第68話 飛び出す動物の森
◇飛び出す動物の森◇
「…そもそも、彼らに何故依頼を?」
狩人ギルドに依頼を発注した時点で、その依頼はほぼ確実に受理される。たとえ今回、俺らが依頼を受けなかったとしても、他の誰かに強制的に狩人ギルドから受注の要請が出される。今回のように時間的制限がある依頼なら尚更だ。
金額が見合わなく放置される依頼は、どれも期限が存在しない物しかない。期限内に解決が求められる依頼は、狩人ギルドから最低料金の指定が入るのだ。
つまり、村長は焦って他の者に依頼を出す必要は無かったのだ。
「その…彼らは、商人の護衛として村に来たのだが…どうやら、解雇されたらしくて…」
滔々と村長が語り始める。聞くところによると、態度が悪く、怒った商人に現地解雇された彼らは、村人から村の畑が荒らされていることを聞きつけ、なかば押し売りの如く契約をしたのだとか。村長も、お金に困っている彼らをあまり無碍にできなかったらしい。
「村長…。そんな護衛を解雇された狩人に依頼をしちゃだめですよ…」
いくら押し売り気味に迫られたとしても、信用の無い者に仕事を任せてはいけない。
「…いや、面目ない…。彼らの働きを見て、なぜ解雇されたか実感したよ…」
村長は頭を掻きながらうな垂れる。彼らを雇ってから三日目であるが、昼に森の中に入り、夕方に手ぶらで村に帰ってくるしかしていないそうだ。
『…どうする?』
俺は村長に聞こえないように、声送りでナナとメルルに相談をする。
『そうだね…。彼らに依頼を譲っても良いのだけれども…、彼らで大丈夫かな?』
『その、講習で習いましたけど…、このような場合の定石は張り込みですよね?』
二人は三人組の腕前を心配している。このようなケースの場合、畑の荒らす個体の特定のため、基本的には畑に待ち伏せして仕留めるのが基本だ。
もしくは、以前俺がウロココウモリ相手にやったように、痕跡を追跡して
『…少し、様子を見よう。今夜は村に宿泊だ』
俺の決断にナナとメルルは無言で頷いてくれる。
「村長。こちらの依頼を破棄するかどうかは別として、今日はこの村に宿泊させていただけないでしょうか?」
「ええ、それは構いませんが…私の家には彼らを泊めておりますので…」
流石にあの三人と一緒の屋根の下に泊まるのは嫌だな。まぁどの道、畑の監視のために今夜は外に泊まるつもりだ。一定時間ごとに俺らが出入りしたら、泊まるお宅が迷惑だろう。
「ああ、村の片隅で野営しますからそこは問題ありません。では、少し畑のほうも見せてもらいますよ」
俺は被害のあった畑の位置を聞き出してから、村長のもとを離れる。…あの三人が気がかりだが、こちらもこちらである程度の調査を行っておこう。なんなら、彼らに情報を渡すのもいいかもしれない。
◇
「収穫作業のせいか…、痕跡が荒れてしまってるね」
ナナが畑の脇に座り込み、地面を観察しながら呟いた。今でも畑では農家の方が小麦を収穫している。前世では実家が農家であったが、小麦の栽培はしたことが無い。しかし、稲と似たようなものと考えれば、その大変さを想像することが出来る。
…メルルの回転ノコギリなら、一気に収穫ができそうだな。穂を纏めることができないが、そこは俺の風を使えば集積から脱穀まで出来るだろう。
俺は顔を上げて、森を見つめる。荒らされている畑の位置から、森のどの位置から出てきたかが類推できる。
「もう少し、森の近くを見てみるか。そこならば人の足跡で荒らされてはいないだろう」
三人で横並びになり、地面を観察しながら森の傍へと足を進める。進めば進むほど、畑を荒らすモノの正体が露わになっていく。
「ハルト様。…こちらには猪らしき足跡がありますわ。牙猪かしら」
「こっちには鹿の足跡があるよ…。大きさ的に花咲鹿かな」
「俺のほうは…兎だな。野兎か、
俺らの目の前の痕跡は、この森で起きている現象を如実に語っている。あまり、好ましいとは言えない状況だ。
「…もう少し、調査しよう。ここらの生態系なら…
俺らは手分けして、周囲を広範囲にわたって痕跡を調べる。ナナもメルルも、この状況に問題がある事に気付いている。
…畑を荒らすような草食獣は基本的に人里には下りてこない。わざわざテリトリーの外である人里に下りてこなくても、森の中に食料があるからだ。だが時折、群れから逸れたりした事でテリトリーを追い出された個体が人里に下りてくる。…今回の依頼もその線が濃厚であった。
しかし、足跡から判別するに複数種の生物が森から出て来ている。これから推測されるのは、強力な外敵が森に現れたということだ。森での生活が危ぶまれ、追い出されるように人里に下りてきたということだ。
「ハルト。すまないがこっちの足跡を見てもらえないかな?」
ナナから俺に声が掛かる。俺は足元に注意しながらナナのもとに歩み寄る。ナナの指し示す地面には、牙猪と比べても巨大な足跡が残っている。
「…
山火事や大規模な山崩れでもあれば別だが、空から確認した限りでは森の植物に異変は見られない。
「となると…やはり、何かしらの強力な存在が森に現れたということかな?」
「しかし、
俺の後に続いて来たメルルが、指を顎に当て足跡を見つめながら呟く。
「どうする…。三人組の後を追って森に入るかい?…失礼だがあの三人がこのことに気付いているとは思えない…」
「いや…、流石に俺でもこれだけ広大な森からあの三人を探すのは困難だ」
分かれてから随分時間がたっているため、恐らく風で音を拾える範囲に彼らは居ないだろう。広範囲を索敵しながら森の中を高速を飛び回れば見つかるかもしれないが…、森に居る存在を下手に刺激することは避けたい。
「まずは、調査結果を村長に報告しよう。…警戒が必要かもしれない」
彼らは、森に不審な存在は見られないと言っていたから、森を荒らす存在がいるのは奥地…。早々に人里に下りては来ないと思うが…、人を襲う存在の可能性もある。
俺らは畑を後にし、再び村長のもとに向かった。
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