第66話 ソードアンドシールド
◇ソードアンドシールド◇
「ハルト。もっと拍子を意識して。相手に合わせてこの拍子を瞬時に変化させるんだ」
物資の購入を済ませ、領館に戻った俺たちは、今度は訓練場の一画に集まっていた。父さんから俺に半ば強制的な訓練のお誘いがあったのだ。俺が訓練するならば折角だからと、ナナもメルルも近くで訓練を積んでいる。
因みに父さんは、ストゥーピド領からは早々に戻っていたらしい。…つまりは、騎士団の規制をすり抜けたということだ。いくら身軽な単身とはいえ、精鋭と言われる騎士団をものともしない手腕には脱帽である。
「そうそう、まず重要なのは相手のリズムを読むこと。剣の舞だけでなく、僕らの剣術はそこから始まる」
俺と父さんは相対して、剣の舞のミラーマッチを行っている。どうやら、ストゥーピド領にて見せた俺の剣の舞にご立腹らしい。父さん曰く力任せに舞っているらしい。確かに父さんの剣の舞と比べると、俺の舞はよさこい踊りやハカのような力強さを孕んでいる。
…相対することで父さんの剣の舞の凄さが解かる。木剣での訓練なので斬れることは無いのだが、それでも当たれば怪我をする。しかし、父さんの場合、斬りかかっても怪我を負わすことができないのだ。
「まずは、リズムを読んで相手の流れに乗る。力に逆らわなければ傷を負うこともない」
「そうだね。そこはあの四つ腕の彼を相手に良くできてはいたけど…まだちょっと拙いかな」
相手の動きに完全に同調をすれば、その剣が身を裂くことはない。…それこそ父さんは俺の剣にその肌を時折触れさせている。しかし、相対速度が完全にゼロであるため、たとえこの剣が真剣であっても斬ることは適わないだろう。
「いいかい?相手の動きに乗ることができれば、その攻撃は止まっているとも同じ。そしてその流れに、自分の流れを少しばかり上乗せしてあげれば…、その静止した世界で自分だけが動くことができる」
父さんの木剣が俺の脇を軽く撫でる。そこに注意が向いた瞬間、剣の背で膝の後ろを押さえられ、仰向けに倒されてしまう。…魔法の発動のための剣の舞であるが、その剣の舞で仕留められてしまった。単純に剣の舞自体が剣の型として優秀なのもあるが…正直いって悔しい。
「くぅう…。やっぱりまだ父さんには敵わないか…」
「まぁ、剣の舞同士の戦いなら流石にね。…さっきは力任せと言ったけど、その力も上手く使えればもっとハルトは上手く舞えるはずだよ。単発で力任せの剣戟を繰り出すのではなく、もっと流れを意識して、相手の流れをコントロールするために力を使ってごらん?」
俺は仰向けの状態から、跳ね起きる。再度、父さんと相対しようとしたが、こちらを眺めるナナに気がついた。
「どうした?何かあったか?」
「いや…、二人の剣戟が見ごたえ有ることもあるが…、あのハルトが簡単に負けているのが新鮮でな…」
恥ずかしいところを見られてしまった…。できれば見ないでいて欲しかった。
「メルルを放っておいていいのかよ。一応、ナナが教えるんだろ?」
「なに、今は基本的な型の素振りをやってもらっているよ。あまり、多く詰め込んでも変な癖がついてしまうしね」
メルルは魔法を用いない近接戦闘を学びたいとのことで、現在、絶賛練習中だ。一応、ゼネルカーナ家仕込みの護身術…というより暗殺術は修めているそうで、体力的にも問題は無い。
因みに、メルルが選んだのは円い小盾と片手剣のスタイルだ。初心者でもそこそこ扱い易く、リーチという強みもある槍も選択肢に挙がったが、メルルの目的が咄嗟の接敵などに即座に対応できる防御よりの戦闘技能とのことなので、このスタイルになったのだ。
「ナナを疑うわけではないのだが…、ちゃんと教えられそうか?ナナのメインは大剣だろ?」
「まぁ…確かに私も半人前だからな。しかし、メルルも少々特殊なのだ。あれは基礎以降は自身で組み立てるしかないぞ?」
「…特殊?」
俺の疑問に答えるためにナナが素振りをしていたメルルに声を掛ける。
「あら、お三方。何かありましたの?」
玉の汗を滴らせ、白い肌が程よく上気したメルルがやってくる。汗を掻いているからか、普段と比べ俺との距離が遠い。…まぁ風魔法使いには関係はないのだが、流石に女性の匂いをこっそりと嗅ぐ非紳士的な振る舞いはしない。というか父さんにばれる。
「メルル。先ほどの血を混ぜた剣術を披露してくれないかな?ヴィニア殿も助言があれば頂きたいのですが…」
ナナの言葉を聞いて、メルルが解かりましたと言い剣を構える。構えると同時に、メルルの手首から自然と血が流れ、剣に纏わり着いていく。
「ふっ…!」
片手剣の、恐らくは基本的な斬撃。しかし、通常とは異なりその剣には血がついている。剣が空中にて孤を描く。そして、剣先が前方に向かった瞬間、その剣身が血により伸びたのだ。
斬り下げ、斬り払い、突き。そのどれもが纏わり着いた血により、瞬間的に剣身を伸ばすのだ。
「ずるくない…?」
思わず声が出てしまう。間合いの読み合いは近接戦闘で非常に重要な要素だ。それを狂わせる技能はかなり厄介だ。
「それと、こういったこともできますわ」
そう言ってメルルは、片手の小盾を剣先に取り付けた。小盾と片手剣にはそういった機構は無いのだが、纏わり着いた血によりくっついたのだ。そして、小盾の縁には、懐から取り出した矢じり程の大きさの複数の刃が血により接続され並んでいる。
小さな刃が、チェンソーの如く一斉に円盾の縁に沿って回転し始める。その刃を地面に接触させれば、瞬く間に踏み固められた地面を削り取っていく。
「一応、全てを血で賄うこともできますが、こうやって剣と盾を媒体にしたほうが、使う血も少なくてすむので、瞬時に生成できますわ」
物騒な物を担いで、メルルが微笑んだ。これは、ドリルとかも教えたほうがいいだろうか…。
「うん。メルルお嬢様は、随分特殊な剣術が可能だね。…僕から言えるアドバイスとしては、人が相手の場合、剣身を伸ばすのはここぞという時に絞るべきってことかな。かなり優秀な不意打ちになるよ」
父さんが感心しながらも助言をする。間合いを伸ばすような技能は俺や父さんのようなスタイルには特に刺さるだろう。…回転ノコギリも硬い魔物などには有効だろうな。意外と侮れない。
「メルル。親族の中に近接戦闘を行う人はいないのか?その人のスタイルを真似をするってのも手だが」
「…残念ながら、皆血魔法一辺倒ですの。そもそも、戦いに身を置く者もそう多くないので…」
…メインウェポンは血魔法だが、折角鍛えるのだから、近接戦闘もちゃんとした形に仕上げたほうが良いだろう。
「アウレリアに行ったら、その辺も調べてみるか。魔法剣士であるエイヴェリーさんからも助言がもらえるかもしれない」
「そうですわね。それまでは片手剣の基礎を積んでいきますわ」
そういって、メルルはナナと共に基礎の素振りに戻っていく。…エイヴェリーさんは俺のような魔法ありきの剣術を珍しいと言っていたな。いい師が見つかればよいのだが…。
「それじゃ父さん。俺らも、もう一戦いこうか」
俺は汗をぬぐい、父さんに相対する。こうして、俺たちの訓練は晩餐の時間まで続いた。
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