第64話 次の冒険へ

◇次の冒険へ◇


「ハルティ…なんでローブなんか羽織ってるんだ…?」


 アルバが不思議そうに俺を見る。季節はもう夏になる。太陽のローブを羽織るには少々不自然な気温だ。…しかし、ローブの下は女装ではないため脱ぐことはできない。アルバに男とばれるわけにはいかないのだ。


 あの倉庫での一幕から半月近くの時が経った。現在では傷も癒え、騎士団の規制も解かれたため、俺らは別れの時を迎えている。


「…アルバ。結局はゼネルカーナ家の孤児院にしたんだな」


「ああ。何でも魔法の訓練も受けさせてくれるらしいしな…!見てろよ…!立派な魔法使いになるからよ…!」


 アルバは眩しいほどの笑顔を向けて言い放った。…俺の視界には、アルバの後ろで微笑むルナさんの姿が見えている…。アルバとは対照的に余りにもおぞましい笑みだ。


 …まさか、ルナさんが訓練するつもりなのか…?大丈夫だよね?次に会った時には感情を殺した暗殺者になってないよね…?


「ハルト様、ご安心下さいまし。ルナはああ見えて子供が好きでございます。ゴルムのようなことにはなりません」


 俺の不安に感づいたのだろう。メルルが小声で俺に耳打ちした。…子供好きか…。何だろう、それはそれで妙な胸騒ぎがする…。俺の中のゴーストが警戒しろと囁いている。


 そしてゴルムさんはどんな事になってしまっているのだろう…。初対面の時には、ルナさんに訓練の追加を言い渡されて感情の死んだ顔になっていたが…。


「アルバ。もしゼネルカーナ領の孤児院で何かあれば、ネルカトル領に出向くとよい。私が話を付けておこう。ネルカトルの民は勇気を尊ぶ。アルバにも向いているだろう」


 ナナがアルバの頭を撫でながら勧誘をしている。どうやら、俺の見ていないところで、いつの間にか仲良くなっていたようだ。


「それじゃ…!三人とも、また今度な!…手紙出してくれよな!」


 そう言ってアルバはゼネルカーナの諜報員に引き連れられていった。アルバが見えないほど遠くに行ってから、俺はローブを脱いだ。


「ハルト。とうとう女装の件を打ち明けなかったな…。このまま女の子で通すつもりかい?」


 …言うな。男であることを打ち明けるのは、最低でも胸を触ったことを忘れた頃合じゃないとまずい。…この秘密は漏らすわけにはいかないな…。待ってろ墓場。お前のとこまで持っていくからな。


 俺は、アルバの消えた方向から視線を切り、ナナとメルルに向き合った。


「それで、メルルは俺らに着いて来るのでいいんだな?」


 俺は、最後の確認のつもりでメルルに尋ねた。当初、メルルが妖精の首飾りに加入するのは今回の依頼に限っての話であった。しかし、商会で療養をする間に、もっと妖精の首飾りとして活動をしたいと、メルルのほうから打診があったのだ。


「ええ、よろしくお願いいたします。…今回の件で、私の実戦経験の無さが露呈しましたので…これを機に鍛えなおしたいのです」


 …俺はチラリとルナさんに視線を向ける。メルルの正式な加入の話が挙がった時点で、こっそりとルナさんに相談をした。ルナさんはメルルの加入に反対していると思ったからだ。


 実戦経験であれば、何も俺らと行動を共にしなくても積む事はできる。貴族子女のメルルが狩人として活動をすること認めるはずが無いだろうと…。


 ところが、ルナさんはメルルの加入には賛成の意を表していた。すでにゼネルカーナ家にも手紙も認めており、了承の返事も貰っているらしい。


 聞くところによると、ゼネルカーナ家としてもなんら問題が無いそうだ。むしろ、見聞を広げるためのまたと無い機会だと好意的に捉えている。


 もちろん、反対意見も有ったそうだが、ゼネルカーナ家の実質的な支配者であるメルルのご母堂が認めたことで反対意見は沈静化した。彼女は名より実を取る性格の女傑で、領主であるメルルの父親も表立って反対できないのだとか…。


 俺の周りの貴族家は随分と奔放な家が多いな。…それとも、俺の認識が間違っていて、これが普通なのだろうか…。


 ルナさんから目線を戻し、再度ナナとメルルを見つめる。二人とも、これからの計画を楽しそうに話している。…一度は、ゼネルカーナ家に赴いたほうがいいのだろうか…。メルルの父親がテオドール卿みたいな人だったら嫌だな…。


「ハルト。ネルカトル領に戻るのは、例のアレを使うのだろう?」


 ナナが俺に尋ねてくる。どうやら、自身の味わった感動をメルルにも味合わせてあげたいようだ。


「ああ、俺は先に街を出て準備をしているから、荷物を持って着てくれ」


 俺は分解された部品を担いで、街の外へと足を向けた。



「…これがナナの言っていた乗り物ですの?」


 メルルがハンググライダーを見ながら呟いた。胡散臭そうな物を見るような眼差しだ。確かにハンドメイド感の溢れる代物ではあるが、その性能は折り紙つきだ。


 商館で過ごす半月の間は、何もだらだらと暇に過ごしていたわけではない。俺は二人乗りのハンググライダーを三人乗りに改造していたのだ。三人で乗るには、強度や浮力に少々の不安があるが、そこはメルルの血魔術にて補助をする予定だ。


「さぁ、メルル。以前説明したように血魔法を展開してくれ」


 ナナとメルルを搭乗させ、血魔法を各部に施してもらう。血魔法のおかげで、翼のサイズも大分大きくなる。


 細部の調整を行ったところで、俺も搭乗する。


「さあ、行くぞ。二人ともゴーグルはつけたな?」


「ああ…!問題ない。さあ、ハルト。飛び立ってくれ…!」


 久々の飛行が楽しみなのだろう。ナナが興奮気味に言い放つ。


 風を操り、機体に浮力を発生させる。離陸が一番気合の要る箇所だ。特に前回からは重量も増えているから尚更だ。…思う分には問題ないが、重量が増えただとか重いだとかは口に出すのは厳禁だ。酷い目にあう。


『嘘…!?本当に飛びましたわ…!?』


『なんだ、メルル。私の言っていたことを信じてなかったのか?』


 俺の上で二人が騒いでいる。その間にもハンググライダーは高度を上げていっている。既に高さは、地平線を望めるほどに上昇している。


『さあ、高度は十分だ。ネルカトル領に向けて舵を取るぞ』


 ハンググライダーを旋回して、眼下の街道をなぞる様に宙を滑らしていく。


『…まさしく、鳥の如くの速度で移動していますのね』


 メルルが神妙な口調で呟いた。対比物が近くに無いため、飛行中の速度は解かりづらいが、前方の街道に見えた馬車が、後方に過ぎ去っていくのを見て、ハンググライダーの速さを感じ取ったのだろう。


 …因みに、ナナは少々うるさいくらいに騒いでいるので、魔法で伝わる音量をちょっと下げた。


『ハルト様、この移動方法は風魔法使いなら誰でもできるのでしょうか?』


『どうだろうな。…俺には普通の風魔法使いの感覚が解からない。周囲の風の掌握ができるのであれば、問題ないだろうが…この感覚はハーフリングの特性によると聞く』


『ハルト。普段のハルトの使う魔法を基準に考えるのであれば、平地人には不可能だ。平地人はそこまで巧みに魔法を使えない』


 ナナも落ち着いてきたのか会話に参加してきた。普段の俺が使う魔法か。確かにそれぐらいできなければ、ハンググライダーの飛行は不可能だ。この間にも。平然と会話をしているが、かなり細かく風の制御をしている。


 ハンググライダー自体の性能が向上すれば、ここまですることも無いのだろうが、それはもう少し未来の話となるだろう。


『そうですね。平地人の中にも魔法種族に迫るほどの才を持つと評される者はいますが…、それは大抵、出力の話です。複雑な制御が必要と言うのであれば、少々難しいですね…』


『まぁ、ハーフリングなら、少々の訓練で飛べると思うぞ。俺も、折を見て父さんにはハンググライダーを見せるつもりだし…』


 絶対に母さんも乗せろと騒ぐから、見せるタイミングは注意する必要がある。…二号機を作ってからにするかな。下手したらこのハンググライダーを取り上げられかねない。


『なるほど…ハーフリングであれば、可能と…。…まずは領内にハーフリングを誘致せねば…。ハルト様は、一族の御曹司な分けですし…御旗になっていただければ…』


 メルルから、少々不穏な単語が漏れ出ている。言っておくが、早々に飛行のアドバンテージを他に渡すつもりは無いぞ…。


 まぁ…ただ、ハーフリングの飛行運送店なんかを開くのであれば、少しは協力してもいいかもしれない。なんだかんだで俺にも同胞の活躍は見てみたい。


『メルル。折角飛んでいるのだから、そんなことばかりを考えていないで、飛翔を楽しんだらどうだい?今、空は私達の物だぞ?』


 ナナにそう言われて、メルルは周囲を見渡す。青空と、緑の大地はどこまでも続いている。


『見聞を広めるための旅ではありますが…、まさか物理的に広げられるとは思いませんでしたわ』


 そう言って、メルルの顔は歳相応にほころんだ。


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