第59話 ナナとメルルのDIE OR DO 02

◇ナナとメルルのDIE OR DO 02◇


「ほう…まだ立つか…」


「…当たり前だ…!私はまだ戦える…!」


 トレーズと剣を交わし始めてからどれ位経っただろうか…。既に体中傷だらけだ。致命傷を貰っていないのは奇跡とも言っていいだろう。


 一方、トレーズには大した傷を与えられていない。何度か強引に隙を作り出し斬りかかる事もできたが、中途半端な太刀筋になってしまい、巨人族の肉体強度により防がれてしまっている。


「おら、視野が狭い。猪かよ」


 軽く振ったであろう剣も、私にとっては命に届く威力が秘められている。大剣を受けたフランベルジュを離すまいと握りこむが、返す刃で、私ごと吹き飛ばされる。


 地面に転がる私に、トレーズは追撃をする気配を見せない。嬲っているのか…はたまた、誇りを見るための戦いだからなのか…。


 どちらにしても、手を抜かれていることには変わりない。そのような態度を取るトレーズへの怒りはもとより、それでも太刀打ちできていない自分に情けなさがこみ上げてくる。


「くぅ…!このような時…ハルトならば策を思いつくのだろうな…」


 膝が震えるが、それを手で押さえ込み立ち上がる。歯を食いしばり、トレーズへと剣を向ける。


 体力の限界も近い。もう、何度も剣は振れないだろう。全力で振れるのはそれこそ数回か…。


「そうだな。…猪か…。所詮私はその程度なのかもしれないな…」


「おら、構えたんなら行くぞ。気張れや」


 トレーズが私に向かって切りかかってくる。上段から振り下ろされた剣を何とか受け流す。鎬と鎬が擦れ、火花となって降り注ぐ。


「ほう、流石に耐えるようになったか」


 トレーズの剣筋に慣れたためか、それとも疲労による脱力のためか、なんとか受け流すことには成功した。しかし、こんなことで喜んではいられない。受けた剣を滑らし、身体ごと捻るように切りかかる。


 だが、そんな私の剣も篭手を使ったかち上げにて、簡単に上方に弾かれてしまう。


「そら、仕舞いだ」


 大剣を片手で持ったトレーズから、鋭い突きが放たれる。咄嗟に体を捻ったものの、その剣の先が私の脇腹を捉え、食いちぎるように貫いた。


 致命傷。恐らく、命にいたる傷であろう。しかし、私の頭はそのことを認識する前に動いていた。


「届け…!」


 かち上げられた剣を振り下ろす。仕舞いだと思ってこいつは気を抜いた…!振り下ろすと同時に一歩踏み出す…!脇腹の剣がより食い込むが、そんなことに気を取られて入られない…!


「なぁ…!?」


 初めてトレーズが驚愕の顔を浮かべる。飛びのくように後ずさるが、その前に私の剣は奴の胸板を切り裂いた。


 互いに体から血が滴り落ちる。…私のほうは滴るというより、流れ出るといったほうがいいだろう。脇腹からは臓腑が顔を覗かせ、真っ赤な命が溢れるように流れ出ている。


「今のは…いい攻撃だったな…。あと半歩踏み込んでいれば、先に俺の命に届いていただろう…」


 トレーズは自身の胸を見せ付ける。肩から腹にかけての裂傷。何本かの肋骨を断った感触があったが…、それでもまだ戦えそうだ。


 流れ出る血のせいだろう。だんだんと意識が朦朧としてくる。その意識を脇腹の熱いほどの痛みが、繋ぎとめていてくれる。


 そのとき、轟音と共に、倉庫のほうで竜巻が上がる。その竜巻は周囲の空気をも巻き込み、私の肌にも、風向きが変わったのを感じ取ることができた。


 …ああ。ハルトもまた戦っている。勘違いなのだろうが…変わった風向きが、少しばかり私を支えてくれるようにも感じられる。


 すでに剣を握るのもやっとだが、それでも、フランベルジュをトレーズに向かって構える。


「…おいおい。臓腑が零れてんだぞ?」


「…何を言う…。まだ臓腑が零れただけだろう…」


 精一杯の強がりの笑顔を作る。まだ四肢は私を支えてくれる。


「…その根性だけは認めてやってもいいかもな…。巨人族は誰しも心に火を灯している」


 心の火か…。ハルトもそのようなことを言っていた。…この様なときでも…、いや。この様なときだからかハルトのことを思い出す。


「トレーズ…知っているか…?生命は燃えているらしいぞ…?」


「あん?…心に火を灯すってことだろ?」


「違う…。意志だとか心とか…そういう比喩ではなく、本当に燃えているんだ…」


 火が燃えるには空気が必要…厳密には空気の中にある酸素というものが必要らしい…。そして、私達、生きとし生けるものは、呼吸によって酸素とやらを体に取り入れている。


 なぜ酸素が生きるのに必要なのか…?それは燃えているからだ。火と同じ現象が体の中で起きている。それが生命の証。だからこそ、死者は冷たく、生者は暖かい。


「その話を聞いたとき…私は納得したよ…。この身を焼いた炎は、私の体から溢れ出た。…まさしく、生命の炎が溢れたのだ」


「その火傷のことか…?…ふん。巨人の血が宿っていれば火傷などするはずも無い…」


「巨人の…血か…」


 その言葉を聞いて、私の中で何かが嵌った気がした…。


 ハルトから生命の炎を聞いて、二人で構想した魔法。…あまりにも荒唐無稽すぎて、試すことすらできなかった魔法。


 あの頃は、…自身に宿る巨人族の血など感じたことは無かった。…だけど、今は違う。ハルトが教えてくれた。ハルトを思うと湧き上がる、巨人族特有の恋心。


 巨人の血に任せれば、あの荒唐無稽な魔法も使える気がする。


「ああ…使えるかな…使える気がする。…トレーズ。ネルカトルの炎が見たいなら見せてやる…」


 体中の傷が熱を持っている。熱を持つなら燃えてるはずだ。生きてるはずだ。


「…生命極限活性化オーバーリジェネーション…!」


 体中を舐めるように火が湧き上がる。火が揺らめきながら傷を修復させていく。細かい傷や脇腹の傷はもちろん、疲弊までもが回復されてゆく。


「火の回復魔法…!?」


 トレーズが驚愕する。それもそうだろう。回復魔法は光魔法の専売だ。風邪や病気などは消毒のできる闇魔法のほうが有効なことが多いが、外傷の治療となれば光魔法以外に効果的な魔法は周知されていない。


「ふう…。これを単なる回復魔法とは思わないで欲しい」


 傷が回復した後も、私の体には陽炎の如く火が揺らめいている。


「そら行くぞ…!」


 トレーズに向かって一気に駆け寄る。今では体が羽のように軽い。


「ぐおぉぉお…!?」


 私の剣を受けて、トレーズが後ずさる。先ほどよりも鋭く、先ほどよりも速く、ただただ強靭に剣を振るう。


「俺を…越える…力だと…!?」


「言ってしまえば光属性の身体強化と同じだが…!それでも、より巨人の特性に近い魔法だ…!」


 私が動きに合わせて舞うように炎が踊る。先ほどまでと比べトレーズが防戦一方となる。…膂力が追いつけば、私本来の剣術を披露することができる。


 多少の傷を受けようとも、纏う炎がすぐさま傷を修復する。


「ほら、これでどうだ…!」


 トレーズの大剣を巻き上げる。巻き上げで有れば体重差もさほど関係無い。トレーズの大剣は手を離れ、私の後方の地面へと突き刺さった。


「…降参だ」


 剣を手放したトレーズは、その場にどかりと腰掛け、両手を上に上げた。


「…諦めぬ心意気が巨人には重要ではなかったのか?」


「そもそも、誇りを見せてもらう戦いだろ。こんなもん見せられちゃ納得するしかねぇ…。殺したきゃ殺せ」


 トレーズは私を見つめた後、ゆっくりと空を見上げて呟いた。ハルトの竜巻のせいだろうか…、いつの間にか曇り空の切れ目から、青空が顔を覗かせている。


「…それは…。生命の炎といったか…。間違いねぇ…凍った滅びを溶かしつくした原初の炎。その一端だ。…ネルカトルは始まりの火を確かに継いでいる…生命の煌きとは…こういうことだったのか…」


 トレーズは両手で顔を覆うが、その顔に悲哀の色は見られない。むしろ釣り上がった口角が歓喜の感情を示している。


「無抵抗の者を斬る趣味は無い…。…他の者が心配だ…私は行かせてもらう」


 私は剣を鞘に納め、その場を後にした。


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