第62話 アルバの才能
◇アルバの才能◇
「メルル…無事か?」
「ハルト様!…はい。こちらは問題ありませんわ」
地下の抜け道まで行くと、メルルがおっさんを椅子にして休んでいた。椅子にされていた男は苦悶の表情で気絶している。…どうやらご褒美では無かったようだ。
メルルの着物はところどころが破けてしまっており、隙間からは白磁のような白い肌が見えてしまっている。
「メルル…ちょっとその装いは刺激的過ぎる…。早くローブを着てくれ」
俺は傍らに脱ぎ捨ててあったメルルのローブを風で引き寄せ、着やすいようにメルルの背後で広げた。
「ありがとうございます。紳士的ですのね」
メルルはローブに袖を通しながらはにかんだ。
「結構な戦いだったようだけど、体は平気なのか?」
メルル自身には大きな傷はもちろん、血の一滴もついてはいないが、着物は随分ぼろぼろになってしまっている。…ぎりぎりで全ての攻撃を見切ったのだろうか?
「ええ。今は少々貧血気味という程度です。…戦闘直後は大分酷かったのですよ?体中が腫れて、刺し傷だらけ。…ハルト様には見せられないと、大急ぎで魔法で治療しました」
…血魔法を自己治療に用いたのか。本当に多彩な魔法だ。
しかしそうは言うものの、メルルの動きはどこか動きがぎこちない。切り傷を血で操ることで修復するのは理解できるが、打撲などの治療は想像がつかない。…いくら血を操っても、怪我の種類によっては応急処置が限界だろう。
「…骨や筋なんかは血で治療できないだろ。無理をするな」
「…流石に解かりますか。ですが、歩けないほどではありませんわ。…ハルト様こそ、問題はありませんか?先ほど地上から物凄い音が響いてきていましたが…」
メルルが俺の体を触りながら怪我が無いか確認していく。
「俺のほうは大丈夫だ。何発かいいのを貰っちまったが、直ぐにでも治療が必要な傷は無い」
それよりも…だ。俺は隣の倉庫と繋がる穴に目線を向けた。俺は風により、こちらに近づく人間を捉えていた。
「メルル…!迎えに来たぞ…!?」
壁に開いた穴から顔を出したのはナナだ。…そして、ナナに加えてもう一人。
「アルバ…?脱走は上手くいかなかったの…!?」
ナナの後ろには脱走したはずのアルバの姿があった。脱出が失敗したのかと心配してメルルがナナに詰め寄る。
「いや違う。アルバはわざわざ私達のために引き返してくれたらしいのだ」
「ハルティ…。他の子は無事脱出できたよ…!ただ、領兵が通行規制を敷き始めてるんだ…!」
…まぁあんだけ大騒ぎすればな。むしろ遅いぐらいである。そのうちこの倉庫にも踏み込んでくる可能性があるな。
「三人とも。俺なら街兵に見つからない道を案内できる。そのために戻ってきたんだ…!」
アルバが俺ら三人に言い放った。あの時見せたような勇気に満ちた目だ。
「アルバ…。お前、止められたのを振り切って戻ってきただろ…」
俺はアルバに冷ややかな視線を向ける。アルバはそっと俺から視線を逸らす。その所作が引き返す際の状況を雄弁に物語っている。
…正直、大規模な魔法を使った反動で、現在はあまり出力の大きい魔法は仕えない。抜け道を案内してもらえるのであれば助かるというのが本音だ。
「…はぁ。ナナ。メルル。…アルバに続こう。時間も無いことだし、さっさと脱出しよう」
俺らに選択肢は残っていない。抜け道とやらに案内してもらおう。
◇
「こっちだ。ここを乗り越えれば反対側の表通りに抜けられる」
アルバの案内の元、路地の裏のそのまた裏に入り込んでいく。なかなか過激な道のりだが、確かにこの道であれば領兵に見つかることも無いだろう。
「流石だな。ここならば領兵に見つからずに商会まで抜けられよう」
アルバの破天荒なナビにナナが感心している。少々皮肉めいてはいるが、本心から感心しているようだ。
「…なぁ、アルバ。お前、この後はどうするつもりだ?」
領兵の包囲網を抜けたあたりで、俺はアルバに尋ねた。…アルバの勇気は類を見ないものだ。腐らすには勿体無い。それにちょっとした懸念事項もある。
「後って、これからってことか…?…いつもの生活に戻るだけじゃないのか…?」
アルバは少し悲しそうな顔をする。…たとえ俺が推薦をしても、ギルドに登録するには年齢が壁となる。俺らが連れて行くことはできないが、何かをしてやりたい。
「ハルティ様。一応、今回保護した子供達は、ゼネルカーナ領の孤児院に斡旋するつもりですよ?」
孤児院か…。あまり孤児院の現状を知っているわけではないが、そこであればアルバは自身の才能を生かせるような道に進めるだろうか…。
ゼネルカーナ領の孤児院…妙に不穏な気配がする。
「…メルル。そこは普通の孤児院なんだよな?」
ゼネルカーナ家は王家の影だ。その孤児院とやらは暗殺者養育機関とかじゃないよな?
「もちろん普通の孤児院です。…まぁ見込みのある子は別の孤児院を斡旋することもありますが…」
メルルは目を逸らしながら答えた。やはりそのような機関も存在するのか…。
「むぅ…ハルト…いや、ハルティ。随分アルバに執着するじゃないか」
俺に向かってナナが拗ねたように言う。
「おいおい、俺の話なんだろ?孤児院って何のことだよ?」
アルバは自身の置かれた状況に目を白黒させている。…いままでスラムで過ごしてきたため、いきなり孤児院と言われて混乱しているのか。
「まぁ落ち着けって。…アルバ。俺が今何かしてるかわかるか?」
「…?何してるかって…?…この風のことか?」
そう言ってアルバは手を宙に向ける。ナナとメルルはアルバの回答に目を見張った。
俺の風は不可視の魔法だ。それに、父さんに鍛えられたため静謐性も中々に高い。…牢屋で魔法を使った際も反応していたため、もしやとは思ったが予想は当たったようだ。いくら近距離とはいえ、アルバは俺の魔法の展開に気付くことができるのだ。
「アルバ。その感覚は普通の感覚ではない。まだ発現していないだけで、魔法を使えるようになる可能性が高い」
「…!?本当か!?」
アルバは俺に掴みかかる勢いで問い詰めてくる。
「ああ。魔法に関しての感性が高い。絶対に発現するとは言えないが、可能性は十分にある」
俺の答えにアルバは両手で口を押さえて喜んでいる。
「あらあら、単なる保護のつもりでしたが、これは思わぬ拾い物ですわね」
メルルは自身の陣営に魔法使いを迎えられて喜んでいる。…まだ、アルバは孤児院に行くことを了承してはいないが…、この感じだと逃すつもりは無いだろうな。
「まぁ…そういうことだから、アルバ。考えておけ。ゼネルカーナ領の孤児院が嫌なら、ネルカトル領の孤児院という手もあるぞ?」
俺はそう言ってアルバの頭を乱暴に撫でた。
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