第60話 君の手で切り裂いて
◇君の手で切り裂いて◇
倉庫の、…メインホールと言っていいのだろうか…。馬車ごと通過できる観音開きの扉を抜けて直ぐ、二階までの吹き抜けの大部屋に俺とビリガスは対峙していた。辺りには負傷した私兵の男達が呻き声を上げている。二人の間の緊張を感じ取ったっためか、床を這いながらも部屋の隅に逃げていく。
風を撫でるように、ビリガスの四つの剣先が孤を描く。ブレの無い研ぎ澄ましたかのような剣筋。それだけでも、その力量が窺える。
「四刀流か…。流石に初めての相手だな…」
「ケヒヒヒ…。俺の相手をする奴は皆そう言うな。…だが、初めての相手だから負けたと言う奴は一人もいねぇ。…居なくなったが正しいか?」
軽口を叩いてはいるが、ビリガスの視線は鋭く、こちらを軽んじる気配は無い。この惨状を引き起こしたためか、あるいは、ビリガスも俺の剣筋から腕前を類推したのだろう。
ゆっくりと、だが着実に二人の間合いが詰まる。剣士は間合いの読み合いから始まる。勢いに任せて接近するようなせっかちさんは長生きすることはできない。
…俺らの接近が止まる。ここはもう、ビリガスが一歩踏み込めば奴の剣が届く距離。奴にとっての一足一刀の間合いだ。…そして、実を言うと俺の一足一刀の間合いでもある。風使いの俺は、追い風により他人よりも一歩が長いのだ。
数瞬の静寂の後、外から爆轟が響き渡る。この音はナナのフレアブラストだろうか。…つまりはナナも接敵したと言うことか。
「シィ…ィ…!」
俺の筈かな意識の逸れを、ビリガスは見逃さない。身体を半身にして踏み込み、地を這うような突きと左袈裟斬りが同時に放たれる。
「オラァ!」
突きをかわし、左袈裟斬りを受け流す。本来であれば、ここにカウンターを合わすのであるが、それを妨害するかのように、残りの二刀が俺に振るわれる。
「クソ…!多いなぁ…!手数が…!」
「ケヒッ…!テンポ上げていくぜぇ…!」
左右から放たれる絶え間ない連続攻撃が、俺を攻勢に転ずることを許さない。…普段、俺の相手をする人間はこんな気分なのだろうか。
「嬢ちゃん…!随分耐えるじゃなぇか…!」
「この程度の攻撃速度なら…散々受けてきたもんでね」
確かに四つ腕から繰り出される連続攻撃は脅威だが、攻撃速度自体は父さんのほうが圧倒的に上だ。一秒間に繰り出される攻撃回数としては大差無い。注意すべきは同時攻撃程度だ。
「そろそろ、攻守交替だ…!」
勢いの乗ってない攻撃を見極め、弾くと同時に間合いを詰める。いつもより攻撃速度を落とし、その分、剣に重さを加える。同じ手数の多いスタイルだからこそわかる。防御ごと体幹を崩す剛剣だ。
「ッ!?…嬢ちゃん…!どんな馬鹿力してんだよ…!」
「淑女の嗜みじゃい!ゴラァア!」
ビリガスは長い腕を鞭のように撓らせて剣を振っていた。それを今は体に引き寄せ、剣を重ねて構えることで耐えている。…そうなると長い腕は不利に働く。まずはその腕を減らしてもらおうか。
奴の腕を断ち切るために更に距離を詰める。しかし、俺の目前に奴が剣を差し出すように突き出した。
体重も勢いも乗っていない、それこそ構えただけのような突き。恐れるに足らない突きではあるが、俺の耳に嫌な音が届いた。
急遽、目標を変更し俺はその突き出された剣を全力で弾く。すると、けたたましい音と共に火花が上がった。俺の手には、静止していた剣を弾いたとは思えない衝撃が伝わっていた。
「ケヒヒ…。よく解かったな…」
「…あいにく耳がいいもんでね…」
ビリガスが近場の木材に向かって剣を振るう。軽く振り払うような剣筋ではあるが、その剣は容易く木材を断ち切った。
「超振動か…」
「おお…?そこまで解かるか。俺の固有魔法さ。こいつを剣にかけてやると、何でか知らんがよく切れる」
超音波カッターなどに用いられている、超振動により切断能力を上げる技術の原理は、手持ちのノコギリと電動のノコギリを思い浮かべれば解かりやすい。
真っ直ぐに見える刃も、実際はとても細かなノコギリ状になっている。その刃に振動を加えると、刃は前後に摺動することとなり、電動ノコギリと同じ状況になるのだ。
俺は先ほど剣を弾いた箇所に目を向ける。…流石は竜素材の剣だ。目に見えて刃毀れはしていない。
「ケケ…いい剣を使っているみたいだな。普通の剣なら直ぐにでも断ち割るんだが…」
「そっちの剣もどうやら中々の名剣のようだな。振動の効果は相対的なもんだろ?」
幸いにして、超振動は簡単に切断できると言うだけで、刃が本来持つ切断能力を向上させるわけではない。手持ちのノコギリで歯が立たない物は、電動ノコギリに変えたところで切断できるわけではない。先にノコギリの歯が駄目になる。
「…問題は、振動による接触時の衝撃だな…」
「おいおい。お肌の心配はいいのか?これなら触れただけで切り裂くぜ?」
確かに、その剣であれば引き切りや押し切りをする必要が無く、添えただけで肉を断ち切るだろう。しかし、鎧を着ていない現在は、危険度と言う点では超振動の剣も通常の剣も変わらない。どちらも致命傷だ。
「知らないのか?十代の玉のような肌は剣すら弾くんだ」
「ケヒヒ…同僚にそれができる奴がいるな。…あいつ、あんな老け顔の癖して十代だったのか…」
冗談を述べながらも、互いに剣を構える。あいつが魔法を使うのであれば、俺も使わせてもらおう。…できればもう少し、高名な剣士の種族と剣だけで戦いたかったが仕方あるまい。
「
「うお…!?キモッ…!?」
不意を着いた接近だが、ビリガスは見事に対応した。二人の間で幾重にも火花が散る。まるで工場のような騒音を鳴らしながら剣の応酬が続く。
「ケヒ…!お前も魔法使いか…!」
「くそ…小さく纏まりやがって…!」
ビリガスは今までの腕を鞭の用に振るう剣筋から、大振りせず細かく振るうような剣筋に変化していた。…破壊力は魔法任せということか。
ビリガスの剣はちょっとした物量攻撃だ。風で動き回りたいとこだが、複数の剣筋がそれを阻む。下手すれば自ら剣に当たりに行くことになってしまう。
(焦るな。初心を思い出せ…)
そもそも、父さんから教わった剣術は、風の炸裂で強引に移動することなどではない。風を読み、風に乗り、風と共に舞う剣術。
周囲の風に、自身の感覚を同調させる。ただでさえ超高速で振動する刃だ。その位置は手に取るように解かる。
…そのうち、奴の息遣いもしっかりと感じるようになる。近接戦闘において、息遣いは攻撃のタイミングに直結する。剣の位置と息遣いが解かれば、おのずと剣筋も把握できる。
そして、風に乗る。ビリガスの動きに対抗するのではなく、ビリガスの動きによってできた風に自らの体を預けるのだ。それこそ、宙に舞う羽毛の如く。
「おいおい…どうなってやがる…!?」
奴の剣に合わせて舞うように身を躍らす。剣は俺の目の前を通過するが、それが俺に触れることは無い。奴の動きを把握し、その流れに乗ることで可能となる未来予知にも近しい挙動。
傍から見れば一緒にダンスをしているように見えるだろう。部屋の隅で呻いていたおっさん達が、固唾を飲んで見入っている。…
「…ハァ!?」
自然に。そう、あくまでも自然に俺の背中が、ビリガスの胸板に預けられる。それこそ、ダンスの一幕のように。あまりにも自然な流れであったため、ビリガスも反応ができていない。俺はそのまま振り向くようにしてビリガスの体を斬りつける。
「まずは一撃…」
「…おめぇ…やりやがったな…!」
ビリガスの胸板からは血が溢れているがまだ浅い。俺は追撃をしようと再び距離を詰めるが、そこはビリガスが許さなかった。
「しゃらくせぇ!!」
接近した俺の目前にて空気が歪む。瞬時にその正体が、振動する空気の壁と把握したが、防御のために風を纏うので精一杯だ。そのまま、空気の壁に押し出されるようにして強引に距離をとらされる。
「剣を振動させるだけではないとは思ったが、衝撃波とはな…」
俺の魔法で対抗できるものの、完全に止めるのは難しいか…。
「やってくれたな。嬢ちゃんよ…。あまり壊すなとは言われてたが、しかたねぇ。…ちょっくら本気出すぞ」
ビリガスの周囲に奴の魔法が展開される。小さな破片がカタカタを振動し、音を鳴らす。四つ腕の剣士は、その凶暴な相貌を俺に向けて牙を剥いた。
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