔法が、死してもなおその体を動かすのだ。


 そのため、奴らには対極の属性である闇属性の魔法が特攻となる。また、光属性の魔法も効果が無いわけではなく、死体に宿る光属性の歪みが正されるため、闇魔法と同様に特攻と言える効果がある。


「おい!無視しないで!助けて!」


 敵を見据える俺らに、防壁の下から声が掛かる。…呻きながら俺らに向かって手を伸ばすその姿は、さながら前世で見たゾンビゲーのようだ。…感染してないよね?


「…まずは、引き上げよう」


 芋掘りが如く、俺は縄を上に引っ張り上げた。


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