第61話 嵐の王

◇嵐の王◇


ショウッ…!!」


 ビリガスが踵落としの如く、自身の足を地面に叩きつける。その瞬間、そこを中心として水面のように地面に波紋が広がる。


 地面の波に跳ね上げられ、石材や木材の破片が宙に浮く。


「ケヒヒ…行くぜぇ…!」


 ビリガスがに、剣を叩きつける。俺には空気が波打つのを感じることができた。空気を媒介にして、衝撃が破片に伝播する。


「おいおい…!土魔法使いかよ!」


「石で殴るのも、拳で殴るのも、結局は衝撃だろ?…この衝撃の魔法こそが純粋たる暴力ってわけよ!」


 俺は飛び込むようにして、近場の木箱の陰に身を隠す。次の瞬間、衝撃により、さながらクレイモア地雷の様に破片が発射される。


 放射状に放たれた破片は、盾にした木箱だけでなく倉庫内の様々な物を撃ち抜いていく。破壊の爪跡が砂埃となって頭上から降り注ぐ。運搬用の頑丈な木箱で助かった…。なんとか耐え凌ぐことはできたようだ。ありがとう。木箱。


「ケヒヒ…オラ!吹き飛べっ!」


「それができるのはお前だけじゃない…ぜっ!」


 木箱ごと俺を吹き飛ばそうと、ビリガスが俺の方向に衝撃波を放つが、俺もビリガスに向かってエアロブラストを放つ。俺の盾となっていてくれた木箱は間に挟まれることとなり、無残にも木っ端微塵に砕け散った。…木箱ぉお!!


「風魔法の衝撃波ってことか…。なら地面を辿れぇ!地走りぃ!」


 ビリガスが地面を踏みつけると、そこから衝撃波が地面を伝わり俺に迫る。


「ならば俺は空を飛ぶまでよ!アップドラフトォ!」


 地面からの衝撃波を避けるため、俺は上昇気流で飛び上がり、棚や柱を足場に飛び回る。俺の風とビリガスの衝撃により、倉庫の中は次々に荒らされていく。部屋の端で傍観していた負傷者たちも既に避難を始めていた。


「ケヒヒ…。身軽ってレベルじゃねぇだろ。羽虫かお前は」


「お前んとこの羽虫は剣で切りつけてくるのかよ。随分物騒なとこに住んでるな」


 魔境の奥であればそのような虫も居るだろうが、残念ながら人里にはそんな物騒な虫は居ない。


 地面を伝わる振動は目視にて判別がつく。そして風魔法使いの俺には不可視の空気中の衝撃波も捉えることができる。俺は奴の攻撃の合間を縫って、高速で接近して斬りかかる。


「どうしたおっさん。足が止まってんじゃねぇか?」


「ほざけ。動く必要がねぇんだよ」


 固定砲台の如く、足を止め衝撃波を放つビリガス。しかし、高速で動く俺を捉えることができていない。 


「ガキが…!うろちょろとうざってぇ…!砕け散れぇい!衝撃粉砕パウンドォ!」


 ビリガスは接近した俺に向かって、四本の剣を同時に振り下ろす。俺は風を炸裂させ、奴の間合いから一気に飛びのいた。


「うわっ…!なんだその魔法…!?」


「壊れるほどの振動をぶち込んでるんだよ。…人間なんか一瞬でミンチだぜ?」


 ビリガスが剣を叩きつけた箇所は、一瞬で振動が伝わったかと思うと、粉々に…。文字通り砂状に砕け散った。…破壊力としては破格の魔法だ。俺はまだタルタルステーキになるつもりは無いぞ…。


「まだまだ行くぜぇ!パウンド!パウンド!パウンドォ!!」


 超振動により、高音で鳴り響く剣を振り回しながら、ビリガスは棚や柱を粉砕する。棚や柱はもちろん、床までもが砂へと変えられてゆく。


「おいおい…!建物ごと壊すつもりかよ…!?」


「ケヒッ…。もう倉庫がめちゃくちゃだからな。建て直しやすいように壊しちまっても構わんだろ」


 主要な柱が粉砕されたからだろう。倉庫の崩壊が始まってきている。降り注ぐ瓦礫を避けながらも、ビリガスと対峙しなくてはならない。瓦礫による妨害はビリガスも同じ…、むしろ風により破片を見なくても把握できる俺と違い、ビリガスのほうが不利な状況では有るのだが…。


「ケヒヒ…。そら!横からも行くぜぇ!」


 ビリガスは自身に降りかかってきた瓦礫を、衝撃波によりこちらに撃ち出して来ている。俺は頭上と真横から、瓦礫の十字砲火を受けることとなった。


「ちょ、ちょ、ちょ…!それは大人気ないんじゃないの!?」


 飛来する瓦礫をマチェットで弾いていく。さすがにこの量を全てかわすことは不可能だ。


「お前だけ遠距離攻撃使いやがって!…おらぁ!投擲の魔法を食らえ!」


 俺も負けじと近場の瓦礫を持ち上げて投げつける。が、しかし奴の粉々にする魔法により、たやすく粉砕されてしまう。


「とうとう投げやりになってきたな。ケヒ…」


「その粉々にするのずるくない?物理攻撃通じないじゃん」


 魔力を纏っている俺の剣であれば耐えられるだろうか…。一か八かで試すには少々危険すぎる賭けだ。…それよりも、風魔法が効果的な状況が整って来ている。何も破片を飛ばすのは奴だけの魔法ではない。


 俺はビリガスに気付かれないように風を伸ばす。奴が床を粉々にしたおかげで開いた地下への穴。

わざわざ地下の入り口まで風を回し込む必要が無いため、そこからであれば戦闘中であろうとも地下の様子が容易に確認できる。


(どうやら、子供たちは全員逃げたようだな。…まだメルルが居るようだが、隣の倉庫との境目辺りだから問題ないだろう)


 巻き込む者が居ないのであれば、少々大規模な魔法でも遠慮なく使うことができる。


「ケヒヒヒ…!どうしたぁ?防戦一方じゃねえか!?」


 衝撃波と瓦礫の嵐の中、俺は魔法を構築していく。…俺が本当の嵐を見せてやろうじゃないか…!


 剣にいつも以上に魔力を通し、踊るようにしてビリガスから飛ばされる破片を弾く。ビリガスは防戦一方と評したが、これは単なる防御ではない。剣の舞だ。


 魔法の構築には様々な方法で補助を行うことができる。呪文や触媒、杖の使用…。そして、舞踊。…踊りなんぞと敬遠していたが、ナナの儀式魔法がかっこよくて、父さんに教わった剣の舞を頑張って練習したのだ。…たぶん、手本となる父さんのルックスが良くなかったのだ。父さんが踊るとどうしても女々しく思えてしまう。


 俺の剣が風を引き起こし、それが、十重二十重と重なっていく。次第に、奴の衝撃波を曲げるほどの風が吹き荒れる。


「ち…ッ!嬢ちゃん…何するつもりだァ!」


 周囲の異常に気付いたのだろう。ビリガスが魔法を妨害しようと、接近し粉砕の魔法を放つ。しかし、俺は構築を止めることなく、その攻撃をかわし、あまつさえ焦って攻撃したことでできた隙に斬撃を差し込んでいく。


 剣の舞は攻防一体の魔法構築方法だ。そもそもが剣戟の最中であっても魔法を構築できるように作られたものだ。この程度の攻撃では構築を止められない。


「…さてさて。おっさん。準備はいいか?風が吹いているぞ?」


 ビリガスは警戒して剣を構えるがその程度で凌げると思っているのだろうか。


「とくとその身に刻むがいい!嵐の支配者ストームルーラー!!」


 渦巻いていた風が一斉に牙を剥く。その風は激流となりて合切を吹き飛ばす…!


 既に崩れかけていた倉庫が竜巻に飲まれ、完全に崩壊していく。吹きすさぶ風の奔流には大小様々な破片が入り混じっている。


 竜巻で最も恐ろしいのが、この飛散物だ。風に乗った瓦礫は容易く人家の壁や屋根を撃ち破り、その破壊が、新たな飛散物を生成していく。


「アアァアアァアアァァァアァァアア…!!」


 竜巻に巻き上げられたビリガスの悲鳴が届く。奴は今、ミキサーの中に居るようなものだ。どうやらタルタルステーキになるのは俺ではなくアイツだったようだ。


 …数十秒の嵐の後、次第に風が収まっていく。倉庫は完全に破壊されて、今は完全に倒壊している。その瓦礫に紛れ、血まみれのビリガスが佇んでいた。


「ァァアアアアァァアアアアア!!クソ!クソ!耐えたぞクソガキィ!」


『驚いたな…。死にはしないとは思ってはいたが、まだ立てるとは…』


 体中への打撲に加え、腕も二本ほど骨折しているようだが、未だに戦意は衰えていない。


「どこに隠れてやがる!面見せろやァ!」


 ビリガスは近場の瓦礫を粉砕していく。…残念ながら、俺は床に開いた穴から地下に避難している。竜巻から避難したわけではない。あれは完全に俺が制御していた魔法だ。中心地帯を無傷で歩くことだってできる。


 …では、なぜ地下に避難しているのか?それはこの後の現象は俺の手で完全に制御できるわけじゃないからだ。


 竜巻には様々なものが巻き上げられた。倉庫の瓦礫や、中に保存されていた荷物など…。…そして、ビリガスが作り出した大量の砂。


 砂が風に巻き上げられると、それは砂嵐となる。そして、砂嵐の中では砂の粒子が何万回も衝突し、帯電していく。


 巻き上げた砂は今もビリガスの頭上で渦巻いている。俺は風魔法で、砂嵐の下方に比較的電流が通りやすい空気の層を形成する。


 そして、形成と同時に溜まった電荷が解き放たれた。


 耳をつんざくような轟音。どうやら雷は振り上げられたビリガスの剣に向かって落ちたようだ。


「ァ…ァア…?おま…なぜ?…かぜ…つかいじゃ…?」


『何故って?嵐は雷をもたらすものだろう?』


 その言葉を最後に、ビリガスは倒れ付した。…あの状態ではもう動けまい。俺はそのまま地下からメルルの元に向かった。


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