第58話 ナナとメルルのDIE OR DO 01

◇ナナとメルルのDIE OR DO 01◇


 男は短槍を後ろに投げ捨て、胸の前で無手の拳を構えた。


「徒手空拳?私には槍は必要ないと?」


「刺さんねぇんだから仕方ねぇだろ…。あえて破壊させて囮に使ってもいいが…嬢ちゃんにくれてやるほどあの槍は安かねぇ」


 …私如きには槍を使うまでも無いときたか…。


「不愉快ですわね。…その余裕、崩れなければいいですけど…」


 私は男を睨みつける。完全に私を格下として扱っている。…確かに戦闘経験が少ないのは否めないが、これでも、ゼネルカーナ家の一員として、人の何倍もの訓練を積んでいる。こんなつまらない奴にやられてやるつもりなど毛頭ない。


 …それを増長だと言うのならば笑うがいい…!


「それじゃ…行くぜ…」


嫉妬深い拘束具ブラッド オブ アデーラ…!」


 接近しようとする男を魔法で牽制をするが、いとも容易くかわされてしまう。男は狭い室内でありながら、右へ左へと滑るように移動する。血液の絶対量により、面制圧や質量攻撃を苦手とする血魔法の弱点を読まれてしまっている。


「ほんと…、気持ち悪い動きね…!舞踏会なら失笑物よ…!」


「減らねぇ口だ…。直ぐに静かにしてやるよ」


 効果は無いと解かってはいるが、男の足を止めるために血の刃を放つ。しかし、繰り返される攻撃により、軌道を読まれたのか、暖簾を潜るかのようにかわされ、更に距離を詰められる。


 屈んだ瞬間に床から拾ったのだろう。私の顔に向かってレンガの破片が投げられる。


「きゃっ…!?」


 …私は、反射的にそれに視線を向け、避けてしまった。


 男から注意を逸らしてしまったことに気付き、すぐさま視線を元に戻すが、既に男は目の前に迫っていた。


「半端なままで、ここに立ったことを後悔しな…」


 その言葉と共に左鉤突きレバーブローが私の体に突き刺さった。


「血を固めて防いでるなら、打撃はまだ通るだろ…?」


 もちろん、男の攻撃はそれだけでは終わらない。左鉤突きレバーブローを受けたことで反射的に前かがみになってしまった私の側頭部へと、肘打ちが打ち込まれる。すぐさま、顔と下腹部への両手突き、続いて首への手刀、鳩尾への貫手と連打が続く。


 顔面への左ジャブ、鳩尾への掌底打ち、顎への弧拳、ローキック、ニーキック…。途切れることの無い連続攻撃が打ち込まれる。


 殴られた衝撃で視界が白く霞む。耳障りな高音が耳介に響き、吐き気の後に鈍痛が這い寄ってくる。


 魔法で反撃をしようとも、連打のせいでろくに魔法を構築することができない。血を固めダメージを減らすことで精一杯だ。


 …最初の左鉤突きレバーブローを貰ってしまった時点で、こうなることは決まってしまっていたのだろう。


「…シャオラッ!」


 最後のトドメと言うわけか、奇声と共にハイキックが私に叩き込まれる。体中を痛めつけられ、私は事切れるように崩れ落ちた。


 視界が揺れ、立つことができない。地に伏せ、男に醜態を晒してしまっているが、体が言うことを聞いてくれない。


「ハァ…ハァ…。まだ死んでねぇのかよ…」


 未だに道を塞ぐ血の茨を見て、男が悪態をついた。


「血を固めて防いでるんなら…これなら効くか?」


 男が私の首を掴み、強引に持ち上げる。さながら絞首刑を受ける囚人のようだ。男の手に力が込められ、私の首を締め上げる。


 たとえ、首が絞まろうとも、頚動脈の血流を血管外で維持すれば問題ないが、今の私にそこまでの余裕は無い。血流が遮られ、意識が朦朧とする。それでも私は、魔法の維持と構築に全力を傾ける。


 景色が遠のき、男の荒い息遣いの音もだんだんと小さくなる。首を絞められ、血圧が上がったためだろう。心臓の音だけが、私の耳に微かに届く。痺れにも似た感覚が体を巡り、四肢の力も抜けていく。


 …そして、時は訪れた。道を塞ぐ血の茨の魔法が解け、ただの血液へと戻る。


「…死んだか?」


 男はこちらの目を覗き込むようにして尋ねる。


「あら、生きてますわよ?」


 なので私は平気であることを報告する。


「化けもんかよ…。魔法を解いたということは命乞いか…?」


「ふふふ…ふふふふふふふ…」


「おい?壊れたのか…?いや、待て…何故喋れる…?」


 男は首を絞める手に力を込める。…しかし、もうそれでは私の首は絞まらない。


「いえ…まさか…こんな手が通るとは思いませんでしたので…私、面白くなってしまって」


 男と戦うに当たって考えた策の一つ。まともに攻撃の通らない男に勝つための手段の一つ。接触状態で動かず、その姿勢を十数秒維持するという前提条件の難易度により、早々にあきらめた策の一つ。


「ほら、いいのですか?あなたの傷口に、私の血が触れていましてよ?」


 始めに作った手首の傷。魔金オリハルコンの刃を使って、唯一付けられた傷口。そこに、私の体から流れた血が繋がっている。


「お前…。何を言って…!?」


 今頃になって男は気付く。自身の体が、錆びたように動かなくなっていることに。


「あは…!あはははははは…!入れた!入れた入れた!入れた入れた入れた入れた入れた入れたハイレタハイレタハイレタハイレタ!」


「ハイレタハイレタハイレタハイレタハイレタハイレタ…!ハイレタハイレタハイレタハイレタハイレタハイレタ…!」


 二人してハイレタハイレタと合唱する。男は自身の意思とは関係なく声が出たことに驚愕をしているが、それを表現しようとも、肉体の大部分は既に私の支配下だ。


 男に手を開かせ、私は拘束状態から開放される。未だにふらつくので、男の手を杖代わりに掴む。石像のように固まった男は瞳だけを動かし、化け物を見るような目で私を見る。


「ふふふ…。私の血を、あなたの肉体に潜行させました」


 男の青味がかった皮膚の下で、何かが蠢くようにのたうつ。


「ああ…たす…てん…そ…めつ…!」


 何かを伝えようとしているが、あいにくと声になっていない。いくら皮膚が丈夫でも、これならば関係はないだろう。


「さあ。内側からぶっ壊れなさい。血液感染バイオハザード…!」


 必要最低限の生命維持機能を残し、肉体のあらゆる機能を遮断させる。光魔法を用いても、歩けるようになるまで随分と掛かるだろう。


 男は白目を剥き、泡を吹いて崩れ落ちる。


「はぁ…少し…休みますか…流石に血を流しすぎました」


 私は倒れた男を椅子代わりにして、その場に座り込む。そしてゆっくりと息を吐出した。


「…ナナとハルト様は大丈夫かしら…」


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