第67話 ご契約は計画的に

◇ご契約は計画的に◇


「もう…行ってしまうのだな。もう少しゆっくりしていけば良いのに…」


「父上。申し訳ありませんが、これ以上休んでは腕が鈍ってしまいます」


 翌日、旅立つ俺らをナナや俺の家族が見送ってくれっている。テオドール卿は寂しそうに引き止めるが、当のナナは次の冒険に意欲的である。フーリッシュの街で長らく狩人家業を休止していた事も大きいだろう。


「兄ぃちゃ…。また帰って来てね…」


「ああ、もちろんだとも…!マジェア…!」


 寂しそうに呟くマジェアに俺の決心が揺らいでしまう。…ハンググライダーを使えば毎晩帰ってこれないかな…?


「余り無理しちゃだめですよ?ナナも、メルルちゃんも」


 レイシア夫人がナナとメルルに別れの抱擁をする。レイシア夫人はテオドール卿と比べて子離れができているが、流石に一泊しかしなかったためか、今回ばかりは別れを惜しんでいる。


「それでは、行ってきます。マジェア…、次ぎ戻るときには、また新しい冒険のお話をしてあげるからね」


 俺はハンググライダーのパーツを担ぎ、ナナとメルルと共に領館を後にした。



『ハルト。見えるかい?あの森の端に見えるのがカナイ村だよ』


 太陽を背にした空の旅。ナナの案内の元、ハンググライダーを操作する。カナイ村の位置は丁度、領都とアウレリアの中間当たりだろうか。半ば、森に食い込むようにして存在する村だ。


『中々、大きな村じゃないですか。…森側にはちゃんと防壁もありますね』


『ああ、丘陵を生かして石垣なんかもあるな。森に近いだけあって防衛設備はしっかりしているようだ』


 村の近くに着陸するようにハンググライダーを操りながら、村の様子を観察する。丸太を用いた、シンプルな防壁だが、森からの魔物の進入を防ぐように半円状に村を覆っている。反対側にはそういった防壁は無いが、村は街道と比べ高所に位置しているため、ちょっとした段差が壁の変わりとなっている。


『村の作りは中々のものだが…問題は畑が荒らされているんだったな』


『まぁ、畑は防壁の外だからな。…丁度今は収穫期か』


 村の手前の街道沿いの畑で、麦を刈り取る人々の姿が見える。そのため、ハンググライダーは街道を外れた森の縁へと向かわせている。森の切れ目辺りに着陸させれば、目撃されることも無いだろう。


 森の上でゆっくりと孤を描きながら高度を落としていく。ちらりと森の様子を確認するが、妙に静かだ。畑に魔物が出て来ているので、もっと騒がしいかと思ったのだが…。


 着陸するやいなや、二人がハンググライダーから飛び降りて背伸びをする。…ハンググライダーの弱点の一つだな。姿勢が余り変えられないので体が凝るのだ。


「さて、分解は二人に任せていいかな。俺はちょっと、森の様子を探ってみる」


「ああ、構わない。索敵は頼んだよ」


 ナナとメルルが右の翼と左の翼に分かれてハンググライダーの分解を始める。俺は風を森の奥へと伸ばし、広域を探索する。


 …静かな森だ。何かしらの騒動が起きているとは思えないが…、この静けさが逆に異変の証なのかもしれない。


 単なるはぐれの獣や魔獣が人里に下りてきたという話で終わればいいのだが…。



「あら、坊やたちどうしたんだい?」


 第一村人との接触である。村の入り口に着くやいなや、農作業をしていたおばちゃんが話しかけてきたのだ。


 他所者の俺たちを多少怪しむ素振りを見せるが、意外と好意的な感触だ。こういうときは若い見目のほうが有利だ。力不足に見られがちだが、威圧を与えない分警戒されずにすむ。


「自分たちは依頼を受けた狩人です。村長はどちらにいらっしゃいますか?」


「ああ…。狩人さんか…。村長は村の奥の広場に面した家に居るはずだよ。ただねぇ…」


 おばちゃんは妙に口ごもる。不審に思いながらも、道を聞きだした俺たちは村の奥へと脚を運ぶ。


「…どこか、妙な反応でしたわね」


「おいおい、もしかしてこの依頼訳有りか?」


 俺は嫌な予感に頭を悩ます。そういった類もギルドでは注意勧告を行っている。危険度を多少偽っての依頼ならまだしも、中には盗賊村のような場所も有りうるそうだ。


「訳有りにしては、村人の様子はそこまでおかしくは無いようだけど…」


 ナナが周囲を見渡しながら呟く。確かに村の様子は至って平穏だ。女子供も平然と出歩いている。危険な魔物の影に脅えてるようには見えないし、盗賊の集団とも思えない。


「あぁ…俺、あのおばちゃんの反応の理由がわかったかも」


「…?ハルト。何か聞こえたのかい?」


「相変わらず、ハルト様の魔法には脱帽しますわね」


 嫌な予感がしたあたりで、村の内部へと風を送り込んでいる。俺は風にて中央の広場で言い争うような声を捉えていた。…危険な事態では無さそうだが、面倒臭そうな事態がおこっている。


「まぁ、広場に向かおうか。何故だか知らんが同業者がいるぞ」


 三人で村の広場に向かって歩く。広場が見える位置にも来れば、ナナやメルルの耳にも俺の捉えていた声が聞こえ始める。


「だぁかぁらぁ!見て回ったけど特に魔物はいなかったって言ってんだろ!早く依頼料をくれよ!」


「そのな…昨晩も畑が荒らされていたのだ…居ないということは考えがたいのだが…」


「もう三日も森を見回ってんだぜ?それで変なとこが無いんだからそれでいいだろ」


「流石に、解決していないのに依頼料を払うのは…」


 村長らしきおじさんに、三人の狩人らしき人間がわめき散らしている。内容からして、俺らと同じ案件のようではあるが…。


 足を止めることなく、言い争う四人に向かって足を進める。俺らに気が付いた狩人三人組は睨むようにしてこちらを見る。…若い狩人だ。俺らと同じ年頃だろう。


「んだよてめぇら…」


 …ガラ悪過ぎない?スラム育ちのアルバちゃんだってもうちょっと挨拶ができたぞ。


「村長さんですか?自分たちは狩人ギルドから依頼を受けてきたのですが…」


 三人を無視して村長らしき人に話しかける。


「あぁ…間に合いませんでしたか…その…依頼の件なのですが…」


「おい!待てよ!依頼はもう俺らが受けたんだぞ!」


「こっちはもう三日もやってるんだ!後から来て何言ってやがる!…第一ガキと女しかいねぇじゃねぇか!」


 推定村長の言葉を遮るように狩人達が騒ぐ。…ガキってお前らも同じ年頃だろ。


 うるさいので風壁の術を軽く張り、こちらに届く三人の狩人の声量を落とす。不自然な声量の低下に推定村長は驚くものの、俺に向かって言葉を続ける。


「その、村に来た彼らに解決をお願いしたので、ギルドには依頼の撤回の手紙を出したのですが…お越しになられたってことは…」


 …二重依頼か。これは推定村長のミスだ。依頼を出しているのであれば、他に狩人を雇うべきではない。両方に依頼料を払うつもりならば問題は無いのだが…。


「恐らくはすれ違いですね。俺が受注した頃にはまだ、撤回の手紙が届いていなかったのでしょう」


「あぁ…そうですか…」


 村長は落胆した様子で三人の狩人を見る。その視線を受けた三人組の狩人の一人、恐らくリーダーの茶髪の少年は、焦ったように懐から書類を取り出し、それを俺と推定村長の目前に突きつけた。


「こっちだって正式な契約を交わしたんだ!払わないなんて言わせねぇからな!」


 見たところギルドを通さない契約ではあるが、一応は正式な契約書だ。こちらに関しても村長は支払う義務を負う。…しかし、不備のある契約書だ。


「…完了条件が不明確ですね。これでは何をもって解決とするのかが村長の匙加減で変わってしまいます」


「…なっ!」


 俺の言葉を聞いて茶髪の少年は手に持った契約書を自分で見返す。そして、顔を真っ赤にして、何故だか知らんが俺を睨む。


「クソ…!でけぇ獲物狩ってくりゃ文句はねぇだろ!お前らは手出しすんじゃねぇぞ!」


 茶髪の少年は唾を吐き捨てると、二人を引き連れて森の方へと去っていく。…何故だか知らんが目の敵にされている。二重依頼自体は村長のミスなので、恨まれる謂れは無いのだが…。


 …美女を二人も連れているからか?確かに茶髪の少年はそこそこ顔が整っていたが、お連れの二人の少年はジャガイモ顔だ。こちらは両手に花だが、向こうはシャドークイーンとデストロイヤー。…多少の妬みは甘んじよう。


「村長…でいいんですよね?彼らにはあのように言いましたが、客観的に見て明らかに問題を解決したとなれば、支払い義務が生じますよ?」


 あの契約書は、村長と茶髪の少年の個人契約書ではない。村長とギルド構成員の契約書だ。履行に関してはギルドが出張ってくる。


「ええ…村長であっております。…あなた方への依頼はどの様な扱いになるのでしょうか…?」


 村長は弱々しく俺に尋ねる。狩人ギルドに発注をする段階で説明はされている筈だが、そこまで深くは覚えていないのだろう。


「ギルドを間に挟んでいますので、たとえ俺たちが認めたとしても依頼を無かったことにはできません。問題の解決を彼らに頼むのであれば、俺らのほうは依頼者の都合による依頼破棄になりますので、発注時に支払った預かり金は返金されることはありません」


 村長が余計な出費をしてしまうことはほぼ確定している。…あの三人組の契約の場合、俺らが依頼を解決してしまえば、支払う義務がなくなるのだが、それはそれで問題だ。悪質な依頼条件だとしてギルドに睨まれる事になる。村長と…そんな依頼を契約してしまったあの三人組が。


 俺の言葉を聞いて、村長は再び深いため息を付いた。


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