第49話 ここでは笑顔がおかずだ

◇ここでは笑顔がおかずだ◇


「ここがストゥーピド領の領都…フーリッシュか…。意外と大きい街だな」


 ナナが街並みを見渡しながら呟いた。この領都はなだらかな丘陵の上に立てられており、街中でも坂道が多い。


 広く平坦な敷地が少ないためだろうか、一つ一つの建物も小さく、密集している。中には、日本の傾斜地の物件などでも見られる、二階に玄関がついている建物なども存在している。


 因みにこの領都にはフーリッシュという名前がついている。一方、ネルカトル領の場合は領都の名前もネルカトルだ。紛らわしいため、俺やナナは街の名前を言わず単に領都と呼んでいた。


「そうですな。ここまでの道のりでご覧になったと思いますが、この領は山間部が多く、大きい街が少ないのです。そのため、この領都に人口が集中しているのですよ」


 ナナの疑問にウォルターさんが答えてくれる。確かに、ここに来るまでに寄った町村は、数こそは多かったものの、どこも規模は小さかった。


「そのため、私達もこのフーリッシュを中心に調査の網を広げています。例の協力者も恐らくはこの領都にいる可能性が高いです。隠れ里などを根城にしている可能性もありますが…それならば不自然な物資の流入で居場所を洗い出すことができますわ」


 メルルが小声で俺らに囁く。…そういう危険なワードを言うときは俺に指示をして欲しい。風壁を張ることなんて、たいした手間じゃない。


「さぁ、皆様方。もう直ぐ商会の会館に着きますよ。今日はゆっくり休んで旅の疲れを癒してください」


 そう言ってウォルターさんは、馬車の進行方向の先にある建物を指差した。


「あら、随分立派な商館なんですね」


「ええ。我が商会も、この領ではあそこが唯一の拠点になりますからね。どうしても大きくなってしまいます」


「それだけ商会の規模も大きいと言うことか。メルルの協力者と聞いてはいたが、なるほど商売のほうも巧みとお見受けする」


 ウォルターさんの指差した商館は、敷地も広く、塀によりぐるりと囲われている。塀の中には本館以外にも倉庫など複数の建造物が確認できた。他の建物が小さいこともあって、なおさら立派に見える。


「なに、もっと街の中心部に向かえば私どもの商館よりも立派な館を構える商会は沢山ありますよ」


 ウォルターさんは商館が褒められて誇らしいのだろう。謙遜しながらも、顔がほころんでいる。


「ささ、そのまま馬車に乗っていてくだされ。中庭までこのまま進みますゆえ」


 馬車はそのままゆっくりと商館の門をくぐって行った。



「こちらが、メルル様とナナ様のお部屋になります。…部屋も余っていますので別々の部屋も可能ですが、ご一緒でよろしいのですか?」


「ええ。一緒で構いませんわ。これだけ立派な部屋ですもの。一人で使うのはもったい無いですわ」


 案内された部屋はリビング以外にも寝室が三つもある立派な部屋だ。本来は、他の支部等から訪れた人間が宿泊する施設だそうだ。普通の商会ではこの様な施設は無いのだが、ヴィクトリア商会には敷地内に従業員の寮も存在するため、合わせて建造されたらしい。


 …寝室は三つあるが、もちろん俺は別の部屋だ。ナナが残念そうな顔をしていたが、メルルもいるのだ。こればかりは仕方が無い。


「それでは何かございましたら、遠慮なく申し付け下さい」


「ええ。協力ありがとうございます」


 そう言ってウォルターさんは一礼をして部屋を後にした。俺たち三人は、ゆっくりとリビングの椅子に腰を下ろす。


「それで、メルル。この後はどうするつもりだ?」


「今日はもう休んでいただいて構いませんわ。申し訳ありませんけど、私は今から情報の整理をいたしませんと」


 そういえば、野盗を引き渡した際にルナさんから書類を貰っていたな。…どうやら、別働隊がこれまでに集めた情報らしい。


「それだったら、俺は晩飯でも作るかな。たしか寮のほうに共同の炊事場があったはずだ。ナナ。手伝ってくれるか?」


 ヴィクトリア商会は食料品を主として扱う商会だ。土地勘の無い街で飲食店を探すよりも、せっかくだから食料品を売ってもらって自炊をしよう。


「ああ、構わんぞ。何を作るつもりだ?」


「折角だし、例の保存食を使おう。そろそろ食べごろのはずだ」


 保存食として作った物であるため、野営などで食べることが正解なのだろうが、あえて野営では振舞わなかった。最初はちゃんとした料理で食べたかったのだ。


「おお、それはいいな。メルルにも食べさせてやろう」


 料理を想像したのだろう。ナナは舌なめずりをしながら笑って言った。



「おい、メルル。料理ができたぞ。資料を片付けてくれ」


「あら、ありがとうございます。…美味しそうな匂いですね」


 俺が作ったのはピザだ。素人ながら中々上手くできている。前世でも良くフライパンで頑張って作っていたものだ。それにヴィクトリア商会が豊富なチーズを扱っていて助かった。


「ああ、少し待っていてくれ。今切り分ける」


「それで、明日からの私達の動きは決まったのか?」


「そうですね。やはりまだまだ情報が足りないので広範囲から様々な情報を集めたいですわね」


「なんだ、どこかに潜入などはしなくていいのか?」


「そういった深い情報の調査はゼネルカーナ家の諜報員が行います。…言っておきますけど、広範囲から情報を集めるのも意外と難しいですのよ?」


「…たしかに、広く浅く調べろと言われても方法に悩むな。愚直に聞いて回るのは、あまりにも不自然だ」


 俺は二人の会話を聞きながらピザを切り分けていく。残念ながらピザカッターは無いので、ナイフによる切り分けだ。


「さあ、二人とも。その辺にしてくれ。先ずは頂こうじゃないか」


 俺は切り分けたピザをそれぞれの皿により分ける。


「それじゃあ、いただきます」


「「いただきます」」


 俺らはピザを口に運ぶ。焼き立てだからチーズがとろけていて、予想以上に伸びる。ソースのできもいい具合だ。


 ナナは美味しそうに大口で次々と口に運んでいる。いつものことだがいい食べっぷりだ。見ていてほっこりする。


「…!ハルト様。料理がお上手ですのね。…このペパロニはどちらのお店で?」


「ふふん。メルル。このペパロニは私とハルトの自作だぞ?」


 メルルの反応を見て、ナナが自慢げに言い放つ。見事なドヤ顔だ。可愛い。


「そうなのですか…!?もちろんソースなども美味しいのですが、このペパロニが特に…。こんな美味しいペパロニ初めてですわ…!?」


 それもそうだろう。このペパロニは素材が素材だ。最初は香辛料を混ぜないサラミにする予定だったが、濃厚な旨みを引き立たせるために、あえて香辛料を入れてペパロニにしたのだ。


「これは、味付けというよりお肉が普通とは違いますわね。魔物肉…。それも美味な部類の……」


 メルルは味わいながら素材の分析をしていたが、唐突に動きが停止する。…たしか、メルルはナナの活動を調査していたはずだ。素材が何か気が付いたのだろう。


「ナナ…。ハルト様…。このペパロニですが…、もしかして…」


「ああ。ドラゴンだ。ドラゴンのペパロニだ」


「ドラゴンペパロニ…」


 メルルは俺の台詞を聞いて呆然としている。ナナはそんなメルルを傍目にモリモリとピザを食べている。


「…?どうしたメルル、食べないのか?折角の焼き立てだ。早く食べねば勿体無いぞ」


「いえ…、その、まさかこんな形でドラゴン肉を食べることになるとは…。少々混乱してしまいました」


 ドラゴンの肉は希少品だ。ドラゴン自体が少ない上、それを狩れる狩人も少ない。貴族でも食べたことのない者は五万と居るだろう。


「ええ…。ええ。この様な物を振舞っていただき非常に嬉しいですわ。…ですが、できれば事前に言って欲しかったと言いますか…」


 メルルは複雑な表情をしながらピザを口に運ぶが、直ぐに口角が上がる。ドラゴンペパロニの味わいは、強制的に人を幸せにするのだ。


「はぁ…。美味しいです。ドラゴンペパロニと焼き立ての香ばしい味わい。そしてハルト様の手料理…。美味しさの三重奏ですわね」


 メルルは片手を頬に添えてじっくりとピザを味わう。ナナのような勢いのある食べっぷりも見ていて嬉しいが、メルルのようにゆっくりと味わって食べてくれるのも作った方としては嬉しい。…ただ、ゆっくりと味わってくれるのもいいが、あまりゆっくり食べるとナナが全て平らげてしまうぞ。


「…メルル。言っておくが私も手伝ったのだからな。むしろ焼いたのは私だ」


「あら、でしたらカルテットですね」


 メルルの焼き立てという言葉を聞いて、俺の脳裏に一つの案が浮かぶ。


「なあ、メルル。街で情報を集める方法を探してるんだろ?これ使えないかな?」


「これとは…?」


「ピザだよ。ピザ。ペパロニのピザ」


 俺の回答を聞いても、メルルは理解できずに首を傾げていた。


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