第53話 腹を割って話せない

◇腹を割って話せない◇


 樽を破壊した後、即座にクソガキの後を追いかける。多少離されてしまったが、本気の風を纏った今なら即座に追いつける。


 しかし、もう少しで視界に収められるというところで、状況が変化し始める。


(暴れる音…?それに大人の声…?)


 どうやら、なにかしらのトラブルの様だ。俺は、風が運んでくる声を聞いて当初の目的を思い出した。…これはひょっとするとお目当ての者かもしれない。


 そのまま足を止めることなく、お目当ての会場まで駆けつける。どうやら、案の定らしい。先ほどのクソガキがガラの悪い男二人に囲まれ、麻袋に入れられるという出荷作業の最中だ。


「放せ!放せよ!」


「おい暴れんじゃねぇ。もう一発くらいたいのか?」


 クソガキの鼻からは血が流れ、頬が腫れている。既に一回痛めつけられたのであろうが、ここで抵抗しなければどうなるのか解かっているのだろう。今でも必死に抵抗している。


(さて、悪いがその席を譲ってもらおう)


「ダブル…!!ラリアットォオ!!」


 唸る豪腕!最強の回転力!腕力に物を言わせて、悪漢二人を弾き飛ばす!


「うお…!?なんだこいつ…!?」


 …倒すわけにも行かないから、ふざけた技で飛び込んでみたが、ほとんどダメージを与えられていないようだ。だが、クソガキと男二人を引き離すことには成功した。


「痛ぇっ…!…!?お前…!?何で!?」


 麻袋から放り出されたクソガキが驚愕しながらこちらを見る。


「おう、クソガキ。ここは俺が受け持つからお前は逃げろ」


「はぁ!?」


 財布の小銭は席料金としてくれてやるわ…!


「…何で助けてくれんだよ…」


「俺の気が向いたからだよ…!いいから早く逃げろ…!」


 クソガキの足なら十分こいつらから逃げ切れるはずだ。俺は暫く足止めした後に捕まればいい。


「おいおい。今日はついてるな。獲物がもう一匹増えやがった。しかも女だ。女だと割り増しだろ?」


「ほんとにな。日頃の行いが良いからだろ。神に感謝しねぇとな」


 げらげらと男共が笑って距離を詰めてくる。…チンピラにしては気の配り方が上手い。そこまで優秀とは思えないが、素人とも思えない。…傭兵くずれか?


 二人の話からして俺らを売りさばくつもりらしい。クソガキを攫おうとしたことからも、猥褻目的で攫うつもりではないな。…どうやら当たりを引いたようだ。


「何やってんだよ…早く逃げろって言ってんだろ…!!」


 俺は未だに逃走しないクソガキを叱咤する。この二人を打ちのめすことなど無手でも可能だが、それでは目的が果たされない。


「うるせぇ…!助けてくれなんて言ってないだろ。俺がどうにかするからお前が逃げろ…!」


 クソガキが俺を守るように前に立つ。…そうじゃないんだよ…!俺は攫われたいの…!


 どうするべきか…。もうちょっと場を荒らせば逃げてくれるかな…。もう一回こいつらを吹っ飛ばして、一緒に逃げ出す。その後、俺はわざと転んであいつらに捕まれば…。…いけるか?


「おいおい、健気じゃないか、こいつら。泣けるぜ」


「ああ。だが無意味だ」


 男共が仕掛けてくる。もう悩んでいる暇は無い。しょうがないからそのプランで行くか…。俺は腰を軽く落とし、初撃をいなせるように準備する。


「おい!てめぇら!何やってやがる!?」


 俺と男共が交戦する直前、動きを止めるように大声が響く。そちらを視れば見覚えのある男が一人。…デペンドさんだ。どうやらクソガキを追いかけているうちにデペンドさんの向かった先に近づいてしまったようだ。


「妹さんよぉ…。だから帰れって言ったんだよ…。…おめぇらだな?最近多発してる人攫いは…!」


 デペンドさんが呆れたように俺を見た後、男共に怒気を孕んだ目を向ける。


「おいおい、今度は正義の味方か?ここはいつから歌劇劇場ミュージカルシアターになったんだよ?」


「おそらく俺が産まれたときからだな。随分喜劇的な人生だと思ったが、どうやら俺は役者らしい」


 デペンドさんが現れたって言うのに男二人は余裕の表情だ。…デペンドさんは商人で強そうには見えないからな。単なる小太りのおっさんだ。


「妹さん。ここは俺が引き受けるから、そのガキを連れて逃げてくれ。なに、心配は要らない。こう見えて狩人に憧れたこともあるんだ」


 …デペンドさん。ここでいい人を発揮しないでくれ…。しかも憧れたってなんだよ…。心配が要らない理由が見当たらないよ…。


「何でお前ら…俺なんかを助けるんだよ…!逃げられるわけ無いだろ…!おっさんが戦うってんなら俺だって戦う!」


 クソガキが声を張り上げる。その目には強い意志が感じ取れた。


 …そうじゃないんだよ。二人とも本当に逃げてくれよ…。俺は!捕まりたいの!!


 全ての善意が裏目に出て俺を苦しめる。俺なんか悪いことしました?それとも善いことしたから、こんなことになってんの?


「…クソ…!おい!お前ら…!攫うなら俺を攫え!抵抗しないから!…そんかわりクソガキとおっさんは見逃してくれ」


 俺は悪態を付きながら男二人に自身を攫うように言う。


「いや、そもそもおっさんは俺らも要らないんだが…」


「どうする?女のほうが手に入るんなら、稼ぎとしては問題ないだろ」


 男共が小声で話し合っている。残念ながらおっさんは要らないらしい。


「俺が最初に捕まったんだ!ここは俺が攫われる!二人は逃げてくれ!」


 クソガキが俺の手を引き後ろに引き下げる。なんとも勇ましい。このような状況でなければ褒め称えていただろう。


「二人とも…!何いってるんだ!?子供が攫われるのを見逃しちまったら、俺は今後、どんな顔でピザを頼めばいいんだよ!…止めろお前ら!攫われるんなら俺が攫われる!」


 ダチョウ倶楽部じゃねぇんだよ…!何で二人とも攫われようとするの…!?頼むからこのまま帰って普通の顔でピザでも頼んでいてくれ…!


「だから、そもそもおっさんは要らないんだってば…」


「何でだよ!?俺がデブでヒゲ生えてるからダメなのかよ!?」


 …おっさんだからじゃないかな?


 どうしようか…声送りで男共に気付かれないように俺の正体を言っちまうか…?いや、声送りや風壁は口元の動きを消せるわけではない。こいつらに魔法の知識があった場合、俺が魔法使いであることが露見してしまう。


「めんどくせぇな…時間稼ぎかも知れないし、さっさと攫っちまおうぜ。おっさんは無視だ。」 


「そうするか。おら、大人しくしてろ」


「させるかよぉ!…ぺがっ!?」


 止めに入ったおっさんが裏拳を食らって崩れ落ちる。…心意気は見事だが、あまりにもあっけない。…あとでメルルに救助するよう声を送っておこう。


「ほら、クソガキ!逃げろ!」


「だから、お前を置いて逃げられるかよ!」


 そんな問答をしているうちに、男二人に俺もクソガキも捕らえられる。ここで暴れれば逃げ出す隙を作れるかもしれないが、それでもこいつは逃げないだろう。下手に暴れるより、俺と一緒に着てもらったほうが安全かもしれない。


 …仕方ない。俺が脱走するときに一緒に連れて行くか。


「ほーら。悪い子はしまっちゃいましょうねー」


「麻袋は一つだけだが、チビ二人だから入るだろう」


 俺とクソガキは纏めて麻袋を被せられる。土や麻袋のカスが体に降りかかって不快だがここは我慢だ。…チビっていった方。顔を覚えたからな…。


 流石に二人入りの麻袋を担ぐのは面倒なのか、しばらく引きずられた後、台車に乗せられた。


 麻袋の口は縛られているが、俺は風を展開し移動位置を補足し続ける。このまま行けば目的地まで案内してもらえるだろう。乗り心地の悪い移動手段だがしょうがない。でも、できればリムジンで攫って欲しかった。


「おい、クソガキ。俺も入ってるんだぞ。暴れるな。…心配するな。この後脱出できる算段がある。その時が来るまで体力は温存しとけ」


 クソ狭い中でクソガキが動くもんだから邪魔でしょうがない。


「…クソガキじゃない。アルバだ」


「は?」


「俺の名前だよ…!…母さんが俺に残してくれた唯一のものだ」


「…そうか。俺はハルト…いや、ハルティだ。」


 アルバは俺の腕の中で震えている。華奢な体だ。スラム育ちゆえに栄養状態が悪いのだろう。こんな身体で良くあそこまでの勇気を振り絞ったものだ。


 俺は安心させるために、アルバを後ろからそっと抱きしめる。


「んん…。ハルティ…。その…いくら同姓だからって…そんなしっかりと胸を触られると…」


 うん…?


「…同姓…?」


「何だよ…。お前、男だと思っていたな…悪かったな。胸が小さくて。ハルティだって似たようなもんじゃないか…」


「そ、そうか…ごめんな…うん」


 俺はゆっくりとその手を引っ込めるのであった。


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