青年期02

第65話 パンはいいからお菓子を食わせろ

◇パンはいいからお菓子を食わせろ◇


「はい。依頼の完了を確認いたしました。長期の依頼、お疲れ様です」


 空の旅を経て、ネルカトル領に帰還した俺たち三人組ではあるが、家族の挨拶もそこそこにして、狩人ギルドに顔を出している。依頼の完了報告と、長らく離れていたため軽く情報収集を行う予定だ。


 ちなみに、俺の家族はまだ領主家にお世話になっている。事件は解決したものの、暫くは様子を見るそうだ。…レイシア夫人の何かを企むような気配を感じたが、気のせいだと信じたい。


「モアさん。俺らが離れている間に何か変わったことってありますか?」


 受付嬢のモアさんに情報を求める。朝夕の忙しい時間帯でなければ、ギルドの職員はちゃんと相談に乗ってくれる。中には依頼の選別まで受付嬢にお願いする人も存在する。もちろん、塩漬けの割の良くない依頼を回されることもあるが、大抵は身の丈にあった依頼を見繕ってくれる。


「そうねぇ…。狩場も依頼も、時期による変化以外は特にこれといったことは…。あぁ、そうそう。大通りの菓子店が新作を発表したそうよ?中々の人気らしいわ」


 モアさんは頬に指を当て、首を傾げながら呟いた。菓子店のくだりは俺の後ろの二人に向かって言ったのだろう。ナナとメルルのテンションが、僅かに向上するのを感じる。


「となると、この後はその菓子店へスイーツハントですね。売り切れてないといいのですが…」


 俺は菓子店に赴くことを、間接的に二人に伝える。どの道、俺が言い出さなくても、二人のどちらかから案が挙がることだろう。


「…仕事で買いに行けないお姉さんに、ちょっとぐらい差し入れをしてくれる殊勝な狩人がいてもいいと思わないかしら?」


 モアさんがちょっと不貞腐れて素の表情を見せる。だが、俺は知っている。モアさんは他の狩人からも貢物をちょくちょく貰っていると…。彼女の皮下脂肪を増やさないためにも、俺は心を鬼にしなくては。


「それでは、ちょっと掲示板を見てきます。なにかあったら、またご相談お願いします」


「…お菓子……」


 冷たい視線を無視して掲示板の元に向かう。流石にモアさんも、そうしつこくはお菓子を要求はしない。すれば支部長からこっぴどくお叱りが飛んで来るだろう。


「ざっと見た感じ、そう目新しいのは無いか」


「ああ。そのようだな。…相変わらず、領都は行商の護衛などが多い。…メルルは対人経験が積めるほうが良いのだろうか?」


「いえ、別にそこに拘ってはおりません。強いて言えば採集系よりも討伐系といった感じですかね」


 人でも魔物でも戦闘経験を積めるならかまわないということか…。といっても、俺としては人との斬った張ったは暫く遠慮したい。…そうなると魔物の討伐系をチョイスしたいのだが、領都にはその手の依頼が少ない。やはりここは河岸を変えるべきか…。


「どうする?アウレリアに戻るか?今までは二人だから手を引いてた依頼も、三人なら受けられるだろう」


 辺境都市アウレリアでは、俺らに見合うような依頼も多い。それに呼び出される形で戻ったため、未だにあの都市で積める経験を全て積んだとは言えない。なにより、あの都市に行けば、俺のマチェットのメンテナンスも安心して行える。


「そうだな。それが一番無難であろうな…。あの乗り物があれば、もっと遠方の街などにも赴けるだろうが…」


「ここらで一番の狩場がアウレリアですからねぇ。わざわざ他の街にいく利点が少ないですわ」


 となると、モアさんに移籍届けを作製してもらうか。…お菓子をスルーした手前、頼みづらいな…。


 俺はなるべくモアさんの顔を見ないようにして、再度受け付けに足を運んだ。


「あら、菓子店に向かった様子は無いけど、何か用かしら?」


「…移籍届けをお願いします」


「…もう領都出て行っちゃうの?寂しいじゃない…。領都の優秀な子達は、皆アウレリアに流れちゃうのよねぇ…」


 モアさんはため息をつきながらも、慣れた手つきで移籍届けを作製していく。


「はい。こちらが転移届けになります。…それと、斡旋なのだけれども道中でこの依頼はいかが?」


 転移届けに合わせて、カウンターの上に、一枚の依頼書が提示される。…道中の依頼か…、ハンググライダーで向かう予定だから、道中のついでとは言いがたいが…。


「ハルト。まずは依頼の内容を確認してみようじゃないか」


 俺の脇からナナが顔を出して、依頼書を覗き込む。俺も合わせて、その依頼書に目を通した。


「カナイ村…。すまん、ナナ。場所はわかるか?」


「アウレリアより、少々手前にある村だな。…前にウロココウモリを討伐した村があるだろう?その更に手前を西に向かうとある村だよ」


 内容は、そのカナイ村にて畑を荒らす魔物の調査。可能であればその討伐か…。


「どうする?道中といえば道中だが…。…あえて言うが、恐らくアウレリアに行けば、もっと割りの良い依頼がある。その村でわざわざ足を止める必要も無いわけだが…」


 俺はあえてネガティブな意見を言う。モアさんは道中のついでと言っていたが、この村に寄ることなく、早めにアウレリアに向かったほうが、金銭的にはお得だろう。


「まぁ、良いじゃありませんか。急く理由も有りませんし」


「ええ。受けていただけるとギルドも大変助かります。カナイ村は、アウレリアが近い分、このような依頼を受ける方が少なくて…」


 メルルの肯定的な意見に、ここぞとばかりモアさんが乗っかってくる。…金銭的には旨みが少ないが、ギルドからの貢献度は稼ぐことができるだろう。


「ハルト。私もできれば受けたいな。ここで私達が受けなければ、この村は困ることになるだろう…?」


 ナナもメルルも依頼には肯定的だ。モアさんが無言の笑みで俺の手元に依頼書を差し出してくる。俺は依頼内容を再度確認をしてから備え付けの羽ペンでサインを記入した。


「はい。受注ありがとうございます。もちろん報告はアウレリアのギルドにして頂ければ問題ありませんので」


 モアさんは上機嫌で依頼書を受け取った。…この調子ならお菓子を差し入れる必要は無いな。


「それじゃ、二人とも物資を買いに行こう。念のため村に何泊かするつもりで揃えようか」


「まぁ待てハルト。それよりも先に重要なことを済ませに行こうじゃないか」


 ナナが俺の右腕を掴む。


「えぇ。ハルト様も売り切れる可能性があると仰っていたじゃありませんか」


 続いてメルルが俺の左腕を掴む。


 二人してスイーツハントへのお誘いをかけてくる。…せめて、ギルドを出てから言って欲しかった。


 俺の背中には、モアさんの恨めしそうな視線が突き刺さっていた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る