第55話 仄暗い地の底から
◇仄暗い地の底から◇
ナナがぶち抜いたのは、隣の倉庫の地下室とつながる壁だ。お隣は別の商会の保有する倉庫であったため、少々通り道としてお借りしたわけだ。
「さあ、ハルト様。ここからは時間との勝負です。お急ぎ下さい」
ナナの後ろから姿を現したメルルが、俺の腰に剣帯を取り付けるのを手伝ってくれる。メルルの言うことも尤もだ。空気を伝わる轟音は風壁で防いでいたが、建物の振動は防げていない。地揺れや建材を伝わった音を聞いて、不審に思った人間がここに駆けつけてくるのも時間の問題だろう。
「ああ。ナナ、メルル。こいつがアルバだ。アルバ、二人を牢屋まで案内してくれ」
「ま、任せてくれ。…ハルト?」
…ナナもメルトもハルト呼びに戻っている…。本来であればありがたいのだが、アルバの前でハルト呼びは困る。
『…アルバには女の子で通している。女装していると思われたくないからハルティと呼んでくれ』
アルバには聞こえないように声送りで二人に声を飛ばす。二人も苦笑いしながら頷いてくれる。…言っておくけどメルルのせいだからな…!
「アルバと言ったな。私はナナだ。すまないが牢屋までの案内を頼むぞ」
「ああ…!解かった…!こっちに来てくれ」
「それでは私達は行きますね。ハルティ様。御武運を…!」
三人が駆け出していく。俺も直ぐに出番だ。装備の最終確認をしながら、地下に向かって来ている奴らの元に向かっていった。
◇
「おい、気にしすぎじゃねぇか?確かに変な音は俺にも聞こえたがよぉ…」
「いいから早く開けろ。地下にある商品どもに何かあったら、俺たちの首なんて簡単に飛ぶんだぞ?」
「へいへい。今開けますよ…」
鈍い音を立てながら地下へと繋がる扉が開かれる。その扉の先の暗がりに俺は立っていた。今日は雲が厚く、ただでさえ暗いのに、窓も無い地下の中は早々に見渡せないだろう。
「おい、ランタン…!誰かいんぞ…!」
俺の気配を感じたのか、男がランタンを掲げ俺を照らす。
「クソッ…!ガキが逃げて…ヒィッ!?」
暗がりにいたのは俺。…不気味な笑顔を浮かべ、顔を血に塗らした少女。
「『おじさん…遊ぼう…』」
声送りを用いてエコーを掛ける。同時に気圧を下げることで気温を低下させる。僅かにだが室内に靄が漂う。
「『ねぇ…遊ぼうよ…』」
「ば、ばば、化け…物…!?」
おっさん達が後ずさりをする。…
(秘技…!ホラーゲームの幽霊がやる移動…!)
風を炸裂させ、不自然な体制で移動する。明らかに加速度を無視した短距離移動であったり、肩や足を動かさない独特な移動方法だ。
「『ぁぁああぁああぁぁぁあああ!』」
「ひぃぃいい!く、来るなぁ!」
風でガタガタと窓を揺らしていく。棚や扉もひとりでに動き始める。傍から見ればポルターガイストだ。
「『鬼ごっこ?ねえ?鬼ごっこするの?…あはっ!あはははははは!』」
逃げた男たちが倉庫の中で化け物が出たと騒いでいる。あはははは!もっと騒げ!惑え!うろたえろ!
ちょっとふざけた出だしだが、もちろん驚かすだけではない。俺はこれから千人斬りだ。後々を楽にするため、混乱させ集団行動を崩壊させた後に端から切り取っていく。
閉ざされた部屋の扉をマチェットで叩き割る。破砕された扉の隙間から中を覗けば脅えた男と目が合った。俺は歯を見せるように凶暴な笑みを向ける。
「ヒアァアズ!ハルティイ!!」
「ぁあ…ああぁああ…」
そのまま扉を蹴破る。男は恐怖に慄きながらも反撃してくるが、柄ごときり飛ばし、足の腱を切断する。
一人、また一人と切り捨てていく。既に倉庫の中は大騒動だ。メルルから言われた人員を集中させる騒ぎと言う要求は達成できただろう。
『わたし…ハルティ…今、あなたの後ろに居るの…』
次の標的の耳元に声送りで声を送る。男にとっては、直ぐ近くで呟かれたように聞こえただろう。
「だっ!騙されねぇぞ!…後ろは壁だ!出て来い化け物め!」
…ほう。なかなか肝が据わっているな。男は戸惑いながらも剣を構えている。…だが、後ろに居るのは間違いではない。
男の真横の木壁を突き破り、俺の腕が飛び出す。そのまま男の首を掴み、破った壁のこちら側に引きずり込む。
「見ぃぃいつけたぁあ」
俺は男の顔を間近で覗き込みながら笑顔を向ける。
「ぁぁあああああああああ!」
残念ながら肝が持たなかったらしい。普段からもっとしっかり肝練りしとけよな。
血で廊下を染め上げながら倉庫の中を徘徊する。…しかし、残念ながら恐慌から立ち直りつつあるようだ。外部から奴らの追加の人員が到着したのも大きいだろう。この先の大部屋で隊列を組んで待ち構えてやがる。
ゆっくりと風で大部屋に繋がる扉を開ける。奴等からしてみれば、扉がひとりでに開いたものの、その先には誰も居ないという状況だ。待ち構えている奴らが唾を飲み込むのがわかる。
『ハイ…ジョージ…』
隊列の後ろ側に声送りで声を送る。
「ひぃ…!来やがった…!後ろだぁ!」
「馬鹿野郎!隊列を乱すな!恐らく敵は風使いだ!後方に声を送りやがった!」
「だったら何で俺の名前知っているんだよ!」
…敵の中に魔法使いの知識がある奴が居るな。俺が魔法使いと当たりを付けられてしまった。…というかジョージ居たのかよ。某怪人ピエロにあやかって適当な名前を呟いてみたが、まさか同じ名前の奴がいたとは…。
だが、扉から一瞬視線がそれた瞬間に、俺はもう部屋の中に侵入している。対集団戦のセオリーは端から各個撃破だが、恐怖に伝染しつつある集団相手であれば、飛び込んだほうが効果的なこともある。
俺は隊列を飛び越え、内側の人間から手に掛けていく。
「『ジョォォオジ君…!あっそびっましょ…!』」
俺の姿を見て逃げ始めるおっさんが一人。アイツがジョージ君か。俺は周囲を撫で斬りにしながらもジョージ君を追いかけ始める。隊列は逃げ回るジョージ君が勝手に乱してくれる。
「ひぃい!来るな!俺が何したって言うんだよ!」
…人身売買に加担しただろ。
「クソ!ふざけんなよ!」
「おい!風魔法使いと言っただろう!クロスボウは使うな!」
混戦中だというのに、混乱した奴らがクロスボウを俺に向かって射る。結構な量のクロスボウがあるな。…もしかしてここがクロスボウの出所でもあるのか?
クロスボウのボルトは俺に向かって飛んでくるが、もちろん当たらない。矢避けの魔法により、ボルトは逸れて、他のやつらに着弾する。
こうなってしまえばこっちのもんだ。一気に混乱が広がり、先ほどから指示を出していた指揮官らしき男の指示もろくに通らなくなる。…まぁもとから風を使って指示の声を妨害していたのだがな。
『こっちだよ?』
『こっちこっち!』
『違う違う。こっちだって』
悲鳴の中を移動しながら、他所にも声を送る。混乱した奴らは、声のした方向に反射的に剣を振ってしまい味方を斬ってしまう。
「ちぃ…!いったん引け!隊列を立て直せ!」
「無駄だよ?もう声は通らない…さようなら」
指揮官の後ろから首元に剣を回し、動脈を切りつける。この状態で冷静さを失わないこいつは厄介だ。確実にしとめる必要がある。
「もうだめだぁ!逃げろ!逃げろ!」
「おいおい。負傷者を捨て置くのか?薄情な奴らめ…」
逃げる奴らに追い討ちを掛けていく。ここに居るってことは大した地位にいる奴らでは無いのだろうが、あまり逃がすわけにも行かない。行動不能にして片っ端から転がしていく。
「さてと。…一息入れたいところだが、そうも行かないみたいだな」
「化け物と聞いて来たが…なんだよ。ガキじゃねぇか」
地面で呻く男共を尻目に、ゆったりとした足取りで俺の前に現れる一人の男。背が高く全体を覆うようなローブを羽織っている。さながら幽鬼のようだ。
「ビ、ビリガスの旦那…!助けて下せぇ!」
「あん?うるせぇよ。気安く呼ぶな。役立たず」
ビリガスと呼ばれた男が足元の男達にトドメを刺す。…どうやらお友達と言うわけでは無さそうだな。
「小娘。…名前は?」
ビリガスがマントの下から腕を出し、握った片手剣をこちらに向ける。
「ハルト…いや、ハルティだ。…そのローブの下。隠さなくてもいいぞ。見えている」
「お?そうか?…だまし討ちはできねぇようだな」
ビリガスはマントを脱ぎ捨てる。その下から現れたのは細長い四本の腕。…剣士として名高い四つ腕族の男か…。
「さあ、おっぱじめようか。ケヒッ…ケヒヒヒヒヒ」
「…レディを誘うには少々品が無いんじゃないか?」
「ケヒッ…
四つ腕族の男は高らかに剣を打ち鳴らした。
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