第47話 顔面マスクメロン
注)前々話を多少改定いたしました。物語の流れ的にはそこまで大きな変更はありませんのでそのまま読んでいただいて問題ありません。
◇顔面マスクメロン◇
「ふーん。ヴィクトリア商会ねぇ。荷物は食料品と…」
俺の目の前にはお世辞にも品が良いとは言えない男が書類に目を通している。ボサボサの頭髪に無精髭。吐く息には酒の香りも混じっている。制服を着ていなければ野盗の類と勘違いしてしまうだろう。
ここはストゥーピド領の入り口の関所だ。本来であれば往来する商人が列を成す場所であるのだが、余りにも閑散としている。領兵も俺らの通過のために酒盛りを中断されたらしく、ご機嫌斜めだ。
「そっちの奴らは護衛の狩人ね…ほう…女か」
男はナナとメルルを舐めるように見ると下卑た笑みを浮かべる。二人は鎧を着込み、ローブのフードを深く被っているものの、それでは隠せないほど女性的な体付きをしている。
「兵士様。なにぶん食品を運ぶ旅であります。余り時間を掛けるわけには…」
領兵の不穏な空気を感じ取ったのだろう。商会の代表であるウォルターさんが衛兵に袖の下を渡す。
「…時間はかけねぇよ。おい、お前ら。フードを取れ」
領兵は賄賂を受け取りつつも、ナナとメルルに顔を見せるように指示を出す。…俺は念のため、気付かれぬようマチェットの鯉口を切った。
「…わかりましたわ」
二人はフードに手を掛けてその顔を露にする。
「うお…!?…チッ…!狩人はこれだから…!もういい…!行け…!」
領兵は積荷の確認もせずに俺らの通過を許す。ウォルターさんは馬車を発車させ、関所を立ち去る。俺らもそれに続いて、足早にその場を後にした。
◇
「ハルト様の言う通りでしたね。私達の純潔の危機でしたわ」
メルルが横に並び、俺に顔を向ける。その顔には無数の
実際には瘡蓋の下には傷が無い。血魔法にて顔に瘡蓋を作り出しているのだ。
「私はハルトがアイツに斬り掛かるんじゃないかと冷や冷やしたぞ。なぜ鯉口を切ったんだ」
今度はナナがメルルとは反対側に並び俺に話しかける。ナナは特にメイクをしてはいないが、髪の分け目が普段とは逆だ。つまり、普段は一房の灰色の前髪で隠れている火傷痕が表に出て、無傷の側が髪で隠れている。
…俺はナナはもっと細工をしないと危ないと言い張ったのだが、ナナはこれで問題ないと言い張り、実際、問題になることが無かった。
「ナナ。ナナが大丈夫だったのはアイツの目が節穴だっただけで、俺の言う火傷痕も含めて綺麗だと言うのは間違いではないからな」
本当に何で通過できたんだ?メルルの顔面マスクメロンに圧倒されたのか?
「よ、よせ…!メルルが聞いているのだぞ…!」
ナナが照れながら俺に軽くショルダータックルをする。そして、タックルの勢いそのままに肩を寄せ、離れることなく俺と歩調を合わせる。
「ナナったら、口ではそんなこと言って随分大胆ですね。私も負けませんわよ?」
メルルもナナにつられるようにして肩を寄せてくる。…関所を通る危険性を説くにあたり、二人を散々美人だの綺麗だの言ったせいで、関所で不快な思いをしたって言うのに上機嫌だ。
「二人とも。護衛依頼中だ。非常に嬉しいが離れてくれ」
俺は断腸の思いで二人を注意する。
「ふふふ。嬉しいのでしたら今夜テントでサービスしますわよ?」
メルルが微笑みながら俺をからかうようにして言う。…サービス…だと…!?
「ハルトォ?何を期待している?ああやって振り回して隙を作るのがメルルの常套手段だ。騙されるんじゃないぞ?」
やはり私が
「あら、ナナったら私を邪険にして…私達の友情は消え去ってしまったのかしら?」
「それとこれとは話が別だ。…メルルとはその辺をちゃんと話し合う必要がありそうだな」
「話し合ってくれるほどの余地がおありで?」
「なに、私は好きな食べ物は分け合う
ナナが強気に言い放つ。この語気はナナさんモードに入っているときの喋り方だ。…なるべく関らないようにしよう…。
俺はさりげなくウォルターさんの近くに移動する。あまり俺が聞いていい話題に思えなかったので気を使ったのだ。
「おや、前方の警戒ですか?」
「…ええ。風で索敵してますけど、直視して確認することも重要ですから」
俺は後方の二人の会話を聞かないようにしながら、護衛を続けるのであった。
◇
「…それにしても本当に荒んでいますわね。もう領都も目前だと言うのに」
敵地の中、俺らは順調進んでいたが、あまり長閑な旅路とは言えなかった。寄る村や町の現状を目にしてきたからだ。特に村の困窮具合は酷く、積荷の食料を無料で振舞っていたほどだ。一応対価として、メルルが情報を仕入れてはいたため、完全に無駄な取引と言うわけでは無い。
「領都は多少マシですよ。むしろ搾り取った富が集約しているとも言えます」
ウォルターさんが渋い顔をしながら呟いた。この人は、ゼネルカーナ家の協力者として既に領都に何度も足を運んでいる。この惨状も見慣れてしまったのだろう…。
そのまま俺らは領都に向けて馬車を走らせていたが、索敵に不穏な反応を感じ取った。
「…!総員警戒態勢…!マジかよ領都の近くだぞ…?」
前方の道の脇の繁みに潜む複数の人員。ここは見通しの良い街道だ。森の中ならまだしもこの様な場所は俺の索敵範囲より視認距離のほうが広い。向こうも俺らの存在に気付いたからこそ、潜んでいるのだろう。
「野盗か?どうする?」
ナナが俺のもとに近寄り声を掛ける。
「…馬車を残して俺らだけで先行してもいいが…。向こうの人数が多い。回り込まれると厄介だ。ウォルターさんには申し訳ないが馬車ごと進もう」
「ええ。構いませんよ。ここで一人残されるよりは、一緒に進んで護ってもらったほうが安心できます」
ウォルターさんも一人残される危険性を理解してくれているようだ。俺らは警戒しつつも前方に馬車を進めた。
敵に近づくと俺の風がより鮮明に敵の姿を捉えるようになる。流石に顔付きなどは解からないが、装備程度であれば把握できる。
「何で野盗がこんな装備持ってるんだよ…全員、馬車に寄ってくれ…!
俺は馬車の周囲に渦巻く風の防御壁を張る。魔法を展開してから暫くすると、敵のいる方向から無数の矢が放たれた。しかし、全ての矢は強烈な横風を受けて、俺らから逸れるように飛んでいく。
矢は主に俺とウォルターさん、そして馬を目掛けて放たれている。どうやらナナとメルルには別のプロテクションも掛かっているようだ。
「短い矢…これはボルトだな。敵はクロスボウを持っているのか?」
「それも一丁や二丁じゃ無いぞ。仕方が無い。弾切れまで待つか」
本来であれば俺が敵陣に飛び込んでかき回すのだが、矢避けの魔法を馬車周りに維持するためにここを動くことができない。ナナやメルルを突入させるよりは、弾切れを待ったほうが安全だろう。
「しかし、ハルトが弓が最強の武器だと言っていたのが理解できたよ。確かにこれは厄介だ」
「だろ?リーチの差っていうのは強力だ。離れた距離から一方的に攻撃ができる」
本来、最強の武器などは存在しない。目的や状況、使い手によって最強が変わるからだ。それこそ、武器の種類だけ最強が存在すると言っても良い。
だがそれを承知の上で、それでも最強の武器を挙げろと言うのであれば、必ず名前が挙がるのが弓だ。弓の上位互換である銃が他の武器を駆逐した前世が証明にもなっている。
もちろん弱点はある。一つ目は矢を消費することだ。矢を消費するため攻撃の度にコストを支払うこととなる。それは金銭的なコストでもあるし、攻撃可能回数というコストでもある。
もう一つは習熟難易度の高さだ。まともに使える様になるまでかなりの修練を要求するのだ。…その習熟難易度の高さを改善したのが、今敵が使っているクロスボウだ。
弓であれば弦を引き絞りながら狙いを付ける必要があるが、クロスボウであれば弦を引き絞った状態を機械的に維持できるので、脱力した状態で狙いを付けることができる。
…デメリットは複雑な機構であるため壊れやすく、値段も高くなること。野盗の類が準備できる物ではない。一丁や二丁なら鹵獲品で説明がつくが、この数は明らかに不自然だ。
「おい!当たってねぇぞ!何やってんだ下手糞がぁ!」
「もういい!直接やる!矢ぁ止めろぉ!」
弾切れの前に野盗の我慢の限界が訪れたようだ。剣を抜いた野盗たちがワラワラと繁みから飛び出してくる。
「さて、私達の出番か。ハルトは念のため防衛に回るか?」
「そうだな。クロスボウを再び撃ってくる可能性もあるしそうするか…」
「ハルト様。できれば生け捕りにしたいので、例の魔法を試させて貰えませんか?」
陣形を整えていると、メルルからの提案が挙がる。例の魔法とは道中で俺とメルルが開発した魔法だ。それも俺の前世の知識をもとに組み立てた代物だ。
確かにあれなら生け捕りに向いている。俺はメルルを肯定するようにうなずいた。
「ナナ。下がってくれ。メルルの新しい魔法を試すぞ」
「ああ。二人でなにやら試していた奴か。ふむ。それならばまずは見物させてもらおう」
「ええ。見ていてくださいまし。…くれぐれも霧には触れないで下さいね?」
メルルはそう言って野盗達の前に対峙した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます