第63話 カーデイルの亡霊

◇カーデイルの亡霊◇


「それで、ルナ。そちらは上手くいきましたの?」


 アルバをゼネルカーナ家の人に預け、俺ら三人は商会の拠点に戻り、治療と平行して報告会だ。…俺の後ろではナナとメルルが服を脱いで治療を受けている。もちろん俺も治療のために、下着一丁になっている。お互い背中を向けて服を脱いでいるのだ。


 …二人とも。チラチラとこちらを見てるの解かってんだからな…。何で解かるのかって?そりゃぁ風を極薄で展開しているからな。


「滞りなく。証拠となる書類を確保しました。王国騎士団にも伝令を飛ばしてあります。既に先遣隊にて街道の閉鎖が始められています」


 随分と早いな。王府側も連携して行動を起していたのだろう…。


「てことは、俺らの依頼も終了ということか」


 王国騎士団が出張ってくるのであれば、不用意に行動するわけにもいかない。…ピザの配達にでも戻るか?騎士団の連中をピザ漬けにしてみようか…。


「そうですわね。…街道が封鎖されていることもありますし、ハルト様とナナは暫くはここで療養してくださいまし。…大人しくしていて下さいね?」


「うぐ…。外出はできない感じか…」


「ハルト…。これから街は更に騒がしくなるだろうし、あまり出歩くべきではないぞ…」


 これからは街を封鎖しての逮捕劇が繰り広げられる。たしかに暢気に散歩をするわけにはいかないな。


「ルナ殿、結局ピスハンド商会はどうのような悪事に手を染めていたのか、聞くことは叶うのだろうか?」


 ナナがルナさんに尋ねる。依頼を越えた過度の深入りはご法度だが、敵方の目的程度であれば問題あるまい。


「…お嬢様。こちらが報告書になります」


 ナナの質問を受けて、ルナさんが報告書をメルルに渡す。俺らに伝える情報はメルルが吟味すると言うことだろう。


「…どれどれ、少しお時間を頂きますね」


 メルルが報告書に目を通していく。相変わらずの速読だが、その目が報告書の一部で止まる。


「これは…随分、厄介なのが噛んでいましたね…。ルナ。情報の確度はどの程度で?」


「複数の捕虜から出た情報ですので、間違いはないかと…。事前に口裏を合わせた可能性もありますが、わざわざ偽る意味がありません」


「…なるほど。ピスハンド商会の紋もこの流れでしたか…」


 メルルとルナさんが不穏なことを言い合う。さらに大物の貴族が噛んでいたのだろうか…?


「メルル。…俺も情報は欲しいんだが…」


 俺は着物を着ながら、後ろを振り返る。もちろん、女性陣も既に服は着ている。着ていなければ、騎士団に引き渡される罪人が一人増えることになってしまう。


「ハルト様。この紋を見てくださいまし。ピスハンド商会の紋でございます」


 メルルは報告書の束から一枚の紙を抜き取り、俺の眼前にかざす。そこには手足の生えた蛇が描かれていた。


「…たしか、下級の竜種だったけ?ピスハンドって?」


 魔物大全にて記載があったはずだ。亜竜種の一つであり、低級であるが故、倒してもドラゴンスレイヤーとしては認められない。性格は比較的温厚であり、むしろ富を齎すものとして一部では信仰されている。


「ハルト。よく知っているな。めったに見る魔物では無いだろうに」


 魔物大全は俺の愛読書だ。ゲームの設定資料集のようで、めちゃくちゃ面白い。それでなくとも男の子は図鑑が好きなことが多い。俺なんか小学校の読書感想文で図鑑を取り上げたことがあるぞ。


「それでは次にこちらをご覧下さい」


 メルルは続いてもう一枚の紙を差し出す。そこには俗に言う、東洋龍が描かれている。…少なくとも俺は東洋龍を魔物大全にて見たことは無い。ピスハンドのように似ている存在はあれど、この東洋龍が、実在する魔物だという知識は無い。


「…これは、知らないな。似ているのはいくつか知っているが、特徴がどれとも異なる」


 もちろん、知らないというのは、前世の知識を除いての話だ。


「これは、実在しない龍といわれています。そのため、生物学的な呼称はありません。ただ、一般的にはカーデイルドラゴンと呼ばれていますね」


 メルルが二枚のドラゴンの絵を並べる。細部は異なっているものの、竜の配置や姿勢など、類似するところが何点か見られる。


「カーデイルドラゴン。亡国カーデイルの国章に用いられていた空想の龍になります。…つまりは、ピスハンド商会はカーデイルの流れを組む組織というわけです」


 メルルは俺らに言い聞かせるように呟いた。


「…そういえば、私と戦った巨人族の男はカーデイルの出身であったな。ヘカトンケイルという一族だ」


 巨人族の男と戦ったとは聞いていたが、カーデイルの出身であったか…。思えば、俺もメルルも平地人以外の種族と戦った。この国は比較的、平地人以外の者も多いが、やはり大半は平地人だ。


 …もちろん、三人程度であれば不自然ではない人数ではあるのだが…、カーデイル出身という繋がりがあったというなれば得心が行く。あそこは人種の坩堝であった国と聞いている。


「これが、滅びた故郷を思ってつけた紋章であれば問題はないのですが…、いるのですよ。滅びた後もカーデイルの復興を望む過激な集団が…」


 滅びた国の亡霊か…。吸収合併後も、前の会社の仕来りを押し通そうとする頑固な役員みたいなものだろうか…。悪質だな。


「ストゥーピド家と組んで、随分と好き勝手やっていたようですね。…むしろ、借金を盾にストゥーピド家を傀儡にしていますね。…メインは奴隷の販売…行き先はガナム帝国の奴隷商と…」


「…?確か、カーデイルはガナム帝国に攻め滅ぼされたんだろ?悪事を働くならばガナム帝国………あぁ、そう言えばガナム帝国は極端な平地人主義だったか」


 俺は、疑問を口にしながらも途中でその理由に気がついた。お隣さんのガナム帝国は平地人以外には厳しい土地だ。両親にも俺が狩人になる際に、ガナム帝国には行くなと注意されていた。特に、俺の場合は平地人と見た目が似通っているので、申請さえ通ってしまえば、国境の関所で止められることなく入れてしまえるらしい。


「それもありますが、カーデイルの領地を切り取ったのは王国も一緒ですよ?彼らはガナム帝国と同様に我が国も恨んでおります」


「メルル。厳密に言わないとハルトが間違って覚えるぞ。ハルト、我が国がカーデイルの領地を切り取ったのは帝国から保護するためだ。ネルカトルもそうであるが、いくつかの種族は多種族に寛容な王国に恭順することで帝国の野心から身を守ったのだ」


 …なるほど。お優しい王様だことで。…その当時にどんなやり取りがあったかは解からないが、今の俺らの暮らしを考えるに、そう悪い選択肢ではなかったのであろう。


「ですが、未だにカーデイルに忠誠をおく者にとってはどちらも侵略者です。このストゥーピド領も元はカーデイルの土地。今回の事件はその火種が表に出てきたと言うわけです」


 メルルは頭に手を当て、悩ましそうに言い放った。


「問題は、この手の存在は横の繋がりがやたらと強いことです。それこそ、同盟やより上位の組織が存在するかもしれません。…ルナ。そこの情報は報告書に無かったようですが、どうなっていますか?」


「引き続き、取調べにてその点についても調査をしております。…現時点では…、一部の資金がどこかに流れていることが判明しております」


 ルナさんの言葉を聞いてメルルが両目に手を当てた。


「くぅうう…。ゼネルカーナ家が目の敵にされるパターンじゃないですか…」


「その…、メルル。大丈夫か?」


 ついでに俺たちも。暗殺者とか差し向けられないよね?


「…私達の情報は…完全に大丈夫とは言い切れませんね。漏れていれば何かしらの報復があるかもしれません」


 メルルが申し訳無さそうに呟いた。相当落ち込んでいるようで顔が青ざめている。


 …今後、暗殺者の類が来る可能性もあるのか。ナナの身を守るためにも、活動方針を十分に練る必要があるな…。


「お三方。その点については問題ありません。三人の情報は外部には漏れておりません」


 深刻な顔をする俺らに向けてルナさんが言った。


「…ハルト様に伝言です。『何かしらの組織を相手にする場合、観測員という存在に気をつけて。ただ、変装して身元を誤魔化すのはいい手だった』とのことです」


 …そういえば、俺は女装していたな。敵方には女の子と思われているわけか。だが、伝言って誰からだ?女装について知っている人間はこの部屋にしかいないはずだが…


「…どういうことです?」


「…お嬢様にも内緒にはしておりましたが、三人は協力者が密かに見守っておりました。…凄腕の斥候が一人」


 凄腕の斥候と聞いて、瞬時に父さんの顔が脳裏をよぎった。…そういえば、この依頼を受けるときに、テオドール卿をわざわざ声送りを用いて説得していたな…。秘密裏に尾行するため、俺らに聞かれないように話していたのか…。どおりでテオドール卿も説得されたわけだ…。


「…まだまだ私達も半人前ということか…」


 ナナも、結局は両親一同に助けられたと気付き、恥ずるように悔しがっている。俺も、未熟を恥じる気持ちはあるのだが、それよりも重要なことに気付いてしまった。


「つまり…俺は女装を父親に見られたって…こと?」


 ナナとメルルは、同情するような視線を俺に向けた。


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