第54話 牢屋をキャンプ地とする

◇牢屋をキャンプ地とする◇


『こちらハルト。目標地点に潜入した。オーバー』


『お、大婆…?なんだ?無事なんだよな?』


 現在、俺はとある建物の地下牢に入れられている。牢屋は他にもあり、俺とアルバ以外にも捕らえられた子供の姿が確認できる。今も近くの暗がりからすすり泣くような声が聞こえてきている。


 俺らは二回に渡る引渡しの後、ここに辿り着いた。最初に搬入されたぼろ小屋で随分待たされたため、既に外は夜の帳が下りてしまっている。


『ハルト様。現在位置を教えてもらっていいですか?』


『ああ。街外れの倉庫街。北の街門から外壁沿いに三つ目の一際でかい倉庫の地下だ。屋根の端に尖塔が着いている建物だな』


『その位置ですと…ピスハンド商会所有の倉庫になりますね』


 ピスハンド商会…たしかピザを届けたこともあったな。悲しいよ。ピザを楽しむ心があるのに…こんなことに手を染めるだなんて…。


『ハルト。今は安全なんだよな?…脱出は可能か?』


 この囮調査を始めるにあたって、囮として捕まった後の動きも課題となった。証拠になる物があるのなら俺がそれをこっそりと盗み出し、そのまま脱出するというプランもあったが、単なる倉庫ではあまり期待できない。


『とりあえず、俺は安全だ。今のうちに脱出経路をそれとなく探っておく』


『その件ですが、ハルト様。恐らく明日にでも脱出してもらうことになりそうです。それも大胆に』


『いいのか?騒がれることになるぞ?』


 当初の予定ではこの様な状況での俺の行動指針は『安全性が確保される限り、脱出経路を詮索しつつ待機』だ。他の調査員がピスハンド商会を調べている間は、不用意に刺激をするわけにはいかない。


『ピスハンド商会はすでに調査の手を伸ばしていた商会の一つです。これ以上深く探るとなると、何かしらのきっかけが必要。…それこそ、商会から複数の人員を引き離すような騒ぎが欲しいのです』


 …倉庫で俺が暴れれば、商会の会館から人を引き剥がせるということか。…おいおい。勘弁してくれよ。俺は隠密が得意な斥候だぞ。暴れることは…そういえば暴れることも得意だったな。大人しくすることの次に得意だ。


『解かった。その代わりこっちにも人員を送ってくれ。合わせて俺以外の攫われた奴を脱出させたい』


『かしこまりましたわ。内部はハルト様のほうが把握しているでしょうから、脱出の手筈はハルト様に任せますね』


『ハルト。武器のほうは心配するな。私が届けてやる。進入経路は任せていいか?』


『ああ。頼んだ。何事も無ければ明日の朝に再び声を送る。…んじゃまたな』


 俺は声送りの魔法を解除する。基本的な魔法であるが、距離があるから長時間の維持はかなり面倒だ。


「なあ?さっきから何やってんだ?」


 同じ牢屋に入れられたアルバが俺に話しかけてくる。どうしようか…先ほどのメルルの話通りに進めば、明日になればゼネルカーナ家が調査をしていることが白日の下に晒される。そうなれば俺が秘密を守る必要もなくなるわけだが…。


 …下手に話すと俺が男であることがばれてしまう。話す内容には細心の注意を払わねば。


「言っただろ。助けてくれる仲間のあてがあると。魔法で連絡を取ってたんだよ」


 俺は風壁を展開して話が外に漏れないようにしてから話し始める。


「魔法?ハルティは魔法使いなのか?」


「ああ。アルバには悪いが俺はわざと捕まったんだよ。人攫いをしている奴らの拠点を特定するためにな」


「なんだよそれ…じゃあ俺が身体張ったのも無意味だったわけか…」


 アルバはいじけるようにしてうつむく。勇気を振り絞っても結局二人で捕まって、しかももう片方は助ける必要が無かったわけだ。拗ねたくなる気持ちもわかる。というか俺のせいだな。


「…そんなことない。アルバが俺を守ろうとしてくれて俺は嬉しかったぞ…?」


「…ふん。結局は何もできてないじゃないか。俺にもそんな力があればな…」


「何かできる自信があったわけじゃないのに、どうにかしようと勇気を振り絞ってくれたんだろ?もっとも勇敢なのは弱者の勇気だ。力は後から付けられるが、勇気はそうもいかない。俺は尊敬するよ」


 まだ幼いのだから力はこれから付いてくる。焦る必要は無いとアルバを宥める。汚れた黒髪だが、意外と撫で心地がいい。


「さて、んじゃ内部を詳しく調べさせてもらうか」


 拠点の内部を把握するために、風を送り込んでいく。倉庫といっても、鉄筋を用いた建築方法が一般化していない世界だ。柱や壁が多く、中々複雑な作りとなっている。サバイバルゲームとかしたら凄く楽しそうだ。…いや、ある意味現在置かれている状況がサバイバルだ。ゲームが抜けてしまったがな。


「…また何かやっているのか?」


「…!?…ああ。脱出経路を魔法で調べてるんだ。そうだなアルバは明日、捕まっている他の子を率いて欲しい」


 俺は地上の倉庫で暴れる予定のため、子供たちの逃走を手伝うことはできない。そのため、逃走の補助にはナナに担当をしてもらうつもりだが、アルバにも手伝ってもらったほうがいいだろう。


「ハルティはどうするんだ?一緒に逃げないのか?」


「悪いが俺は別に用があるんだ。…囮になるわけじゃないぞ?」


 流石に俺の担当の鉄火場にまでアルバを連れて行くことはできない。多少怪しんでいるが、アルバも納得してくれたようだ。


「さあ、明日は忙しくなるぞ。…そうだな。腹が減っては何とやらだ」


 幸いにして牢屋の前には見張りがいない。子供ばかりだからと油断しているんだろう。


 俺は風を使って鍵を回す。簡単なウォード錠だ。ウォード錠は錠の内部にウォードと言う障害になる突起が設けられており、正規の鍵はその突起に当たらずに回転できるのだが、そもそも不定形の風にはそんな障害は意味を成さない。ちょっと強めに内部に竜巻を起せば容易く解錠できる。


 俺は牢屋を平然と出て倉庫の内部に侵入する。事前調査の一環だ。口をあけて驚愕するアルバの顔が面白い。いい子にして待っているんだぞ。


 ピスハンド商会はそこそこ手広く商品を扱っているようだ。倉庫の中には保存食ばかりだが豊富な食料品がある。俺はそれらを適当に見繕って地下牢へと戻る。


「お待たせ。ほら、さっさと食っちまえ。見回りが来たら隠すんだぞ。他のやつらもだ」


「…食べていいの…?」


「…お姉ちゃん、ありがとう…!」


 俺は他の牢屋の奴らにも食料を配ってから自分の牢屋に戻る。もちろん錠前を元に戻すのも忘れない。


「魔法使いってすげーんだな…」


 牢屋に戻った俺をアルバが出迎える。もちろん先ほど渡したハムを貪りながらだ。…お前、それ俺も食うつもりだったんだから少し残して置けよ。ちょっと高そうなハムなんだからな。


「明日、腹が減って動けないなんてのは嫌だからな。腹ごしらえは必要だ」


「まさかこんな簡単に鍵を開けるなんて思わねぇだろ。…ありがとな」


「いいから、食ったらさっさと寝ちまえ。脱走に備えて体力を回復させるんだ」


 スラム育ちだけあって図太いのだろう。食い終わってしばらくもすれば、アルバの寝息の音が俺の耳に届いた。



「おい、こんなところでじっとしていて良いのかよ…!」


「心配するな。後数十秒だ」


 翌日、俺とアルバは牢屋を抜け出し、地下の一室に隠れ潜んでいた。他の捕まっている子達はまだ連れて来てはいない。


「いいか。ここにもう直ぐ俺の仲間が来る。お前はその仲間を牢屋まで案内するんだ。そしてその後はそいつと共に脱出してくれ」


「来るって言ったって…ここ地下なんだろ…!?どっから来るんだよ…!?」


 アルバが興奮気味に俺に食って掛かる。


「来る方法か…アルバ。いったん壁から離れろ」


 俺はアルバの手を引いて部屋の隅まで移動させ、念のため庇うように覆いかぶさる。


「お、おい…!なんだよ急に…!」


「そら、来るぞ」


 俺がそう言うと、轟音と共に地下室の壁がはじけ飛ぶ。壊れた壁の向こうからは光が漏れ出し、その中に立つ人影を映し出す。


「待たせたな!ハルト!首尾はいいか?」


 人影の一人であるナナが俺にマチェットを投げ渡しながら言う。


「上々だ。…さあ、ひと暴れと行こうか…!」


 俺は一日ぶりの相棒に笑顔で答えた。


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