第51話 目に映るもの全てが真実ではない

◇目に映るもの全てが真実ではない◇


「私の秘策。それはずばり…おとり調査です!」


 …俺の悪い予感は当たったようだ。安易に行えるほど易しい調査方法ではない。正直言ってかなり危険だ。


「…一つ聞くが、誰がやる気なんだ?」


「もちろん。そこは私がやりますわ。人攫いのターゲットは女子供が多いですから、私が適任です」


 メルルが自身の胸先に指を当て、高らかに宣言するように言い切った。確かにメルルは狙われやすいだろう…。だが、その考えには致命的な欠陥がある。


「…だめだな。メルル。君の考えにはいささか甘い点があると指摘せざるを得ない」


「…なんですハルト様。その甘い考えとは…」


 やはりメルルも貴族のお嬢様か。少々街中のことには疎いと見える。


「メルル。君は美人過ぎる。街中、それもスラムともなると人攫いだけではなく餓えた狼どもの巣窟だ。集まってくるのが人攫いだけだと思うか?」


 それこそ、有象無象が集まってきて人攫いとの区別が付かないだろう。それこそ、周囲の注目を集める状態のメルルを人攫いが嫌がる可能性もある。


「…なるほど。関所の際にも思いましたが、確かにこれは厄介ですね…。下心が無いのが余計にたちが悪いです」


 メルルは白い肌を桃色に染めている。…本題はそこではないのだが…。貴族の女性なのだから褒められ慣れているだろうに、案外メルルも初心なのだろうか。


「…そういうとこだぞ!ハルト…!」


 ナナが俺の足の先を軽く踏んで怒りをあらわにする。


「待て、話題がずれてるぞ…!問題はおとりのことだろ…!」


 俺は多少声を張り上げ、話題を元に戻す。


「まあ…確かにハルト様の言うことも理解はできますが…」


おとりなら俺がやる。俺なら敵の懐にもぐりこんでも連絡が取れる。メルル以上に適任だ」


 口には出さないが、女性であるメルルやナナをおとりにするには気が引ける。メルルなど貴族のお嬢様なのだ。囮といえども攫われたこと自体が醜聞になりかねない。もちろん、元とは言えナナもそれは同じだ。


「しかし、ハルト。逆にハルトなら人攫いの囮としては少々物足りないのではないか?」


「いや、大丈夫だろ。自分で言うのもなんだが、俺はそこまで強そうには見えない」


 俺が手ごろに攫えるかどうか、確かに微妙なラインではあるが、有り得なくは無いはずだ。


「そうですね…。確かにハルト様は見た目は華奢ですが…、良く視れば鍛えられているのが解かります。…少々、変装を施しましょう」


 メルルが俺を上から下まで観察しながら、そう言った。


 …変装か。確かに俺の普段の格好は狩人の定番ファッションだ。つまりは戦える人間と周囲にばれてしまう格好だ。囮になるのであれば普段と装いを変える必要があるだろう。


「そうだな。なるべく戦えない者の格好をするべきか…。ヴィクトリア商会の人に普段着を借りてくるか?」


 商会の丁稚に化ければ問題ないだろう。それとも、ぼろ布に身を包んでスラムの住民に化けるべきか…。


「いえいえ、衣装は私のほうで明日までに用意いたしますわ…!ハルト様が用意する必要はありません…!」


 メルルが少々興奮した様子で俺に訴えかける。服を商会の人に借りるというのも変な話なので、メルルのほうで用意してくれるのであれば、それに頼ってしまおう。


 しかし、何故だろうか…。嫌な予感が再び胸をよぎるのであった。



「さぁ。これで完璧!どこからどう見ても可愛い女の子です!」


「凄いな…ヴィニア殿の血を感じるよ…」


 ……。…何でこんなことになってしまったんだろう。昨日、メルルが衣装を用意すると言った段階で気付くべきだった。…現在、俺はうな垂れてソファーに座っている。…女装をした状態で…。


「さあ、ルナ。まずはこれを絵にしてくださいまし」


「畏まりました。お嬢様」


 ルナさんがキャンパスと銀筆を取り出し、俺をデッサンしていく。…素描もできるのか。マルチな人だ。


 …って!重要なことはそこではない!何故俺が女装しなければいけないのだ!


 用意された衣装に着替えようと個室で服を脱いだ途端、いつの間にか部屋に進入してきたルナさんの手によって女物の服を着させられたのだ。俺が抵抗をする間もないほどの早業だ。


 …この人怖いよ。俺の索敵を平然とかいくぐってくる…。


 俺が着ていた服や、本来着ようとしていた服は既に取り上げられてしまい、否応なしに俺の女装した姿はナナとメルルの前にさらけ出されてしまった。…おのれ覚えてろよ…。


「待って。頼むから着替えさせてくれ。お前らおとりとか関係なく楽しんでいるだろ」


「なに。心配する必要はない。似合っているぞ。ハルト」


 …似合っているのはむしろ問題では?


「ハルト様。…いえ、今はハルティ様とお呼びしたほうがよろしいですわね。…もっと恥ずかしがると思っておりましたが意外と平然としておりますね」


 こういうのは恥ずかしがると、余計恥ずかしいのだ。今も恥ずかしがろうとする心を必死で宥めている。…感情が死ぬとはこういうことを言うのだろう。


「さて、メルル。次はどの衣装を着てもらう?私としてはメイドのような格好もいいと思うのだが…」


 ナナは完全に目的を忘れている。ファッションショーじゃねーんだぞ…!


「もう。ナナったら。スラムにメイドが居るわけ無いじゃないですか。これはおとりの衣装でしてよ?」


「ああ、そういえばそうだったな。…ふむ。この姿ならいけるのではないか?まさにか弱い街娘だ」


「おい待て。まさか本当にこの姿でおとり捜査をさせるつもりか…!」


 これはおとり捜査を利用したメルルの悪ふざけではないのか…!?


「もちろん、そのつもりですわよ?もしや私が伊達や酔狂でハルティ様にこの様な格好をさせたとでも?」


 伊達や酔狂でやらされていると思っていたよ…!むしろそうであってくれ…!


「…男の格好で十分だろ。なぜ、女装してうろつく必要がある…」


「その点でしたら、ルナに聞いて見ましょう。彼女は凄腕の諜報員ですからね」


 メルルがルナさんに話を振るう。ルナさんは素描の手を止め、こちらに顔を向けた。


「そうですね。ハルト様とハルティ様。どちらも人攫いの標的にはなりえますが、可能性としてはハルティ様のほうが高いかと」


 ルナさんが俺を見てそう評価する。…ハルティの呼び名を定着させないで欲しい。


「ほら、ルナもこう申しておりますし、その格好で捜査をするべきですよ」


 メルルがにっこりと笑いながら言う。…なんて邪悪な笑みなのだ…!


「ハルティ様。今回の捜査にあなた方を加えたのは、若くして優秀な狩人と認めたからです」


 ルナさんが意味ありげなことを言う。…プロならプライドよりも効率を優先しろってか…!?


 …メルルのおとりを否定した際に使った『男が群がって区別が付かない説』を唱えてもいいが、そうすると女装した姿を自画自賛することになるので俺の口からはいえない。


 俺は縋るような目をナナに向ける。望みは薄いが、ナナから何か反論を出してくれるかもしれない。


「ふむ。ハルト。これでいいか?」


 ナナは頷くと俺の横に腰掛け、密着してきた。


 …ちげーよ。声送りでしっかりと言うべきだったか?何を思って俺の隣に座ったんだ。


「ああ。ボーイッシュなナナと女装したハルティ様。…これはいけない香りがしますわね…!ルナ!これも絵にして下さいまし!」


 メルルの興奮が加速する。…どこぞの夫婦を想い起こさせる表現だな…。ナナは調子に乗って俺の腕を抱きこみ、ルナさんに視線を向ける。…今度は写生大会と勘違いしてないか?


「メルルお嬢様。このままでは差をつけられる一方ですよ。遊んでないで偶には素直になるべきです」


「…それは、ちょっと…。恥ずかしいといいますか…」


「本当…、面倒くさい主様ですね…」


 ルナさんが、半ば突き飛ばすようにしてナナとは反対の位置にメルルを座らせる。


「はわわわわ…」


 メルルの色白な肌が一気に真っ赤になる。…こいつ、マジで初心なのか…!?


「ハルティ様…。メルルお嬢様は計算高い知的な女性を演じておりますが、中身は歳相応のか弱い女の子です。どうか優しく接してください」


「ええぇ…」


 そういえばナナが調子に乗るとポンコツになると言っていたな…。


「ささ。もっとくっついて…!ハルティ様…!動かないで下さい…!」


 ルナさんが銀筆を立てて、デッサンを再開する。


 ルナさん。人にプロとか言っておいて、あなたが一番楽しんでませんか…?


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