第50話 どこの馬鹿だ。ピザ頼んだのは
◇どこの馬鹿だ。ピザ頼んだのは◇
「おまちどう!ペパロニのピッツァだ。激ウマだぜ!」
「とんでもねぇ、待ってたんだ!もうピザが死ぬほど食いたくてな!」
商会を拠点にして、街の調査を始めた俺達は…ピザのデリバリーをしていた。街を駆け回って、様々な情報を探るのにうってつけだと思い立ったからだ。
ヴィクトリア商会の商品を売りさばけるというのも嬉しい。ウォルターさんは仕事とは言え、何かと俺らを気に掛けてくれる。これで多少の恩返しにもなるだろう。…もちろんペパロニは普通のペパロニだ。流石にドラゴンペパロニを放出するつもりは無い。
既にデリバリーを開始してから随分の日がたち、俺らも大分街に馴染んできた。顧客も日を追うごとに増え、様々な箇所から情報を仕入れることができている。
ピザのデリバリーは世を忍ぶ仮の姿。しかしその実態は街を探る諜報員…!
「ハルト様。次はイレイズ通りのサイレス商会です。ナナ。ピザのほうは?」
「問題ない!今焼きあがるとこだ!」
街の中心部の屋台に戻るとメルルが次の配達先を教えてくれる。屋台の中ではナナがピザを焼いている。屋台に備え付けた簡易的なピザ窯であるが、ナナの火魔法であれば、本格的なピザ窯にも負けない性能を発揮する。
中心部と言っても、メインストリートから外れた立地最悪の店舗であるが、デリバリーには関係ない。注文自体はヴィクトリア商会のほうに入っている。こんなところで屋台を構えているのは、単にヴィクトリア商会に飲食店用の設備が無いという理由に加え、俺が街の各部にアクセスできるようにするためだ。
…配達というものはまだ余り馴染みが無く、そこそこの人気を博している。最近はお昼時ともなると、ひたすらシャトルランだ。聞き込みをする暇すらない。…あれ?本末転倒か?
「おい!坊主!俺にもピザできるか!?シカゴスペシャルがもう一度食いてぇ!」
「確認取るんで待ってください!」
俺は声送りでメルルに確認を取る。
『メルル。シカゴスペシャルを一つ。追加いけるか?』
『ええと。…大丈夫です。次の配達の後に割り込めます。三十分後ですね』
「おっさん!三十分後ならいけるぞ!」
「おお!それじゃあ頼んまあ!」
事前にヴィクトリア商会に注文を入れておけば、指定した時間に俺が焼きたてのピザを届けるというシステムなのだが、俺が遠距離からの連絡が可能であるため、飛び込みの注文も受け付けている。なかば石焼芋のような移動販売だ。
「お待たせ!ペパロニとチーズの…むちゃうんまいピッツァだ!」
その日も俺はピザを片手に街を駆け回るのであった。
◇
「それじゃ、今日もお疲れ様!乾杯!」
「「かんぱーい!」」
俺ら三人は拠点の一室にて、果実水の入った杯を掲げる。目の前には売れ残りの材料で作ったピザが並んでいる。
「いやぁ~今日も大人気だったな。結構売れたんじゃないのか?」
「ああ。私も何枚焼いたか数え切れないよ」
「ふふふ。今日は過去最高の売り上げでしてよ」
おお。いつもより更に忙しいと思ったが、売り上げも過去最高か。頑張った甲斐もあるな。
「なぁ?大食いのお客様向けにシカゴスペシャルを作り出したが…、もっとこう肉肉しいピザが有ってもいいんじゃないか?」
「そうだな。チーズ盛りだくさんもいいが、ガツンと肉の旨みが来るピザも欲しいな」
「何を言ってますの。それなら女性向けにシンプルであっさりとした…。…て!?何の打ち合わせをしていますの!」
…?何って新たなピザの開発についてだけど…。
「調査!…私達は調査の打ち合わせのために集まりましたの!」
メルルが叫ぶようにして俺とナナに言い放つ。
「…。…あ、ああ…。もちろんだとも…調査…。調査ね…」
…そういえばそうだった。
「…言っておきますけど、明日からは私達でピザの販売はやりませんからね」
「な…!?明日も注文が入っているだろ!?お客様に笑顔を届けなければ!」
「そうだぞ…!私達のピザを待っている人がいるんだぞ!?」
メルルの唐突な宣告に俺とナナが慌てて食って掛かる。
「…なんでピザ販売にそこまで本気になっているのです…。幸いにして私達が商売を軌道に乗せましたからね。あとはヴィクトリア商会の人員で回してくれるそうです。ウォルターさんも売り上げが上がったと喜んでいましたよ」
マジかよ…もうピザ届けられないのかよ…。
「正直、人気が出すぎて情報収集どころじゃないじゃないですか。ある程度の情報は集まりましたので、ここからは目標を絞って調査いたします」
メルルはそう言って、部屋の壁に目を向ける。この部屋の壁には俺らや諜報員が街で集積した様々な情報が張り出されている。関係性のある情報には、海外ドラマで見るように毛糸がピン止めされている。
「くぅうう。私はもうこれを焼けないのか…」
ナナが悲しむようにピザを口に運ぶ。そうだよな。ナナも日増しにピザの焼き具合が上手くなってきたと喜んでいたもんな。
「はいはい。私生活では存分に焼いてもらって構いませんから。切り替えてくださいまし」
メルルがそんなナナを励ましながら嗜める。
「…目標を絞って調査するっていってもなぁ…」
俺はマルゲリータピザを手に取りながら、壁に張れれた情報を見つめる。ちなみにマルゲリータが俺の一番好きなピザだ。
「この街…。不穏な組織多すぎない?」
暴力組織や商会など、組織の形態には違いはあれど、その数は三十以上だ。もちろんその関係性も複雑だ。
「ええっと…スラムはメタルスケイルと獅子の奮迅、毒蛇の霧が対立していて、その下部組織が数十。毒蛇の霧はスラム以外にも手を広げていて、サイレス商会と対立。サイレス商会は獅子の奮迅と関係があって、ヨルムズ商会と対立中。それで老山組が火に油を注いでいて、パラプリュイ商会がここぞとシェアを奪って…。…覚えられるかい!?」
何でこんなに裏組織が多いんだよ!?正に無法地帯だな。我ながらよくこんな街でピザ配達してたものだ。
「今、ゼネルカーナ家の方は何しているの?」
俺はメルルに疑問を投げかける。メルルは総指揮官の立場であるが、ゼネルカーナ家の諜報員の音頭はルナさんが取っているらしい。不用意に動いて彼らの邪魔になるのは避けたいし、せっかくなら俺らは俺らで彼らの手の回らないところを探りたい。
「彼らの大半は、伯爵家の監視へと移っています。あまりにも怪しい組織が多いので、そちらから当たりをつけようかと」
伯爵とつながりのある組織か…。都合よく会合でも開いてくれればいいのだが…。
「ううむ。不自然な点が見当たらないのではなく、怪しい組織が多すぎて目処が付けられないとはな…」
ナナも唸るようにして悩んでいる。
「そういえば、俺らを襲った野盗はどうなったんだ?明らかに普通の野盗じゃなかっただろ?」
俺はメルルに尋ねた。あの野盗が伯爵と繋がっている可能性もある。そこから情報を辿れないだろうか。
「武器を貸す代わりに上納金と指定の商会を襲うように契約をしていたそうです。残念ながら野盗達は自分がどこの誰と取引していたかは把握しておりませんでしたね。…一応、この領でもっとも武器の取引が多いパラプリュイ商会を探っている者も居るのですが…あまり期待はできないですね」
メルルが苦笑いしながら答えてくれる。俺はそれを聞いて期待できない理由に感付いた。…この街では悪さをする奴が多いのだ。
「…パラプリュイ商会とやらが伯爵と繋がっている可能性もあるが、単に領兵に賄賂を渡して悪さをしているだけの可能性もあるのか」
「ええ。許されることとは言いませんが…、やっていることは荷馬車の襲撃ですから…伯爵家とは余り関係は無さそうではありますね」
俺は二人の会話を聞きながら考えを整理する。
「…一番手っ取り早いのは、俺が領府に忍び込んで裏帳簿を見つけて来れればいいんだが…」
そこには金がどこから沸いてきたか記載があるはずだ。一発で事件が解決する。
「流石に領府に忍び込むのは、リスクが高すぎて許可できませんね。隠し場所が判明していれば別なのですが」
幼少の頃の潜入ミッションは、隠し場所がほぼ確定していたから成立した。しかし、あの商館の数倍の大きさの領府から裏帳簿を探し出すのは困難であろう。
「…一応、次の調査の目処はついてましてよ?ハルト様も聞いたことがあるはずです」
俺も聞いた話…?デリバリーをしながら入手した情報だろうか。俺は壁に張り出された情報を見ながら考える。
「ハルト。あれじゃないか?ほら、スラムの」
「…ああ。あれか。確かに人攫いが多いからスラムには近づくなとお客に何度も注意を受けたな」
この国にも奴隷は存在する。そして人攫いによる違法奴隷も悲しいかな存在している。一時期は種族間の対立を煽ることになるからと奴隷を失くそうとする動きもあったらしいが、そうすると奴隷のように働かされる人が誕生するだけなので、現在は奴隷法を整備することで奴隷を護る形を取っているのだ。
「メルルはその人攫いが怪しいと?」
「その人攫いなのですが、私達の想定よりずっと多いのかもしれません」
そう言ってメルルが一枚の紙を取り出す。そこにはこの街の地図が簡易的に書かれている。俺達が配達のために使っていた物だ。
「この地図の南西がスラム街になるのですが…おかしいとは思いませんか?」
メルルは地図を指差しながら俺らに問いかける。
「…すまない。私は特に思いつかないな…実際に遠目にも見たことはあるが、至って普通のスラム街に見えたが…」
ナナが降参するように手の平を振るった。俺も解からなかったため、答えを促すようにメルルを見つめる。
「この領は複数の町村が貧困に喘いでいます。一方、領都は比較的栄えている。…本来であれば、領都には職を求める人たちで溢れ、スラム街が増加の一途を辿るはずなのです。…しかし」
「なるほど…。ネルカトル領の領都と比べれば大きいものの、この状況の領にしては小さいのか…」
ナナが頷きながら地図を見つめる。スラムの拡大を抑えるほどの人攫いか…。
「その人攫い…、違法奴隷が新たなストゥーピド領の特産だと?」
そうだとしたら腹立たしいと同時に哀れにも感じてくる。蛸がおのれの手足を食べるようなものだ。この領はとうとう自身の手足を切り売りし始めたのか。
「それでメルル、どうするつもりなのだ?怪しんでいるということはゼネルカーナ家の者も送り込んでいるんだろう?」
「ええ。確かに送り込んではいるのですが…、私に秘策があるのです…!これは私達にしかできない調査ですよ…!」
メルルは得意げに言いながら、残り少なくなったピザへと手を伸ばした。
俺は嫌な予感が胸をよぎるのを感じた。
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