第46話 新しい仲間

◇新しい仲間◇


「それで、メルル。具体的な動きはもう決まっているのか?」


 談話室にて、俺らが着席するやいなや、ナナが口を開いた。それに答えるようにメルルが手を肩の高さに掲げると、メルルの後ろに控えていたメイドのルナさんが書類をメルルに手渡した。


「これをご覧になって下さい」


「…これは、狩人ギルドへの依頼書?」


「内容は、商会の護衛任務。行き先は…ストゥーピド領の領都か…」


 俺とナナは依頼発注書の内容に目を通した。本来は狩人ギルドの掲示板などで目にする書類だ。


「…実を言いますと、二人には個別でお誘いする予定でしたの。まさかあの場で自ら立候補してくれるとは思いませんでしたわ」


 …なんと、元から参加のチケットは貰える予定であったのか。俺は机の上に置かれた依頼発注書というチケットに再度目を通す。


「明日、この依頼を指名依頼で発注します。もちろん、商会はこちらの息が掛かった者。私が使える数少ないゼネルカーナ家の協力者ですわ」


 メルルは得意げに言い放った。


「なるほど。関所なんかは護衛の狩人として通過すると…」


「私達はそれでいいだろうが…。メルルはどうするんだ?商会の者として通過するつもりか?」


 ナナがそう言うと、メルルは自身の胸元に手を入れた。襟元を開いて手を入れたため、胸元の白い肌が見えそうになってしまう。俺はとっさに目を逸らした。


「ふふーん。これを使います。一応、正規の手段で入手したんですよ?」


 メルルが俺らに突きつけたのは、銅級の狩人証だ。そこには、メルルの名前がしっかりと書かれている。


 ある程度の力量があれば銅級には直ぐに上がれるというが、そこまで簡単に入手できる物でもない。王家の影として活動するために取得したのだろうか…。免許マニアのように様々なギルド証を持っていそうだな…。


「…となるとメルルもパーティーに加入すると言うことか…」


「ええ。よろしくお願いいたします。…ナナとハルト様との狩人生活…!楽しみですわ…!」


 楽しそうに笑うメルルに対し、ナナは嬉しいような困るような複雑な顔をしている。


「正規の手段で銅級の狩人証を取ったと言うことは、メルルもある程度戦えるのか?」


 俺は疑問を投げかける。戦えるのであれば、戦闘スタイルなどを把握しておく必要がある。


「ハルト。メルルはハルトと同じ魔法種族だ。戦力としてはかなり上等だぞ」


「ハルト様。実は私、吸血鬼ヴァンパイアなのです。魔法には自信がありましてよ」


 吸血鬼ヴァンパイア…!初めて見た…!見た目は平地人と変わらないと聞いたが、どうやら本当のようだ。


 …ついでに、美男美女ばかりというのも正しい情報のようだな。少なくともメルルはかなりの美少女だ。ナナを知らなければ夢中になっていたかもしれない。


 吸血鬼ヴァンパイアはハーフリングや巨人族と同じ魔法種族。…というか、魔法種族の中でもかなり特異な存在だ。


 ハーフリングは皆、風属性に適正を示す。しかし、当たり前だが風属性の魔法が使えればハーフリングと言うわけではない。


 一方、吸血鬼ヴァンパイアは別だ。血魔法という水魔法の亜種にあたる魔法を使いこなす。この血魔法こそが、吸血鬼ヴァンパイア吸血鬼ヴァンパイア足らしめる要素だ。


 そもそもは真祖と呼ばれる存在が固有魔法である血魔法に目覚めた。最も身近で最も尊い液体を操る魔法。身に宿る存在であるが故に、真祖に種族の変化とも言えるほどの影響をもたらした。


 さらに、本来であれば固有魔法は遺伝する事は無いのだが、血魔法はその特性ゆえに、血を継いだ存在、つまりは子孫に遺伝した。


 そうして、血魔法は吸血鬼ヴァンパイアという新たな種族を作り出すこととなったのだ。一族に固有の魔法が宿るのではなく、魔法が一族を作り出すというかなり特殊な存在だ。


 …たぶん筋肉魔法とかそんな固有魔法に目覚める奴がいれば、同じ道を辿ることになると思う。


吸血鬼ヴァンパイアか…。てことは血魔法が使えるってことか…」


「ええ。それに加えて、水魔法と闇魔法にも適正がありますわ」


 …!?トリプルエレメント!?…固有魔法は通常の属性魔法に適正は出ないと聞いたが…。…そうか。血魔法は水魔法の亜種だ。血も操れる水魔法使いと言うわけか。


「凄いな。三属性持ちなんて存在したのか…」


「もっと褒めてくださいまし」


「三属性をそれぞれ鍛えるだなんて大変だっただろう。意外とメルルは努力家なんだな。尊敬する」


「ぐふふふふ…」


 …メルルの要望に乗って褒めてみたら、少し気持ちの悪い笑みを浮かべ始めた。美人はそれでも絵になるからずるいな…。


「ハルト。…あまり褒めるんじゃない。メルルは大抵をそつなくこなすのに、調子に乗って大失敗するタイプだ」


「ああ…わかった。気をつける…」


 メルルは仕事ができるキャラとドジっ子が同居しているようだ。凄い落差だな。シェアハウスなら一ヶ月で崩壊するパターンだ。


「メルル。戻って来い。…それで、連携の訓練はどうする?」


 ナナがメルルを小突きながら問いかける。


「それは申し訳ありませんが、護衛の道中で行いましょう。私兵が捕らえられたことで何かしらの反応があるはずです。出発は早いに越したことはありません」


 そうなると、明日依頼を受注したらすぐさま物資の準備。明後日には出発という流れか。


「道中はそれで良いとして…商会の護衛として潜入してからはどうするつもりだ?」


 俺は現地に赴いてからの予定を確認する。


「その後は、その商会に居候をする手はずになってますわ。まずはその商会を拠点として、調査を行います。まずは伯爵家の周辺の調査と言うわけです」


「具体的な調査目標はあったりするのか?王府から怪しまれているんだろ?」


 テオドール卿には不穏な動きと言っていたが、どんな情報を掴んでいるのだろうか。


「そもそもの発端は、ストゥーピド伯爵が今年度も正規の税を納めたことですわ」


 …?税を納めたことが問題?


「かの領は荒廃が進んでおり、今年は正規の額の税が納められないはず。…そうなればそれを理由に領への査察を入れられる。そのはずだったのですが…」


「なるほどな。王府は王府で目論見があったのか…」


 ナナが納得するように軽くうなずいた。


「ええ。正直に申しまして、ストゥーピド伯爵は貴族主義の悪いところを煮詰めたような存在。王府としてもさっさと権力を弱めたいのです」


「貴族主義?」


 初めて聞く単語に俺は疑問系で聞き返す。一応字面からは推測ができるが…。


「ああ。ハルト。貴族主義とは、貴族こそが至高であり、平民は家畜か何かだと思っている奴らだ。…正直私とは相容れないな」


 ナナが嫌なことを思い出したかのように顔をしかめた。


「…一応、言っておきますけど、貴族主義の全てが悪と言うわけではありませんよ?かの亡国カーデイルが滅びた理由の一つが、民が力を持ちすぎたことです。集団とは恐ろしい物で、間違った情報に簡単に踊らされる。カーデイルの末期には民が暴徒と化し、貴族にはそれを押さえつける力が無かった。…ようは何事も加減が重要と言うことです」


 前世でも風評被害やデマ情報に踊らされる人は多くいた。前世ですらそうなっていたのだ。今世ではなおさらだろう。


「…確かに貴族主義であっても、民に愛されている貴族家はあると聞くな」


「そんな貴族あるのか?とても好かれるとは思えないが…?」


 俺は疑問を口にした。民を家畜かなんかだと思っているんだよね?俺ならとても好きにはなれないが…。


「ハルト様。厩舎をご覧になったことはおありでしょうか?馬丁の方がどの様に馬と接しているかご存知で?」


「え?それは…ああ。そういうことか…」


 俺は厩舎の様子を思い出し、メルルの言いたいことを理解する。


「ええ。馬丁はそれはもう馬を家族の如く大切にいたします。貴族主義の者も同じです。民が栄えることが自分の為になると理解しておりますから、怪我は無いか病気はしていないか、それはもう手厚く面倒を見るのです」


 …領民にとっては、領主が自分をどう思っているかなんて関係なく。重要なのは自分の暮らしがよくなるかどうかということか。


「なるほどね。それこそ、普通の領民であれば領主と会う事だって無いのだから、領主として有能であるならば問題ないということか。…そして件のストゥーピド伯爵は、有能な領主とは言えないと」


「ええ。今回の問題は、領地経営に理解が無くお金が無いはずのストゥーピド伯爵が税を用意したこと。まずはその資金源の調査です」


「合法的なら問題はないが、酩酊草といいヴィニア殿の誘拐といい、何かしらの非合法な手段で稼いでいる可能性が高いと」


 税金の補填となると真っ当な方法で稼いではいないだろうな。ナナの言うとおり疑うに足る前科がある。


「そして重要なのが、かの伯爵に入れ知恵をした者の調査ですね。それこそ、伯爵を追い詰めるだけであれば、今回の私兵の件を皮切りに強制的に調査に踏み切ればよいのです。ですが、あまり強引に探ってはその者に逃げられてしまうことは確実。まずは全体像を把握する必要があります」


「ああ。…あまり有能では無いのであったな」


 …非合法でも稼ぐには知恵が要る。伯爵と繋がる者か…。


「その黒幕は、領民として暮らしている可能性もあるんだよな…」


 俺は考えを整理しながら呟く。


「ハルト。なにか懸念事項があるのか」


 ナナが俺を覗き込むようにして訪ねる。


「…現時点で分かっている黒幕候補は狩人ギルドだ。向こうで狩人として活動する場合、注意が必要だ…」


「ああ。そういえば向こうの狩人ギルドはストゥーピド伯爵家と繋がりがあるのであったな」


 権力によって強引に従えられているのか、自発的に伯爵に入れ知恵したのかは不明だが、下手に目立つとギルド経由で正体が露見する可能性がある。


「捕らえた私兵から狩人ギルドとの関係性は聞き出せないか?」


「それでしたら拝見した報告書に書かれておりましたわ。狩人ギルドの支部長が伯爵家に協力しているそうです。…ただ、なぜ協力しているかは不明だと」


 支部長…ねぇ。狩人ギルドの全員が伯爵家と繋がっているとは思えないが…、念のためにも距離を置いたほうが良さそうだ。


「…そうですわね。この依頼も片道ではなく、長期の護衛任務に書き換えましょう。その場合であれば、向こうで活動するとしても移籍届けを省くことができます」


 メルルがそう提案し、メイドのルナさんに指示を出した。移籍届けが無ければ、向こうの狩人ギルドにこちらが把握されることも無いだろう。


 向こうに着いたら徹底的に伯爵の交友関係を洗う必要があるな。


 …それから暫く俺たちが話し合っていると、部屋の外からノックの音が響いた。


「失礼いたします。夕餉の準備が整いました」


 そう言ってメイドさんが扉を開いた。


「ふむ。…もうそんな時間か。明日はまず、ギルドに行って依頼の受注だな」


「ええ。あわせて商会の者にも顔合わせをいたしましょう」


 ちょうど打ち合わせも一段落したところだ。俺らは促されるままに席を立った。


「ああ…。そうだ。臨時ではあるんだろうけど…」


 俺はそう呟きながらメルルへと顔を向けた。


「メルル。ようこそ。妖精の首飾りへ」


 俺はメルルに手を差し出した。


「…はい…!よろしくお願いします…!」


 メルルは俺の手を掴み、嬉しそうに笑いながら言った。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

2023/02/18 改定

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