第57話 ナナとメルルの大闘争

◇ナナとメルルの大闘争◇


「裏切り者とは…随分な言い様じゃないか」


 ヘカトンケイル…。ネルカトルと同じ、巨人の血を引く氏族の一つだ。別の氏族といっても険悪な仲では無かったはずだが…。


「お前は…聞いてないのか…。貴様らの行いがカーデイルの滅亡の一因になったというのに」


 亡国カーデイル。王国の北西にかつて存在した国。数多の種族が集まり協力したという理想郷とも言われた国。しかし、末期には種族間の対立が深まり、その隙を狙ったガナム帝国に攻め込まれ分裂するように滅びたと聞くが…。


「父の話では…そもそもネルカトルは独立独歩。カーデイルにも組していなかったと聞いたが?」


 たしか丁度その頃に、ネルカトルは王国に編入されたと教わった。それ以前は完全なる独立都市であったはずだ。裏切るも何もそもそも別の国だ。


「やはり…ネルカトルはお仕舞いだな。巨人の誇りを無くしてやがる。…巨人の一角を占めていたお前らが平地人の王国に下ったことが問題なんだよ…。お前らの行いが呼び水となり、数多の種族がカーデイルを離反することとなった。…たとえ国が違っても、巨人の血っていうのはそれほどんだよ」


 トレーズは恨めしそうに私を睨む。ヘカトンケイルの一族は…たしか、カーデイルの主要な種族の一つであったか…。


 私にその恨みを向けることは…間違いとは言わないが、逆恨みではなかろうか…。それにカーデイルが滅びたのは百年以上も前のことだ。


「別にな。祖国が滅んだことを恨んでるわけじゃねえ…。だけどよ。…巨人族の誇りを失くしたお前らが、巨人族の系譜を名乗り、のうのうと生きているのが気に食わねぇ…。それだけさ」


 私の怪訝そうな顔を見て、テレーズが訂正をする。…が、それでも随分身勝手な理由だ。


「なるほど。だが、貴方がどう思おうが関係はない。私は自身の血に誇りを持っている。それは何人たりとも犯せない」


「だからよぉ。それを見せてみろって言ってんだよ…!」


 上段からの過激な斬り下ろし。受けるやなすという選択肢はない。テレーズの体格はロメア殿と同じ、巨人族の血を色濃く継いだ者のそれだ。相手は人ではなく魔獣モンスターと思ったほうがいいだろう。


「くっ…。炸裂火球フレアブラスト!」


 かわすと同時に、テレーズに向かって魔法を放つ。低位の魔獣であれば、一撃で葬り去る魔法であるが…。


「なんだよ?このぬるい火は?」


 炎の中から、テレーズが平然とした顔を覗かせる。火傷のひとつもない。炸裂火球フレアブラストは追撃を防ぐ目暗ましにしかならなかったのか…。


「巨人に!こんな火が!通ると!思ってんのかぁあ!!」


 私の甘い選択を指摘するかのような鋭い四連激。最後の一撃はかわすことができず、剣で受けはしたものの、勢いは殺しきれずに吹き飛ばされた。


「かひゅっ!」


 背中から石塀に打ち付けられ、肺の中の空気が強制的に吐出される。


「オラオラァア!誇りとやらはそんなもんか!」


 石塀を背にした私に目掛け、テレーズの追撃が襲う。剣で防ぐが、私の体を衝撃が駆け抜け、背にした石塀にはヒビが入り、崩れ始めている。


 何より、剣を握る腕が軋むように痛む。こんな攻撃を受けていたら体が持たない。私は苦し紛れに斬り返すが、あまりにもあっけなく防がれてしまう。


「…!その大剣も魔剣と言うことか…!」


 起動したフランベルジュで切りかかれば、通常の剣ならば溶断してしまう。しかし、テレーズの使う大剣は変わらずそこにあった。


「熱を吸収し、剣身を強化する魔剣だ。…誇りを見せろといったはずだ。魔剣の力に頼るような小細工は無しだぜ?」


 鍔迫り合いとなった二つの魔剣が鎬を削る。しかし、私がいくら押し込もうとしても、テレーズの魔剣は微動だにしない。


「この程度の力か…。平地人と大差ねぇじゃねぇか…。もう…ネルカトルの火は潰えたのだな…」


 先ほどの激昂とは打って変わって、テレーズは酷く悲しそうに呟いた。その目には憐憫の色が見て取れる。


「くっ…!勝手に憤って!勝手に哀れむなど…!何様のつもりだ!」


 テレーズの身勝手な振る舞いに、今度は私が激昂する。何なのだこいつは!評論家になったつもりか!


 確かにネルカトル家でも、巨人族の血が薄くなって来ていることは問題視されていた。しかし、それと誇りは別問題だ。先祖から継いできた物は、そんな安易な物だけではないはずだ。


「しぃっ…!」


 激昂の勢いそのままに斬り付けるが、簡単に弾かれ、隙のできた胴体を蹴り飛ばされる。


「うぐぅう…」


 路面で額を切ったのだろう。流れた血で視界が赤く染まる。激痛が腹の内側でのた打ち回り、冷静な思考を奪っていく。


「さあ、仕舞いにしようか。嬢ちゃん。だらだらと生き延びてても碌なもんじゃねぇ…。俺がスパッと介錯してやるよ」


 テレーズは大剣を肩に乗せ、落胆したような声色で呟いた。



「ケヒッ…。なあ嬢ちゃん…。アンタ、どうやったら死ぬんだ?」


 薄暗い地下の一室で、幽谷人の男が私に尋ねた。握られた短槍は私の体に突き立てられている。何度目かの被弾だ。そのため、既に私の体は穴だらけになっている。


「…さぁ?。死んだことが有りませんので、存じませんわ」


「面倒くせぇ…。深く刺さってねぇのか…。血を固めて防いでいやがんな…」


 男に対し、私が打つ手がないように、男も私に打つ手が無い。体を流れる血管は、操ることで鎧や筋肉の変わりとなる。男の短槍は全て重要な器官に到達する前に止められている。


 しかし、全く問題が無いわけではない。傷を負えば負うほど、出血を抑えるために魔法のリソースを割かなければならないのだ。


「しかも嬢ちゃん…、目的は…。時間稼ぎだな?」


 男はちらりと私の後ろに目をやる。そこには血で作られた茨が張り巡らされている。私を無視して進みたいのであろうが、血の茨を解除するには私を倒すしかない。


「あら、淑女を置いて進むおつもり?それはちょっとマナーがなってないのでは?」


「面倒くせぇ魔法に…性格まで面倒ときてやがる…」


 男は再び、短槍を構える。そして掴みどころの無い滑るような歩方。血の刃にて応戦するものの、再び男の接近を許してしまう。


 私の体目掛けて突き出される槍に、血で操った魔金オリハルコンの刃を振るうが、すぐさま槍が引き抜かれる。


「…その刃が厄介だな。流石に槍を壊されちゃたまんねぇ」


 先ほどからこれの繰り返しだ。何度か短槍を削ることには成功したが、未だに武器破壊には至ってない。


「あら、そんな高価な槍には見えませんけどね…!」


「おっと、あぶねぇな。…っとに面倒くせぇ魔法だ…!」


 私の血魔法を読み、男は急いでその場から後退する。血の刃は無抵抗に食らうのに、拘束を目的とした魔法は的確に避けてくる。…おそらく、魔力の流れの違いを感じ取っているのだろう。


「魔法の静謐性なんて…大して重要視してませんでしたけど、こうも読まれるのでしたら鍛えておくべきでしたわね」


「対魔法使いなら必須の能力だぜ?…随分ぬるま湯に浸かっていたようだな」


 それでも、これだけ戦えるのだから吸血鬼はズルい種族だと言いながら男は蔑むように笑う。


「まぁ…それでも俺には通用しねぇがな。…多彩なれど、注意すべきは魔金オリハルコンと拘束系の魔法だけか…」


「詮索するつもり?教えるわけ無いじゃない」


「馬鹿が…読みきったって言ってんだよ。あまり時間を掛けちゃ面倒くせぇことになる…」


 そう言って男は短槍を後ろに投げ捨てた。


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